臨床試験の内容や結果について患者さんをはじめとする一般の方々に向けて発信される文章として、プレーン・ランゲージ・サマリー(PLS)やレイサマリーというものがある。しかしながら、この取り組みは日本国内においてあまり浸透しておらず、海外と比べて遅れをとっている部分がある。 今回は、PLSやレイサマリーを主題に、日本における情報アクセスの現状と課題に関して、「がん情報サービス」等の運営を通してがんの情報発信・普及に取り組まれてきた若尾文彦先生(国立がん研究センターがん対策情報センター本部 副本部長)にお話を伺った。

PLS/レイサマリーの違いとは
オンコロ:一般向けの治験結果の情報提供文書として、プレーン・ランゲージ・サマリー(PLS)やレイサマリーがありますが、改めてこれらはどのようなものなのでしょうか。また両者にはどのような違いがありますか? 若尾先生:PLS /レイサマリーに関しては、製薬協医薬産業政策研究所のRESEARCH PAPER SERIESに言葉の定義や歴史が書かれています。PLSとレイサマリーは明確な使い分けがされているわけではないですが、実態としては、治験に参加された患者さんを対象としている場合と、広く一般向けに書かれている場合があります。 オンコロ:PLSの場合、海外で作成されたものの日本語翻訳であることが多く、日本で独自に作ることは難しいイメージがあるのですが。 若尾先生:その点では、レイサマリーの方が、日本人向けに発信できるなじみあるものかもしれません。PPI JAPANから「レイサマリー作成の手引き」というものも出ており、情報公開の標準化の取り組みとしては一番充実していると思います。PPI JAPANレイサマリーワーキンググループには、患者団体のメンバーも入っています。患者さんの情報アクセスの現状と課題
オンコロ:オンライン上におけるがん情報へのアクセスの現状を教えてください。 若尾先生:一昨年(2023年)に約1000人を対象に実施されたインターネット調査に基づくディスカッションペーパーを「がん情報の均てん化を目指す会」がとりまめました。その中で、オンライン上でのがん関連情報の入手に困難を感じている患者さんは45%、具体的な課題のひとつとして、「様々な情報が分散して掲載されている」ことが上位に挙がりました。まさに本日のテーマであるPLS/レイサマリーなどは、この課題にかなり当てはまるのではないかと思っています。実際に、情報の種類別に見ると、治験や臨床試験の情報が「あまりなかった」あるいは「全くなかった(見つけられなかった)」との回答が4割に上りました。 また、「臨床試験にみんながアクセスしやすい社会を創る会」がjRCT(臨床研究等提出・公開システム)の改修などを目的として、課題の洗い出しと解決に向けた提案を行っています。最終的には患者さんなどにも届く情報発信を目指してはいますが、今後、PLS等の掲載に関しても要望を伝えていこうと検討している段階です。 オンコロ:治験に関する情報の公開や患者さんによるアクセスのハードルは、どこにあるのでしょうか? 若尾先生:治験に関する情報公開の一番のハードルになっているのが、医薬品等の広告に関する規制です。令和5年の課長通知の中で、治験情報に関してのみ、医薬品の広告に関する薬事規制の該当から外れ、専用ページを作ることで提供可能となった背景があり、一見バリアがなくなったかのように見えました。その一方で、製薬協の「患者及び一般市民を対象とした治験に関する情報提供の要領」も改訂され、治験情報提供ページと他のページとの紐づけに関する可否が細かく規定されてしまったのです。ここが今、非常にネックになっているように思います。 治験結果へのアクセスを容易にすることは、広告の定義となっている誘引性には該当せず、治療を選択するうえで非常に大事な情報であると考えるのですが、企業の皆さんが情報提供を躊躇せざるを得ない状況であることは、非常に残念です。 オンコロ:治験情報の患者さんへの提供に関して、海外と日本の違いはあるのでしょうか? 若尾先生:EUのCTR(EU 臨床試験規則)では、PLSを作成し公開することが義務付けられています。また海外雑誌への掲載数も2021年あたりから急増傾向にあり、特にFuture Oncologyが一番多いようで、ここに、日本語訳PLSを掲載したケースもあります。一方日本では、本来患者さんに出すべき情報の開示方法が統一されておらず、製薬企業やJCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)のサイトの中でも、 なかなかトップページから辿り着くことは難しい場所に置かれています。また、Trial Summariesというサイトにも結果がまとめられています。つまり、今はせっかくいい情報がありながら、それが分散していて患者さんが見つけることが困難になってしまっています。これは日本が遅れている部分だと思いますし、改善すべきだと考えています。 色々な規制があると思われますが、最終的にはjRCTに治験の結果が登録され、そこからPLSに紐づけるのが良いと考えています。治験情報と医薬品情報をつなげるPLS/レイサマリー
オンコロ:一般向けの情報提供について、PLS/レイサマリー以外にも取り組みがありますか? 若尾先生:上市後の医薬品情報に関しては、くすりの適正使用協議会のくすりのしおりに加えて、現在はPMDAの患者向医薬品ガイドをというものがありますが、これをより簡易化した「必須版」と、詳しい情報も載せた「詳細版」に分けようとする動きがあります。上市後の薬剤に関しても、より可視化した分かりやすい情報にアクセスできるようにするためには、その情報(例えば薬効)と治験結果の情報をつなげていくことも必要になると思います。これがうまく機能すれば、PLS/レイサマリーへのアクセスの入り口になるかもしれません。 オンコロ:治験の実施に関する情報、治験結果(PLS/レイサマリー)、そして上市された薬剤の情報を、一連の流れで紐づけていかないといけないと理解いたしました。 若尾先生:治験と薬剤、両方からPLS/レイサマリーに辿り着けると良いと思います。PLS/レイサマリーが真ん中にあるイメージで、情報をつなぐ役割も担っていくことになるのが理想です。また、このような取り組みが結果的に、治験の理解や事態の啓発にもつながり、治験参加者が増えていくことにもつながるのだと思います。日本における患者さんの情報アクセス環境のこれから
オンコロ:最後に、情報アクセスの改善を待ち望んでいる患者さん・ご家族に向けて、メッセージをお願いいたします。 若尾先生:いますぐに解決できるものではないですが、患者さんの声を最大限に取り入れながら、jRCTを使いやすいものにしていこうとする流れがあり、実際にその声を受けて厚労省も動いています。昔は企業秘密であった治験情報が少しずつ公開する流れとなってきており、確実にいい方向に進んでいることは知っていただきたいです。 そんなに待てないよ、と思う気持ちもあると思いますが、患者さんと医療者が一緒になって今後も取り組んでいくことが大切だと考えます。(文責:浅野)