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ホルモン受容体陽性乳がんのこれから:進む治療薬開発と見えてきた課題

[公開日] 2024.08.06[最終更新日] 2024.08.06

目次

今年の3月に、「内分泌療法後に増悪したPIK3CA、AKT1又はPTEN遺伝子変異を有するホルモン受容体(HR)陽性かつHER2 陰性の手術不能又は再発乳がん」に対して、トルカプ(一般名:カピバセルチブ)が承認され、5月から発売が開始されている。新規の治療薬として期待される一方で、遺伝子検査における課題もある。 そこで今回は、乳がんの治療におけるトルカプの位置づけや今後の課題、また乳がん治療の将来展望について、下井辰徳先生(国立がんセンター中央病院 腫瘍内科医長)にお話を伺った。

HR陽性乳がんの初回治療:内分泌療法か抗がん剤か

可知:まずは乳がん、特にHR陽性HER2 陰性乳がんの一般的な治療体系について教えてください。 下井:乳がんと診断された大部分は、手術により根治を目指せる早期がんです。一方で、5%程度の患者さんは初回診断時から全身に転移が見られる進行がんとして見つかります。また早期がんとして手術ができた場合であっても、2割程度の患者さんは局所再発あるいは遠隔(全身)再発をきたします。 局所治療だけでは制御できない進行がんや遠隔再発の症例の場合には、根治が難しいため、がんとの共存を目的とした全身療法がメインの治療法になります。 HR陽性乳がんの全身療法には、内分泌療法と抗がん剤治療があります。 内分泌療法の具体的なレジメンとしては、これまでの臨床試験のエビデンスから、CDK4/6阻害剤+内分泌療法の併用が、最も推奨される治療となっています。内分泌療法は、副作用が比較的少ない反面、がんの縮小効果が発現するには3カ月以上かかる場合が多いです。 一方の抗がん剤は、副作用は強い傾向がありますが、効果発現が早いというメリットもあります。そのため、生命の危機に発展しうる重要な内臓転移や増悪スピードが速いと見込まれる患者さんには抗がん剤を優先して使います。ただし、抗がん剤である程度の効果が見られた場合には、その後にホルモン療法を選択肢として検討可能なケースもあります。 可知:ホルモン療法ではなく抗がん剤を優先して使うべき症例かどうかということは、どのようにして見極めているのでしょうか。 下井:例えば、広範な肝転移や肺転移を有する場合や臓器障害が重篤な場合など、差し迫った生命の危険(「Visceral crisis」とも呼ぶ)を伴うかどうかが判断基準となります。具体的な対象は、コンセンサスガイドライン(ESO-ESMO international consensus guidelines for advanced breast cancer)や臨床試験の適格基準などを参考に検討します。

二次療法の新しい治療戦略:ハイブリッド車のふたつのエンジンを両方同時に阻害

可知:初回の全身療法の選択についてはよく分かりました。続いて、トルカプを含む二次治療について教えていただけますか? 下井:先にも述べた通り、CDK4/6阻害剤+内分泌療法は、非常に有望な組み合わせとして初回治療のメインになっていますが、これが効かなくなった場合の次の内分泌療法であるフルベストラント単剤は、中央値として2-4カ月しか効果が持続しないことが分かってきました。そのため、二次治療としての内分泌療法の効果をより維持される目的で開発された薬剤のひとつが、トルカプになります。 ハイブリッド車に例えると、一般的にHR陽性乳がんは、女性ホルモンというガソリンで生きていますが、内分泌療法によってガス欠状態が続いたり、遺伝子変異がある場合などは、もう一方の動力源に依存するようになります。遺伝子変異を獲得した乳がんは、ガソリンに依存せずに活性化しているがんの代表例であり、具体的な”もう一方の動力源”として動いているのが、PI3K/AKT経路と呼ばれるシグナル伝達経路です。 そこで考えられたのが、二つの動力源を同時に阻害する戦略であり、実際に内分泌療法であるフルベストラントとAKT阻害剤であるトルカプを併用することで、フルベストラント単剤と比較して無増悪生存期間の改善が認められ、承認に至りました(CAPItello-291試験)。

遺伝子検査がハードルに

可知:トルカプが有効であると考えられるPI3K/AKT経路の活性化は、どのように調べるのでしょうか? 下井:カピバセルチブの使用は、PIK3CA、AKT1またはPTEN遺伝子が変異することでPI3K/AKT経路が活性化しているがんが対象です。これらの遺伝子変異を検出するためには「FoundationOne CDx がんゲノムプロファイル」によるコンパニオン診断が必要になります。FoundationOne CDxは、もともと標準治療の終了が見込まれたタイミングで、次の治療選択肢を探す目的で実施するが包括的がんゲノムプロファイリング検査(CGP検査)として使われるもので、検体提出時に44,000点、エキスパートパネル実施および患者さんへの結果提供後に12,000点の合計5,6000点が算定されています。 しかし、これを標準治療が終わっていない段階で、特定の遺伝子変異だけを知るためのコンパニオン検査として使う場合には、同じ検査でありながら、1,2000点しか算定されず、検査会社に支払う検査料は同様の値段で高いため、病院の負担が大きくなるという課題があります。 可知:そうなると、せっかく新しい薬剤が使えるようになっても、積極的に検査ができる病院ばかりではないというのが現状でしょうか? 下井:現時点ではそういうことになりますね。患者さんの病状によっては、積極的に検査を薦めることは難しい状況です。ただし、この問題を解決するために、企業側でも今色々と対策を考えているようです。 可知:ということは、患者さんご自身から、トルカプの使用についての希望を主治医に伝えることが大切になりますね。 そもそも、CGP検査実施条件である標準治療の終了(見込み)をどのように定義するのでしょうか? 下井:共通の定義がないのが現状ですが、乳がん診療ガイドライン上では、臨床試験による十分なエビデンスがあり、「強く推奨する」と記載されている治療法を標準治療としています。つまり、遺伝子変異の有無やHER2の発現レベルによって標準治療が違うため、標準治療終了の基準もかなり流動的なものです。そのため、患者さん毎に検査のタイミングを探っていくことが大切です。

新薬開発への期待と課題

可知:ここまでは、既に承認された薬剤についてお話いただきましたが、今開発中の治療薬の将来展望について教えていただけますか? 下井:既に第3相試験の実施まで進んでいる開発中の新薬としては、完全エストロゲン受容体拮抗薬(CERAN)であるpalazestrant(OPERA-01試験実施中、日本は含まれず)、標的タンパク質分解誘導化合物(PROTAC)であるARY-471(VERITAC-2試験VERITAC-3試験実施中、日本も含まれる)、またPI3K阻害剤であるInavolisib(INAVO121試験実施中、日本は含まれず)やGedatolisib(VIKTORIA-1試験実施中、日本は含まれず)などが挙げられます。 また、トルカプを初回治療のCDK4/6阻害剤+内分泌療法に追加する開発も進んでいます(CAPItello-292試験実施中、日本も含む)。 内分泌療法では、経口エストロゲン受容体分解薬であるcamizestrant(SERENA-4試験実施中、日本も含む)やgiredestrant(persevERA Breast Cancer試験実施中、日本も含む)などが、早ければ来年以降の大きな国際学会で一部の結果が報告されてくるかもしれません。 ただし、一つの懸念点は、今挙げた有望な新薬の第3相試験の中に、日本が参加していないものが複数存在することです。これはドラッグラグ・ドラッグラグロスにつながることが予想され、これらの薬剤をどうやって日本で開発を進めてもらうかが課題になっていくと思います。

未来の新薬開発を見据えた治療を

下井:最後に、自身が担当している再発乳がん患者さんの経験をお話します。その方は、初回の内分泌療法の効果が長く持続した後に、肝転移などの増悪が見られて抗がん剤に移行したのですが、その間に再発時にはなかった新しい治療薬が承認され、それが非常に奏効したことで、現在も元気にされており、新薬の承認について感謝をおっしゃっていました。 最新の治療を受けること自体はもちろん重要ですが、その治療を受けている間にまた新しい薬剤が承認される可能性もあります。つまり、その時の最適な治療によって病状の安定期間を延ばすことで、次に出てくる新しい薬剤の恩恵を受けるチャンスが増えることへの期待も出てくるということ知っていてほしいです。 (文責:浅野)
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浅野理沙

東京大学薬学部→東京大学大学院薬学系研究科(修士)→京都大学大学院医学研究科(博士)→ポスドクを経て、製薬企業のメディカルに転職。2022年7月からオンコロに参加。医科学博士。オンコロジーをメインに、取材・コンテンツ作成を担当。

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