― 遺伝子解析を受ける患者さんは、どのようながん種が多いのですか。
角南先生 当院では希少がんセンターを開設しているため、骨軟部腫瘍、胸腺がん、小腸がん、脳腫瘍など患者数の少ない希少がんの患者さんが多い傾向があります。2016年5月~17年5月までの1年1カ月で遺伝子解析ができた207例のうち、半数弱が希少がん(原発不明がんも含む)でした。患者数が比較的多いがんでは、肺がん、大腸がん、胆道がん、卵巣がん、膵がん、乳がんの患者さんなどです。
山本先生 現在の課題は、遺伝子解析をして結果を出たところで、見つかった遺伝子異常にぴったり合う薬がまだまだ少ないことです。その遺伝子異常を対象にした薬が見つかったとしても、多くは、まだ有効性や安全性が確定していない開発段階にある治験薬です。
― 遺伝子解析の結果が、治療に結びついた患者さんはどのくらいいるのですか。
角南先生 16年5月~17年5月までに遺伝子解析を行い結果が出た207例のうち、1つ以上の遺伝子異常が検出された患者さんは8割ほど、薬剤選択に有用な遺伝子異常が見つかった人も6割ほどでした。16年12月までに薬剤選択に有用な遺伝子異常が見つかった64例の中で、遺伝子異常に見合う治療薬が投与された患者さんは16年12月の時点では11例(17%)でした。
11例のうち7例は治験に参加し、保険承認されている薬を使った例が2例、残り2例には、院内の倫理委員会で審査したうえで、他の臓器に保険承認されている薬の適応外使用を行っています。
海外の文献を見ても、NGSを使った遺伝子検査で、遺伝子異常が見つかった患者さんのうち、治験薬も含めて治療に結びつくのは10~20%程度というのが実情です。投与しているのは、遺伝子変異をターゲットにした分子標的薬だけではなく、遺伝子異常が非常に多いから免疫チェックポイント阻害薬を投与するという選択に至ることもあります。
山本先生 現時点では、遺伝子を調べたら必ず個々の患者さんにぴったりの治療が見つかるという夢のような話ではありません。それを目指したいわけですが、そこまではいっていないのが現状で、NGSによって遺伝子解析を受けて治療に結びつく患者さんはわずかです。
でも、なかには調べた結果、治験に参加できて治験薬を投与したところ、腫瘍が劇的に小さくなって病状が改善するような患者さんが存在するのも事実です。新薬の開発を進めて、NGSの恩恵が得られる患者さんを一人でも増やしたいと思います。
― 担当医に返すレポートに書き込まれる治験は、中央病院で実施している治験だけですか。
山本先生 基本的には、当院で行われている治験の情報を記載しています。また、同センター東病院とは連携が取れているので、中央病院では実施していないけれども東病院で行われている治験に患者さんを紹介する体制は整っています。
― 遺伝子解析を受ける際、患者の自己負担はありますか。
角南先生 TOP-GEARプロジェクトは、研究費で運営しているので、遺伝子解析を受けるための費用については患者さんの自己負担はありません。それに伴う担当医の診察や血液検査、がんの治療は基本的には保険診療です。
― TOP-GEARプロジェクトの成果を教えてください。
角南先生 TOP-GEARプロジェクトで使っている「NCCオンコパネル」を基にしたがん関連電子パネル検査システムが、今年2月に、厚生労働省の先駆け審査制度の対象となりました。このシステムが保険承認されて、保険診療で使えるようになれば、それが成果と言えるかもしれません。先駆け審査制度は、世界最先端の治療薬や新しい医療機器を迅速に実用化するために実施されている制度です。
米国では、次世代シークエンサーを使った遺伝子解析は、もう何年も前から、がん診療の中で普通に行われています。患者さんが入っている保険にもよりますが、民間保険で遺伝子解析を受ける費用を賄ってくれるところも多いそうです。
遺伝子解析自体は、欧米ではもはや目新しいことではなく、がん治療におけるゲノム医療の活用という意味では、日本は世界標準から立ち遅れてしまっています。NGSの遺伝子解析結果を見て解読できる専門家、そして、その解析結果をがんの治療に活用できる人材の不足も課題です。
すべてを医師がやる必要はなく、米国では、ゲノム医療に精通した分子病理学の専門家が活躍しています。すでに厚生労働省や日本医療研究開発機構(AMED)の研究費を活用して、いくつかの人材育成プロジェクトが進んではいますが、保険診療として実用化される前に、がんのゲノム医療に係わる人材の育成を急ぐ必要があります。
山本先生 遺伝子を調べる検査自体は手段であって、患者さんにとっては、遺伝子異常が見つかった結果、治療につながるかどうかが重要です。我々がやらなければいけないのは、新薬の開発です。とにかく一つでも多く、患者さんたちに届けられるがん治療薬を増やしたいと考えています。
最近では多くの治験が国際共同治験になっており、国際共同治験に参加すれば、新薬が承認された時に、米国や欧州とほぼ同時期にその薬が日本でも使えるようになり、ドラッグ・ラグはほとんど生じません。しかし、新薬の早期開発(第I相などの早期開発)を実施、または早期国際開発に参加するためには、欧米と同じような品質保証の下でNGSを用いた遺伝子解析体制が必要になっています。
NGSの活用は、世界の新薬開発の中で、日本が生き残っていくため、ひいては日本の患者さんに早くがん治療薬を届けるための手段なのです。
あなたは医師ですか。



