
オリゴ転移は、その定義や治療方針が未だ曖昧な病態です。特に局所治療の介入の意義については、エビデンスも不十分であり、がん種毎の治療法も確立されていないのが現状です。
しかしながら、薬物療法による効果が高まりつつある昨今では、これまで根治を妨げてきた全身性の目に見えないがん細胞の制御が可能になり、根治の可能性が広がってきています。この流れに伴い、今後は病期分類に基づく一般化された治療に加え、個々の病態に合わせた局所療法と薬物療法の適切な組み合わせがますます重要になることが予想され、その一つにオリゴ転移という病態があると捉えることができます。
そこで今回は、今年の3月に慶應義塾大学病院オリゴ転移センターが設立されたことを機に、オリゴ転移に対する治療の実態と課題、またオリゴ転移センターに期待される役割について、同センター長の武田篤也先生、および副センター長の平田賢郎先生にお話を伺いました。
そもそもオリゴ転移とは?:定義や局所治療介入の意義
浅野:これまでも各がん種においてオリゴ転移の治療は実施されてきたと思いますが、改めてオリゴ転移の定義、特にオリゴ転移センターが対象とする患者像を教えてください。
武田先生:オリゴ転移に関しては、明確な転移巣の個数の定義はなく、5個以内をひとつの目安と思っていただければよいと思います。例えば、日本におけるオリゴ転移に対する体幹部定位放射線治療(SBRT)に関しても、5個以内が保険適用とされています。
またオリゴ転移センターは、転移の場所や根治の可能性、オリゴ転移の種類に関わらず、広く対象としています。
浅野:このオリゴ転移に対する局所治療の可能性の背景となる科学的根拠はありますか?
武田先生:全身治療(薬物療法)の進歩によって、微小転移が比較的制御可能になった現状においては、粗大病巣に対する局所治療が根治・延命につながる可能性があると考えられます。
まず、微小な腫瘍は、酸素や栄養の取り込みが容易であるために増大速度が速いのですが、大きくなるにつれて増大速度が遅くなり、薬物療法が効きにくくなると言われています。また、大きな腫瘍は治療抵抗性がん細胞の貯蔵庫と言われていて、多方向に分化したがん細胞が混在して存在しているため、局所治療を使ってなるべく早い段階での根絶を目指した方が良いと考えられます。更に、局所の放射線治療が、アブスコパル効果による全身性の効果も発揮することが明らかになってきています。
もうひとつ重要な点として、進行期の患者さんであっても、根治への期待が常にあると思います。局所療法が必ず延命につながるとは言い切れない現状においても、患者さんの望みに一歩でも近づける治療の提供ができることは、非常に意味のあることだと思っています。
オリゴ転移センター設立の意義:従来の治療の限界を超えるために
浅野:今回オリゴ転移の治療に特化したセンターを設立した意義や想いを教えてください。
平田先生:現在の日本におけるオリゴ転移の治療は、がん種毎のガイドラインをもとに実施されていますが、エビデンスや治療経験値が不十分である領域もあるため、診療科毎に考えていては限界があると思っています。またオリゴ転移とひと言で言っても、転移の場所や薬物療法の治療歴といった時空間的な要素や、局所治療の種類(放射線、手術、ラジオ波など)など、考えるべき要素が多岐にわたるため、複数の診療科で連携しながら幅広い議論を進めていく仕組みづくりが必要です。そしてオリゴ転移センターは、そのような個々の患者さんに合わせた究極の個別化治療を、総合病院である慶應義塾大学病院の強みを生かして実現できると感じています。
武田先生:現時点では、局所治療介入の有効性に関するエビデンスには、がん種によるばらつきがありますが、慶應義塾大学病院の力を集約することで、最適な治療の可能性を考えていきたいです。たとえ局所治療介入についてネガティブな臨床データが出ているがん種であっても、全例に無効ということではなく、恩恵が受けられる可能性の高い対象患者さんを適切に選択することが重要だと思います。
浅野:これまでもオリゴ転移に対する集学的な治療は、各施設である程度実施されていたことが予想されますし、最近では多職種連携チーム(MDT)がますます重要視されるようになってきています。そんな中でオリゴ転移センターならではの強みを教えてください。
平田先生:オリゴ転移センターは、すべてのがん種に精通している放射線治療医である武田先生を中心に立ち上げたセンターであり、そこに各がん種の専門医が集まっているため、がん種の垣根を越えた議論がやりやすい環境だと感じています。各領域のエキスパートをより高度に融合させたチームが実現されています。
武田先生:現在の日本の治療は、ガイドラインが書かれた標準治療一辺倒になりがちだと感じています。ですが個別化治療の時代にはガイドラインだけに固執せず、リスクとベネフィットのバランスを見ながら可能性のある治療を探っていくことが大切だと思っています。その点において、がん種を超えた議論ができるということは、個々の治療の経験値やエビデンスのばらつきを補い合いながら治療選択肢をみんなで考えていくことができるので、大きな強みだと思います。がん全体を俯瞰しながら個別化治療を実現させていく、というイメージです。
浅野:オリゴ転移センターのスタッフを見ると、まさにそれぞれの領域のエキスパートがそろっているなという印象を持ちました。だからこそ実現できる高度な医療があるのですね。
実際にオリゴ転移センターでできること:受診から治療まで
浅野:ここから少し具体的な運用について伺っていきたいのですが、まずは実際の患者さんの受け入れ体制を教えてください。
武田先生:オリゴ転移の診断や局所治療の適応の判断は難しいので、最適な治療をみんなで考えていく体制です。相談に来ていただいた患者さんを“受け入れるかどうか”ではなく、まずは“セカンドオピニオン”という形で時間をかけて説明させていただきます。それぞれの患者さんに現在治療法が確立されていない部分であるため、我々が提案する治療が最善であるかどうかは未知であることも含めて説明し、患者さんと一緒に納得しながら進めていくことが理想です。
浅野:オリゴ転移センターのホームページでは、「原則として、現在の主治医の先生がそのまま主治医を継続」という記載がありますが、実際どのような流れで治療を受けることができるのでしょうか。
平田先生:現在の主治医と連携しながら治療を進めるか、あるいはこちらで大部分の治療を受け持つのか、ということは、患者さんの希望や提案される治療内容(局所治療だけを検討するのか、検査や薬物療法も含めて検討するのか)に合わせて対応していくことになると思います。慶應義塾大学病院への転院をご希望される場合、私の専門とする消化器がんでは原則受け入れをさせていただいておりますが、診療科によっては他院で治療中の患者さんの受け入れが人員的に困難な場合もあり得ます。しかしながら、個々の患者さんの病態によって当院での治療が最適であると判断した場合においては、可能な限り個々の状況に合わせられるように努力していきたいと考えております。
浅野:お話を伺っていて、患者さんの意向に合わせた治療を重視されている印象を受け、最近盛んに言われているシェアード・ディシジョン・メイキング(共同意思決定=医療者と患者さんが情報を共有しながら、患者さんにとって最適な治療の方向性を一緒に決めていくプロセスのこと;SDM)の実現にもつながっているように感じました。
また、「オリゴ転移センター=局所治療をメインに実施するところ」と捉えていましたが、検査の段階から局所治療前後のフォローアップ、全身治療まで、全てできる体制を整えたうえで、個々の患者さんに合わせた治療を提供していくということなのですね。
武田先生:もちろん最適な局所治療を目的のひとつに掲げてはいますが、一方で腫瘍内科医である平田先生が副センター長になっていることは、全身治療を常に念頭に置きながら局所治療の可能性を探っていくことを心がけていきたい、という想いの表れでもあります。
局所治療と全身治療のエキスパート同士がディスカッションをすることで、少しずつ両者でのコンセンサスが出来上がりつつあり、我々自身も安心して患者さんに治療を提案できるようになってきたと感じています。
日本初のオリゴ転移センターとしての使命
浅野:実際の診療体制について伺いましたが、最後にもう少し長期的な目標、今後の展望などを教えてください。
平田先生:今はまだ経験を重ねている段階なので、まずは諦めない治療、患者さんに寄り添った治療をしっかり実現していきたいと思います。症例集積が軌道に乗ってくれば、その先に求められるものはやはり治療エビデンスの創出です。リアルワールドデータの発出にとどまらず、最終的にはオリゴ転移という病態を対象とした前向き試験の実施を目指しています。日本初のセンターを立ち上げたからには、しっかりとエビデンスの構築、発信をしていかなければいけないと感じています。
浅野:最後に読者に向けたメッセージをお願いいたします。
武田先生:オリゴ転移センターの受診をぜひ検討していただきたいのは、①長く薬物療法を続けているオリゴ転移の患者さん、③体力的に薬物療法が適応にならない患者さん、③標準治療を進める中で、より積極的に局所治療を検討したいと感じている患者さんなどを考えています。特に①の患者さんに関しては、無期限に薬物療法を続けるのではなく、局所治療を含めた根治の可能性を探っていくことができれば、患者さんにメリットがあると感じていただけると思っています。
平田先生:オリゴ転移センターができたことで、単診療科の判断でこれまで根治が不能だと考えられた方の一部に根治の可能性を検討できることは大きな喜びです。我々のような薬物療法をメインに扱ってきた内科医の視点から見ると、症状が安定しているオリゴ転移に対して長期間薬物療法を続けている患者さんに新しい治療を届けられるなどの治療オプションが増えることなど、診療の幅が広がると思っています。また、オリゴ転移症例に対して根治を諦めない、という概念の上にオリゴ転移センターが成り立っていると感じているので、慶應義塾大学病院の全力を使ってしかるべき治療を届けたいと考えています。 局所療法を冠に掲げたセンターではありますが、その理念の実現には全身療法があってこそです。エビデンスに裏打ちされた化学療法などの標準治療は大前提として、当院はがんゲノム医療中核病院でもありますので、ゲノム診療などの先端的な技術に関しても融合した最先端の診療ができればと考えています。
また、“セカンドオピニオン”という言葉を使っていますが、一般的なイメージとは違い、さまざまな診療科でディスカッションを重ねて時間をかけて対応していく強みがありますので、オリゴ転移の判断に迷ったらまずは相談に来てほしいと考えています。
浅野:今のお話は、患者さんにとって「私も受診していいんだ」と思える非常に心強いメッセージだと思いました。
武田先生:オリゴ転移の診断は、医師・患者ともに難しい現状があるので、実際にはオリゴ転移ではない患者さんもいらっしゃいますが、そこも想定の範囲内です。
どんな患者さんも根治を目指して治療をしたいという想いを持っていると思うので、その希望にできるだけ沿って、根治に一番近づける治療を探っていきたいと思っています。
参考リンク:
慶應義塾大学病院 オリゴ転移センター