【集中連載】がん治療の革命!?プレシジョン・メディシン⑪ 希少がんの治療開発目指すMASTER KEYプロジェクトとは


  • [公開日]2018.03.14
  • [最終更新日]2018.12.04

 一人ひとりの患者の遺伝子異常などゲノム情報に合わせ最適化された治療「プレシジョン・メディシン」(高精度医療、最適医療)の推進は、国のがん対策の重要課題の一つです。

 昨年、国立がん研究センター中央病院が、希少がんのプレシジョン・メディシンの推進を目指して、産学共同の「MASTER KEYプロジェクト(Marker Assisted Selective ThErapy in Rare cancers: Knowledge database Establishing registrY Project)」をスタートさせました。同プロジェクトについて、実務を担当する同院乳腺・腫瘍内科医長で臨床研究センター薬事管理室長の米盛勧先生にインタビューしました。

希少がんの治療開発推進を産学共同で

― MASTER KEYプロジェクトはどのようなプロジェクトですか。

米盛先生 患者数が人口10万人当たり6人未満と少ない、希少がんの患者さんのためのプロジェクトです。それぞれのがん種の患者数は少ないものの、日本では、希少がんの患者さんががん全体の約15%を占め、全て合わせると決して少なくないことも分かってきていますし、国も希少がんの治療開発に力を入れる方針を示しています。

 希少がんには例えば、肉腫、精巣腫瘍、悪性膠腫(脳腫瘍の一種)、悪性中皮腫などがありますが、患者さんたちの多くは、どこで診断・治療を受けたらよいのかも分からない状況です。希少がんの中には、どういう治療計画を立てたらいいのか、進行のスピードがどのくらいなのか情報が少ないがんもあります。

 患者数が少ないので薬を開発しても採算がとれないため、製薬企業の治験も少ないのが実態です。薬を開発する時には、がんの細胞株を使ってマウスなどに投与する非臨床試験を行うのですが、希少がんには、そういう細胞株すら存在しないなど、様々な障壁があります。

 一方で、ゲノム医療の研究技術が上がり、個々の患者さんのがんの遺伝子の異常に応じて治療を選択するプレシジョン・メディシンを実用化しようという動きが進んでいます。希少がんについても、遺伝子異常に応じた治療の開発を進められる可能性が広がってきました。

 このプロジェクトでは、研究・診療機関である国立がん研究センター中央病院と企業、産学共同で、さまざまな障壁を打開し、希少がんの遺伝子異常に応じた治療の開発を目指しています。

「希少がんデータベースの構築」と「治験の推進」が2つの柱

― 具体的には、どのようなことをしているのですか。

米盛先生 プロジェクトには2つの柱があります。1つは「レジストリ研究」で、同意が得られた希少がんの患者さんの登録をし、可能な限りフォローして、希少がんの患者さんの大規模で信頼性の高いデータベースを構築することです。

 希少がんの患者さんの情報を追跡調査しながら集めることで、5~10年後には、ある病気にはどういう遺伝子異常が多いのか、疾患ごとにどういう治療を受けた人がどうなったのかなど、いろいろな情報が蓄積され、これまで分かっていなかったことが解明されていく可能性があります。

 もう一つは、遺伝子の異常であるバイオマーカー情報を基に、希少がんの患者さんを対象にした治験や最先端の研究を進めることです。すでに、いくつかの希少がんを対象にした製薬企業の治験がスタートしています。医師主導治験も近いうちにスタートする予定です。

 また、ある希少がんの患者さんのがん細胞を免疫不全マウスに植えつけて、いろいろな薬を投与してみてどれが一番効くかを調べる「PDX」という手法があるのですが、そういった研究を、希少がんを対象に進めることで、最先端の検査・治療法の実用化が進む可能性があります。

希少がん、原発不明がん、5大がんの希少分類の患者が対象


― MASTER KEYプロジェクトに参加できるのは、どのような患者さんですか。

米盛先生 患者数が10万人当たり6人未満の希少な固形がん、原発不明がんの患者さんで、「治癒が難しい」と言われている人です。胃の小細胞がん、乳腺の扁平上皮がんなど、5大がん(胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、肝臓がん)の希少組織型分類(年間発生数が10万人当たり6例未満)の患者さんも対象になります。現在は固形がんの患者さんが対象ですが、2018年度中に、血液がんの患者さんも対象にする予定です。

 年齢についても、今年の3月末までは16歳以上が対象ですが、4月以降は1歳以上の小児の患者さんも参加できるようにし、小児がんの治療開発も進める計画を立てています。

 なお、MASTER KEYプロジェクトに参加するには、何らかの治療効果予測の可能性のあるバイオマーカー検査を受けていることも条件になります。

― バイオマーカー検査というのは、100種類以上の遺伝子情報を一度に調べる次世代シーケンサーNGS)による検査のことですか。

米盛先生 予測化医療と聞くとNGS検査に限られるのかと思われる方がいるかもしれませんが、検査はNGSでも他の検査でも構いません。例を挙げると、タンパクの発現をみるような免疫染色、遺伝子の増幅等をみるISH検査、一度に多数の遺伝子の情報を検査する次世代シーケンサー検査(NGS検査)などあらゆる手法のバイオマーカー検査が対象になります。

 バイオマーカー情報が薬剤の治療効果予測になる可能性があると考えられるものであれば条件を満たしていると考えます。患者さん自身が分からない場合は、該当すると思われる情報を含んだ紹介状を持って受診された際に、担当医が判断することになります。

 もしも参加を希望された希少がんの患者さんが、バイオマーカー検査を受けていない場合には、必要に応じてバイオマーカーを調べる検査を当院で行うこともあります。

 当院のTOP-GEARプロジェクト、国立がん研究センター東病院を中心に実施されているSCRUM-JAPAN、あるいは、京都大学医学部附属病院や北海道大学病院などで行われている「オンコプライム」など、研究や自費診療として、NGSを用いたバイオマーカー検査を受ける人が増えてきています。

 自費でNGSの検査を受けて遺伝子の異常は見つかったけれども、「現時点では治療法がない」と言われた希少がんの患者さんでも、もしかしたら、MASTER KEYプロジェクトで条件に合った治験が見つかる可能性があります。

 薬物療法が行える全身状態でないと治験への参加は難しいのですが、興味がある方は一度問い合わせてみてください。

 同プロジェクトに登録している患者さんの中には、まだ使える薬があるのにその治療を受けていないことが分かり、治験ではなく、保険診療による薬物療法を受けている患者さんもいます。

― MASTER KEYプロジェクトに参加を希望する人は、どこに連絡したらよいですか。

米盛先生 国立がん研究センターの希少がんセンターでは、希少がんの患者さんや家族を対象にした電話相談「希少がんホットライン」(https://www.ncc.go.jp/jp/rcc/hotline/index.html)を平日の9時から16時まで開設しています。同プロジェクトへの参加を希望する方は、希少がんホットライン(03-3543-5601)に問い合わせてみてください。

― 参加するには、国立がん研究センター中央病院を受診する必要がありますか。

米盛先生 同プロジェクトに参加される患者さんは、基本的に、いまかかっている医師の紹介状を持参のうえ、当院を受診していただくことになります。ただ、今年の4月以降、京都大学医学部附属病院でも、同プロジェクトに参加する患者さんを受け入れる予定で準備を進めています。そちらに対する問い合わせも、当面は希少がんホットラインで受け入れます。

 患者さんのアクセスを考えると、北海道や九州にも受け入れ病院があるとよいのですが、予算の関係で、すぐには拡大できそうにないのが残念なところですが、拡大を目指して生きたいと考えています。

希少がんの治療法開発を加速化させ生存率を上げる原動力に

― 同プロジェクトをスタートしてもうすぐ1年になりますが、患者さんからの反響はいかがですか。

米盛先生 当初、レジストリ研究の予定登録数は年間100例程度と考えていました。しかし、プロジェクト開始から半年くらいで、登録患者数は150例を超えました。それだけ、希少がんの患者さんの治療の選択肢が少なく、このプロジェクトへの期待は大きいということだと実感しています。

 協力企業数も最初は11社だったのですが、さらに増える予定です。日本に支社がない海外の製薬企業の中にも参加を検討しているところがあります。希少がんだけをターゲットにしたプロジェクトは、他に例がないので、世界的にも注目されているのではないかと思います。

― レジストリ研究によって構築された希少がんのデータベースはどのように活用されるのですか。

米盛先生 前述のように、どういう遺伝子異常がどういうがん種に多いのか、あるいは、これまで分かっていなかった希少がんの予後が分かるようになる可能性があります。

 また、患者数の多いがんでは、薬の開発を行う時に、数百人の患者さんを対象に、標準治療と新薬を比較する大規模な無作為比較試験を行いますが、希少がんでは患者数が少ないためにそのようなことは難しいのが実態です。

 新しい薬を使った治験を受けた人と、レジストリ研究で集めた患者さんのデータを比べることで、その薬の有効性安全性を検証できるようになる可能性もあります。

 このプロジェクトの期限はなく、無期限で続けて行く方針です。いまは国の支援は受けていないので産学共同ですが、できたら国の支援も受けて産官学で、さらに治験や研究の推進を加速化できればと思います。

 多くの患者さんに協力していただくことで、希少がんの治療法の開発を加速化させ、希少がんの患者さんの治療法が少ない現状を変えたいですし、希少がんの生存率改善につなげたいです。

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(取材・文/医療ライター・福島安紀)

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