10月24日、アストラゼネカ株式会社は、デイヴィド・フレドリクソン新社長の就任後初となる記者会見を開いた。オンコロでは、その内容を3部構成で紹介する。
第1回:第3世代EGFR-TKI タグリッソ 薬価収載まで290人までが無償使用~アストラゼネカ記者会見より①~
第2回:激化する免疫チェックポイント阻害薬開発 PD-L1抗体×CTLA-4抗体に注力 ~アストラゼネカ記者会見より②~
アストラゼネカが開発しているPARP(ぱーぷ)阻害薬オラパリブ(Lynparza;リムパーザ)。
既に伝えた第3世代EGFRチロシンキナーゼ阻害薬オシメルチニブ(タグリッソ)、免疫チェックポイント阻害薬デュルバルマブ、トレメリムマブと共にアストラゼネカの中核となる薬剤となることが期待される。
PARP阻害薬は、BRCA(ぶらっか、ぶらか、びーあーるしーえー)変異を有するがん患者に効果があるとされている。
遺伝性乳がん卵巣がんとは?
「がん」の原因には、環境要因(日常生活が影響するもの)と遺伝要因(生まれつきもったもの)があると言われおり、乳がん患者の中には、遺伝的に極めて乳がんにかかりやすい体質持っている人が存在する。
このような体質を持った方々は、「若くして乳がんを発症する傾向が強く」、「一度乳がんに罹患しても、もう片方の乳房に乳がんが発症したり」、また、「乳房温存療法で治療した方では、温存乳房内で再度乳がんが出現する確率が高い」と言われている。
乳がんの場合、全体の5~10%が遺伝要因にて発症したものであると言われており、そのうち最も多いものが、生まれつきBRCA遺伝子というがん抑制遺伝子に変異(異常)がある場合に発がんする遺伝性乳がん・卵巣がんである。
わが国では、70歳までに乳がん及び卵巣がんにかる可能性が、BRCA変異陽性乳がんにおいて49%~57%(一般の方(9%)の5~6倍)、BRCA変異陽性卵巣がんにおいては40%(一般の方(1%)の40倍)となっている。
*日本乳癌学会 乳癌診療ガイドライン参照
乳がん患者の約5%がBRCA変異を有していると言われているが、若年で乳がんを発症したり、トリプルネガティブ乳がんである場合などは特にリスクが高いと言われている。
遺伝性乳がん卵巣がんの認知度は?
遺伝性乳がん卵巣がんと言われてすぐに思いつくのは、アンジェリーナ・ジョリーさんだ。
彼女は、遺伝性乳がん卵巣がんと診断されて、乳房を切除し、期間をおいて卵巣も切除したことは、世界中にセンセーショナルなニュースであったし、この病態を世間に知らしめたと考える。
米国では人種差はあっても予防的切除が増えていることが今年の米国臨床腫瘍学会(ASCO2016)にて発表され、日本では本人が否定するまで小林麻央さんが「そうなのでは?」と噂された。
しかしながら、こういった情報に敏感なのは、私自身がメディカルライターであることに他ならないかもしれない。
事実、アストラゼネカは、乳がん患者および卵巣がん患者対象に、「遺伝性乳がん・卵巣がん」の認知度について調査を行ったところ、認知している方は55.8%に留まったと発表している。調査内容によると、認知されている方でも、若年性や多発性、重要性、子供や親族への遺伝確率を知っている患者は5割以下だったとのこと。さらにこの調査では、遺伝性乳がん卵巣がんを知ったきっかけが6割を占めており、診断や治療の過程で情報を得ていないことが明るみになった。一方、情報を知った患者は、自身とは関係がないと回答したのは28.8%であり、「自分の子供などの親族のことが心配になった(32.7%)」、「自分の乳がん・卵巣がんが遺伝性なのか心配になった(30.8%)」など、何らかの形で関連性を意識したとのこと。
上記調査結果に関して、調査を監修した桜井なおみ氏(キャンサー・ソリューションズ代表取締役社長)は「自分自身と家族が共に主体的に(既存もしくは未発症の)がんと向き合うため、社会全体のがん教育への意識の向上、遺伝性ならではの問題を適切に支援する体制整備など、早急な改善を要する課題が多い現状を本調査は浮き彫りにした。」と述べている。
乳がん・卵巣がん患者さんであっても 「遺伝性乳がん・卵巣がん (HBOC)」の認知度は半数に留まる(アストラゼネカプレスリリース20161021)
BRCA変異に有効とされるPARP阻害薬とは?
PARP阻害薬は、PARP(損傷したDNAを修復する酵素の一つ)が機能することを妨げる薬剤である。
正常な細胞では、PARP阻害薬がPARPによるDNAの修復作業を阻止しても、他のDNA修復機能であるBRCA1/BRCA2タンパク質が存在するため、正常な細胞は生き残ることができる。しかし、BRCA1/BRCA2タンパク質がないがん細胞の場合、このような修復作業はできない。これにより、DNA修復のメカニズムが機能しなくなり、がん細胞は破壊される。このことから、PARP阻害薬はBRCA1/BRCA2遺伝子に変異があるがん患者さんで高い効果を示すことが期待されている。
ファーストインクラスPARP阻害薬 オラパリブ(リムパーザ)
PARP阻害薬としては、オラパリブ、ベリパリブ、ニラパリブなどの薬剤が存在する。
中でも、オラパリブは開発が一番進んでいる薬剤であり、FDAでは、2014年12月に「3回以上の化学療法による治療歴のある病的あるいは病的であることが疑われる生殖細胞系BRCA 遺伝子変異陽性(gBRCAm)進行卵巣がん」の適応にて承認されている。
デイヴィド氏によると、日本でも卵巣がんにおいて開発最終段階であるとのことで、今年の米国臨床腫瘍学会ではBRCA変異陽性卵巣がんにおける持続的効果を発表したとのことである。
アストラゼネカ記者会見資料より
また、アストラゼネカは、2016年10月26日、BRCA遺伝子変異陽性プラチナ製剤感受性再発卵巣がん患者さんを対象にオラパリブ(リムパーザ)単剤維持療法の有効性を評価した第3相試験(SOLO-2試験)において、良好な結果が得られたことを発表したばかりである。(詳細は主要学会で発表するとのこと)
アストラゼネカのolaparib、 第III相試験(SOLO-2試験)において大幅な無増悪生存期間の延長を示す(アストラゼネカプレスリリース20161028)
一方、専務取締役執行役員 研究開発本部長 谷口 忠明氏に、乳がんにおける開発状況を尋ねたところ、「治療歴を有するBRCA変異を有する乳がん対象のOLIMPIA試験の登録が終了して結果を待つばかりであるが、評価項目がイベント発生となるため結果が出る時期は未定」と答えた。
その他、手術可能なBRCA変異陽性乳がんの術前または術後補助化学療法後の維持療法としてオラパリブ(リムパーザ)を使用することにより再発率が下がるかを検証するOlymipia A試験も実施中である。
一方、進行胃がんに対するオラパリブ(リムパーザ)の試験については、オラパリブと化学療法剤であるパクリタキセルとの併用療法をパクリタキセル単独療法と比較検討した第3相試験(GOLD試験)において、主要評価項目である全生存期間が、全患者群においても毛細血管拡張性運動失調症変異(ATM)タンパク発現陰性がん患者群においても治験実施計画書に規定した基準を達成しなかったことを発表している。(BRCA変異陽性ではない)
アストラゼネカ、進行胃がんにおけるオラパリブ(リムパーザ)のGOLD試験の主要結果を発表(アストラゼネカプレスリリース20160520)
最後に
遺伝性乳がん卵巣がんについて、いずれにせよ、現段階ではBRCA変異の検査は保険適応外であり自己負担は40万円程度である。また、仮にBRCA変異が認められても「では、卵巣や乳房を切除して予防しますか?」、「定期的に検査に来てください」といったことしかできない。PARP阻害薬は、実際に治療に直結する薬剤として、期待される。
以前も、ブログで述べたことがあるが、オンコロを始めたばかりの2015年6月の中旬頃に、自費検査でBRCA変異陽性とわかった30代の二児の母の女性から問い合わせがあった。「オラパリブの治験にどうしても入りたいんです」と。。。その時、色々なことを聴取して、組織型やレジメン数のカウント次第では治験に参加できることはできないとは感じながらその女性にJAPIC-CTI上のOlympiAD試験情報に掲載されているアストラゼネカの連絡先を教えた。その後、その女性とアストラゼネカとどのようなやり取りがあったかは知る由はないが、最終的にOlympiAD試験に参加でき、リンパ転移が自分でもわかるくらい縮小していると連絡があった。その女性が我々のWebサイトに問い合わせしてきた初めての患者さんであり、忘れらない出来事であるし、我々の実施していることの意義に1つの確信ができたと思っている。そういった意味では、乳がんに対する結果は出ていないものの、我々にとってオラパリブ(リムパーザ)は少し特別な薬剤だ。
オンコロ半年間経過 ~オンコロの意義とは?~(オンコロブログ20151116)
高精度医療(プレシジョンメディシン)時代に突入して、薬剤開発は熾烈を極める。開発中止こそ少なくなるはずであるが、治験への参加はかなり厳しいクライテリア(参加条件)となっており、誰でも参加できる時代ではなくなってきた。裏を返せば、開発が進みずらい時代であるということである。
その中で、例え、製薬企業主催のバイアスのかかっている記者会見であろうと、開発状況や試験結果を詳しく報じれる機会であることは変わらないため、今後も患者のみなさんに情報を届けていきたいと考える。
プレシジョンメディシンとは?
プレシジョンメディシン(Precision Medicine)は、日本語では高精度医療といい、がん細胞の遺伝子を次世代シークエンサーで解析し、がんの原因となった遺伝子変異を見つけ、その遺伝子変異に効果があるように設計した分子標的薬を使用するといった手法です。テーラーメード医療や個別化医療の一種です。
プレシジョンメディシン-オンコロ辞典
記事:可知 健太