次世代シーケンサー(網羅的遺伝子解析技術)を使って、がんの組織などの遺伝子異常を調べ、一人ひとりのがん患者に最適な治療薬を選ぶ「プレシジョン・メディシン」(高精度医療)が注目を集めています。京都大学医学部附属病院(以下。京大病院)で、2015年4月から「オンコプライム(OncoPrime)」を用いたプレシジョン・メディシンを行う同院がんセンターがん薬物療法科教授の武藤学先生に、その仕組みと成果について聞きました。

― 京大病院で実施されているプレシジョン・メディシンの仕組みを教えてください。

武藤先生 京大病院で2015年4月から導入したオンコプライムは、手術や生検で採取した患者さんのがんの組織から抽出したDNAを次世代シークケンサーで解析し、がん関連遺伝子の変異(変化)の有無を調べる検査です。同じ臓器に発生したがんでも、がん細胞の増殖に関わっている遺伝子の変異の種類によって、効果のある薬は異なります。

 肺がんの治療などでは、すでに保険診療で、遺伝子検査が実施できますが、今のところ1つずつ遺伝子の変異を調べる方法しか保険適用になっていません。しかし、オンコプライムでは、223種類の遺伝子の変化を一度に調べられます。

 対象となるのは、原発不明がん、希少がん(年間発生件数が人口10万人当たり6人未満のがん)、あるいは標準治療が効かなくなったり症状の改善が見られなかったりしたがんで、京大病院に来院可能な患者さんです。

― 実際には、どのような患者さんがオンコプライムの検査を受けているのでしょうか。

武藤先生 2015年4月~2017年4月までの2年1カ月間で、8~82歳までの155人(男性85人、女性70人)の患者さんが京大病院でオンコプライムの検査を受けました。平均年齢は58歳で、がん種別にみると、膵がん、大腸がん、胆道がん、原発不明がん、胃がん、食道がんなど消化器がんの患者さんが多くなっています。

 155人のうち次世代シーケンサーによる解析ができた人は138人、そのうち122人(88%)に、国内未承認の薬も含めて、何らかのがん治療薬につながるような遺伝子の変化が見つかりました。122人のうち、他の臓器のがんで保険承認されているけれどもそのがん種には適応外の薬も含めて国内で薬事承認されている薬があった人の割合は約6割、日本では未承認だけれども米国で承認されている薬や海外での治験があった人が約4割でした。

 この結果から言えるのは、この検査を受けることによって、保険診療による薬がなくなった患者さんでも、がんの治療薬につながるような情報が得られる可能性が高いということです。

 ただ、実際に、オンコプライムの検査結果に基づいた治療を受けた人は18人で15%程度でした。海外のデータを見ても、オンコプライムのようながんクリニカルシーケンス検査が治療につながる人はそのくらいの割合です。

 治療ができなかった理由は、検査の結果を待っている間に全身状態が悪化した人が3分の1、海外で承認された薬や治験中の薬はあるけれども、開発中で日本では治験が走っていない、あるいは、治験が終わってしまって使えない人が半分以上でした。

 また、オンコプライムでは、薬代も自由診療になるので、薬代が高いから治療が受けられないという人も約10%いました。これらの状況が改善されれば、治療につながる患者の数はもっと増えると期待されます。

― オンコプライムの検査費用、その後の治療費はどのくらいかかるのですか?

武藤先生 オンコプライムは保険がきかない自由診療なので、京大病院での検査費用は税込みで88万3980円です。がんの手術や生検で取った組織からDNAを抽出して次世代シークエンサーで解析するのですが、DNAの量が少ない、質が悪いなどの問題で、解析自体ができなかったときには、54万円を返金します。

 DNAの解析ができないときには、生検をやり直してDNAを抽出し、再度それを検査会社に送ることがありますが、その時には別途費用がかかることはありません。

 検査費用が高いことが難点の一つですが、自由診療をカバーする保険(自由診療保険)に入っている人は保険で全額カバーできます。実際に、オンコプライムを利用した患者さんの中にも自由診療保険を利用して検査を受けた人がいました。

 日本の保険制度では、自由診療と保険診療の混合診療が認められていないため、オンコプライムの結果、薬物治療を受ける場合には、基本的には薬代も自由診療で全額自己負担になります。分子標的薬を使う場合には月50万~100万円くらい、免疫チェックポイント阻害薬なら月150万円くらいかかります。

 自由診療で費用がかかり過ぎるというのが、現在のわが国におけるがんクリニカルシークエンスの大きな課題です。また、見つかった変異に適した治験があれば、治験に参加してもらうように勧めますが、そういった治験に参加するための体制(情報の公開)が十分ではないのが現状です。

― オンコプライムを用いたプレシジョン・メディシンの成果を教えてください。

武藤先生 例えば、肺がんの方で、保険診療の検査ではEGFR陰性だったのにもかかわらず、オンコプライムでEGFR遺伝子に変異が見つかった人がいます。保険診療で認められている検査キットでは、ホットスポットと呼ばれる変異がよく起こる場所しか検査しないのですが、キットでカバーされていないところに変異が見つかりました。そこで、EGFR阻害薬を投与したところ、がん性胸水が消え、投与後1年以上経ったいまも元気にされています。

 原発不明がんの方でも、オンコプライム検査でEGFR遺伝子に変異が見つかり、EGFR阻害薬を投与したところ、両側の多発性の肺転移が減少し、大きさも小さくなって、呼吸や全身状態が改善した人がいます。この方は車椅子で来院されたのですが、EGFR阻害薬がよく効いて、通常の生活ができるまでに回復しました。
 
 また、膵がんで、遺伝性乳がん卵巣がん症候群の原因遺伝子であるBRCA2遺伝子に変異が見つかった人については、BRCA2遺伝子変異のあるがんに効くとされるプラチナ系の抗がん剤オキサリプラチンとS-1(テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム)を投与したところ、肝転移が消え、病状が安定している方がいます。

 実は、オキサリプラチン+S-1の治療法は、膵がんの患者さんに対する臨床試験で、標準治療への上乗せ効果がないという結果が出た治療法なのですが、京大病院のデータでは、BRCA遺伝子に変異が見つかった人に対しては効果が期待できることが示されています。

 一方、がん組織内の遺伝子に変異がたくさんある患者さんの場合には、免疫チェックポイント阻害薬が効きやすいといわれています。例えば、標準治療が効かなくなった乳がんで複数の遺伝子変異が見つかった方に、本人の希望で免疫チェックポイント阻害薬ニボルマブを投与しました。初めは効かなかったのですが、動脈周囲のリンパ節転移による痛みの緩和のために放射線を照射したところ、転移巣が消えて、肝臓の転移も小さくなりました。

 ニボルマブの投与は止めていますが、いまも効果が持続しています。他のがん種でも、放射線を照射すると免疫が不活化されて、免疫チェックポイント阻害薬の効果が高まることが報告されていますので、放射線照射によってニボルマブの効果が出るようになったのではないかとみています。

 オールジャパンで行われているスクラム・ジャパンなどは、次世代シーケンサーを使った遺伝子解析を行い、開発中の治験があればそれにリクルートする形ですが、治験には適格基準(条件)があるため、全身状態が悪い人や合併疾患がある人は参加できません。また、治験以外の治療は適応外なので使用できません。

 オンコプライムを用いたプレシジョン・メディシンでは、適応外でも自由診療として実施するため、標準治療が効かなくなり、使える薬がなくなった場合でも、効果が期待できる症例もあるので、そういった患者さんにとっては、恩恵は大きいと思います。

― 京大病院でオンコプライムの検査を受けるにはどうしたらよいのでしょうか。

武藤先生 京大病院ではがんクリニカルシーケンス検査の問い合わせ窓口を設置しています。オンコプライムの説明(https://oncoprime.cancer.kuhp.kyoto-u.ac.jp/index.html)を読んだうえで、検査を受けてみたいという方は、問い合わせ窓口で相談してください。手術や生検で採取した検体がある方は、それを持参していただています。

第2回記事:がんの革命?!プレシジョン・メディシン⑦ 京都大学医学部附属病院などで進む「オンコプライム」を用いた遺伝子診断・治療とは(下)

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(取材・文/医療ライター・福島安紀)


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