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自施設内の次世代シーケンサーを駆使して2週間以内に遺伝子診断
― 近畿大学ライフサイエンス研究所ゲノムセンターで実施されているプレシジョン・メディシンの仕組みと特徴を教えてください。 西尾先生 われわれが実施している「プレシジョン・メディシン」は、個々の患者さんのがんの組織などを使って遺伝子解析を行い、最適な治療法を選択するための情報を提供するゲノム医療で、「近大クリニカルシーケンス」と呼ばれるものです。 具体的には、まず、手術や生検で得られた患者さんのがんの組織から何枚か薄片を切り出します。その薄片からがん細胞のDNAを抽出しコピーして数を増やします。そのDNAの塩基配列を、次世代シーケンサーにより読み取ります。その結果をもとにがんの増殖の原因となっている可能性のある遺伝子の異常を見つけ出し、世界中の論文からその遺伝子異常に効く薬の候補があるか、薬の候補があればそのエビデンス(科学的根拠)レベルはどうか、病理医、がん薬物療法専門医などから構成されるエキスパートパネルで検討し、国内で実施されている治験があればその情報も加えて「シーケンスレポート」を作成し、患者さんの担当医に戻しています。
自己負担なしで固形がんの患者の遺伝子を解析
― 患者の自己負担額は? 西尾先生 公的研究費を使った医師主導臨床試験なので、次世代シーケンサーを使った遺伝子解析にかかる費用の自己負担はありません。一般的な臨床試験と同様、近畿大学医学部附属病院で治療を受けている患者さんが遺伝子解析を受ける場合には、医師の診察料などは保険診療です。 ― 遺伝子解析の対象となる患者は? 西尾先生 対象となるのは、固形がんで、薬物療法をこれから実施する、もしくは既に実施された患者さんです。これまで、肺がん、乳がん、大腸がん、胃がん、卵巣がん、肉腫、メラノーマ(悪性黒色腫)、消化器内分泌腫瘍、原発不明がんなどの患者さんの遺伝子解析を行ってきました。 ― 〝早い″〝安い″〝うまい″遺伝子解析が実践できるのはなぜ? 西尾先生 前述のように自前の次世代シーケンサーを使って遺伝子解析をしているからです。われわれは、「Homebrew Clinical sequencing at Kindai」(ホームブリュー方式近大クリニカルシーケンス)と呼んでいます。 院内で、がんの種類に合わせて調べる遺伝子を限定した遺伝子解析パネルを臨機応変に組み合わせた解析ができるので、効率的に比較的低コスト、かつ迅速に、質の高い遺伝子解析ができるのです。遺伝子解析に使うパネルは、409種類の遺伝子変異を解析できる「包括的がん遺伝子パネル」、32種類の肉腫関連遺伝子をターゲットにした「肉腫遺伝子変異パネル」、「RAS,BRAF,PI3K パネル」「FGFR 変異パネル」など、われわれが開発したものも含めて、恐らく国内で最もたくさんの遺伝子解析パネルを揃えています。 ただ、永久に公的な研究費で遺伝子解析を行うわけにはいきません。現在は、次世代シーケンサーで読み取った塩基配列を見てエキスパートパネルで話し合い、シーケンスレポートを書く作業はボランティアで行っていますが、専門知識が必要であるうえ時間のかかる作業であり、本来は、診療報酬をつけて評価すべきものです。将来的には、次世代シーケンサーを使った遺伝子解析、シーケンスレポートの作成も保険診療の中で行うべきだと考えています。プレシジョン・メディシンで最適な治療が受けられれば生存率も改善
― これまでの成果は? 西尾先生 私たちの研究の成果で、特定のドライバー遺伝子ががん増殖の原因となっている場合には、それをターゲットにした分子標的薬を使えば予後が大きく改善することが分かっています。 2013年7月~15年3月までに次世代シーケンサーによる遺伝子解析を行った肺がんの患者さん110人の生存率を分析した結果、EGFR、ALK、RET、ROS1など、肺がんの増殖の原因となるドライバー遺伝子がある人は、その遺伝子変異や融合遺伝子をターゲットにした分子標的薬治療をしなければ予後が悪いものの、ターゲットになる分子標的薬があってそれを使った場合には、ドライバー遺伝子がなかった人よりも生存率が高いことが分かったのです(グラフ)。つまり、近大クリニカルシーケンスを受けることで患者さんのベネフィットが期待できるということだと思います。