次世代シーケンサーを使って、一度に多くの遺伝子異常を調べ、一人ひとりの患者に最適な治療薬を選ぶ「プレシジョン・メディシン」(高精度医療)が注目を集めています。前回に引き続き、京都大学医学部附属病院(以下、京大病院)で、2015年4月から「オンコプライム(OncoPrime)」を用いたクリニカルシーケンス検査を行う同院がんセンターがん薬物療法科教授の武藤学先生に、その流れと課題をお聞きしました。

前回記事:【集中連載】がんの革命?!プレシジョン・メディシン⑥ 京都大学医学部附属病院などで進む「オンコプライム」を用いた遺伝子診断・治療とは(上) を読む

― オンコプライムを用いたプレシジョン・メディシンであるがんクリニカルシーケンスの流れを教えてください。

武藤先生 がんクリニカルシーケンスであるオンコプライム検査を希望する患者さんには、予約制の専門外来を受診していただきます。専門外来では、腫瘍内科医が患者さんに説明しインフォームド・コンセントを取りますが、十分な説明の時間を確保するためセカンドオピニオン外来として実施しています。

 オンコプライム検査には、手術や生検で採取したがんの組織が必要です。比較的新しいがん組織がある患者さんには、かかりつけの病院で準備してもらった検査用検体を専門外来の受診時に持参していただき、検体を持参できない場合には、京大病院に入院してがん組織を採取する処置(生検)を受けていただきます。生検は、腫瘍に針を刺すか切開してがんの組織の一部を採取する処置です。

 患者さんが検体を持参した場合にはそのまま梱包し、米国の検査会社に送ります。京大病院で組織を採取した場合には院内でDNAを抽出してから送っています。私どもが、米国では一般的になりつつあるプレシジョン・メディシンを日本で実現する方法を検討していた2014年には、米国のCLIA(臨床検査法)基準を満たした国際標準の質の高い遺伝子検査ができる場所が国内にはありませんでした。

 そのため、米国の検査会社で遺伝子解析を実施するオンコプライム検査体制を構築して、がんクリニカルシーケンス検査を始めることにしたのです。

 ただ、アメリカに検体を送っていることもあり、次世代シーケンサーで患者さんのがんのDNAを解析した結果のレポートが返ってくるまでに約4週間かかります。検査レポートには、遺伝子変異の有無と種類、米国と日本で承認されている薬の候補の情報が記載されています。京大病院では、この検査レポートの結果を踏まえ、1週間以内にクリニカルシーケンスカンファレンスを開催し、その患者さんに最適な治療法を専門家チームで検討します。

 クリニカルシーケンスカンファレンスは、担当医、腫瘍内科医, 外科医、臨床遺伝専門医, 遺伝カウンセラー、病理医、放射線診断医、バイオインフォマティシャン(生命情報学の専門家)、基礎研究者、オンコプライム担当の医療スタッフなど、多職種のメンバーで構成されています。

 カンファレンスでのディスカッションの内容を電子カルテに記載しておくことで、担当医はそれを見て患者さんに結果を説明し、どういう治療を行うか患者さんの希望を聞きながら決めていきます。

― オンコプライムを使っている他の大学病院と共同で、がんの遺伝子情報と投薬データを集積する事業を始めているそうですね。

武藤先生 京大病院の他にも、北海道大学病院、岡山大学病院、千葉大学医学部附属病院でオンコプライムによるがんクリニカルシーケンス検査を実施しています。東京医科歯科大学医学部附属病院と佐賀大学医学部附属病院もオンコプライムによるがんクリニカルシーケンス検査の導入を準備中です。

 日本医療研究開発機構(AMED)の事業として、まずは、この6大学病院で、患者さんの遺伝子変異の情報と、どういう薬が効いたか効かなかったか情報を共有するデータベースを構築する予定です。

 特に、治療薬情報や治療効果情報などの重要な情報は電子カルテの情報を元にデータベース化するのは難しかったのですが、京大病院では電子カルテから必要な情報をデータベース化できるシステム(Cyber Oncology System)をすでに構築していましたので、そのシステムを各大学病院に2016年度に導入しました。電子カルテから直接データベースに治療薬の効果や副作用が移行されるので、データ入力の負担がなく、ミスが起きない利点があります。

 なお、これらのデータは、個人情報はつけずに共有し、患者さんが特定できないようにしますので、がんクリニカルシーケンス検査を受けた患者さんの情報が外部に漏れることはありません。実際にデータを共有して、患者さんの治療に生かすデータの実用化は今年度から始めます。

 6大学病院以外の大学病院でも、同じがんクリニカルシーケンス検査の導入を検討しているところが増えているので、それらの大学病院ともネットワークを組んで、がん治療の遺伝子変異と治療情報のデータベース化を進めていきたいと考えています。

 同じがん種でも、遺伝子の変異の種類によって効果のある薬は違いますが、例えば患者数の多い肺がんや胃がんでもHER2遺伝子変異のある人は数%みられます。このような場合は、HER2分子のリン酸化阻害薬が効果を示すと期待されています。一方で、同じ遺伝子変異がみられるがんでも、臓器が違えば薬が効かない場合もあります。

 このような情報を、がんクリニカルシーケンス検査を導入している大学病院間でデータを蓄積し共有することで、一人ひとりの患者さんにより効果が高く、より副作用が少ない最適な治療を選ぶプレシジョン・メディシンが実現するのではないかと期待しています。

 例えば、京大病院では、十二指腸でHER2遺伝子変異のある患者さんに、岡山大学病院で経験された肺がんのHER2遺伝子変異のある患者さんの治療例をカンファレンスで共有し、EGFR阻害薬の一つであるアファチニブを投与したことがあります。アファチニブは、HER2のリン酸化も阻害することが確認されている薬です。

 この患者さんは、尿管周囲にがんが広がって尿が出ない状態になっていたのですが、アファチニブを投与後は尿管のところにあった腫瘍が縮小して尿が出るようになり、肺転移巣なども小さくなりました。患者さん一人の情報だけでは偶然効いただけかもしれないですし、効かなかった情報や細かい副作用情報も含めて、データを蓄積していくことが重要です。

― オンコプライムを用いたがんクリニカルシーケンス検査では、基本的に、薬代は全額自己負担になり、薬が効いたとしても治療の継続にはかなりの費用がかかりますが、その改善策はありますか。

武藤先生 今後は、保険診療と併用できる先進医療として認めてもらうために、がんクリニカルシーケンス検査を国内で実施する体制を整えました。国内で検査を実施することで、検査レポートの返却期間も短くなりますし、費用も抑えられます。一方、がんクリニカルシーケンス検査が先進医療として認められても、治療は適応外である場合が多いため、治療費は自費診療になってしまうのが大きな課題です。

 今後、データが蓄積して、特定の遺伝子変異のあるがんに効くと分かっている薬については、保険で使えるようにしていく仕組み作りも必要だろうと考えています。

 一方、がんの組織の遺伝子を200種類以上調べても、薬につながるような遺伝子変異が見つからない人もいます。その場合、検査に期待をしていた患者さんの落胆は計り知れないものがあり、十分な説明や精神的ケアが必要になります。また、遺伝性の疾患が見つかる可能性もあり、遺伝カウンセリングが必要になる場合もあります。

 わが国は、このような遺伝カウセリングに対応できる人材や体制の整備が海外と比較して遅れていますので、そのような体制も早急に整備する必要があると考えています。がんクリニカルシーケンス検査の結果分かった遺伝子変異に、どういった治療が最適なのか、治験はあるのか、最新の情報を検査レポートに含むことも重要です。

 世界中で日々新しい研究結果が出ており、がん治療医が、日常の診療の合間に情報を集めて質の高いプレシジョン・メディシンを実施するには限界があります。AI(人工知能)などのIT技術を活用し最新の情報を収集するとともに、その情報をもとにゲノム情報の専門家などが、がんクリニカルシーケンス検査で出てきた遺伝子変異は臨床的に意味のある変異なのか検討し、検査レポートを作成する技術にも診療報酬などの対価がつかなければ、医療としてのプレシジョン・メディシンは成り立ちません。

 そのため、個々の患者さんに最適な治療を、きちんと提供するための社会としての体制作りを進めていく必要があります。

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(取材・文/医療ライター・福島安紀)


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