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様々ながん種の転移性患者にタブレット型電子患者日誌を導入することで生存期間を延長~ITはがん医療を変える?~ ASCO2017&JAMA

[公開日] 2017.06.07[最終更新日] 2017.06.07

目次

2017年6月2日から6日まで第53回米国臨床腫瘍学会(ASCO:アスコ)Annual Meeting(年次総会)が開催された。毎年、米国シカゴにて開催されるASCO年次総会は、毎回世界中から3万人以上のオンコロジスト(がん治療に従事する医療者)が集まる世界最大の「がんの学会」と言える。今年の年次総会のテーマは「Making a Difference in Cancer Care With You」となり、『ともにがんのケアを変革していく』という意である。 年次総会では2,150の演題が採択され、さらに2,890本以上の演題がオンライン発表として採択されているが、6月4日、プレナリーセッション(最も重要な演題)の1つとして「転移性固形腫瘍患者において日常的に化学療法を受けている方を対象として、電子患者日誌を使用して12症状を報告した時の影響を検討する前向き研究」の全生存期間(OS)に関する結果が発表され、更に同日付で、 医学雑誌JAMAにRESARCH LETTERとして掲載された。

関心高まるITヘルスとがん医療 ~ASCOプレナリーセッションに選出~

昨今、ITのヘルスケア分野への応用は活発化されており、プライマリーケア(循環器領域、内分泌領域、眼科領域など)については積極的な開発、導入がなされている。 がん領域でもパーソナルコンピューター(PC)、キオスク端末、タブレットやスマートフォンを用いたエレクトロニカル・ペイシェント・レポーティッド・アウトカム(電子患者日誌等; ePRO; イープロ、今回の記事においては、以降、電子患者日誌と記載)を臨床に応用する動きがみられ、去年のASCO年次総会(ASCO2016)でも、インターネットを介した経過観察アプリケーション(MOOVCARE™)が進行肺がん患者の生存期間を改善するという第3相試験結果が発表された。 アプリはがん医療をサポートできる?アプリ導入で肺がん患者の生存期間が延長ASCO2016(オンコロニュース170712) しかし、上記研究も症例数が少ないことが指摘されており、依然として臨床的有用性を証明するエビデンスが限られている分野である一方、関心が高まっている分野と言える。 その中、6月4日、転移性固形腫瘍患者において日常的に化学療法を受けている方を対象として、電子患者日誌を使用して12症状を報告した時の影響を検討する前向き研究(NCT00578006)の全生存期間(OS)解析の結果を、米ノースカロナイ州立大学ラインバーガー総合がんセンターのEthan M. Basch氏が発表した。なお、主要評価項目である健康関連の生活の質(HQOL)については、2016年2月にJournal of Clinical Oncologyにて報告されているが、本記事はこれにも言及する。

766名が参加したタブレット等を用いた電子患者日誌の臨床研究

患者は12症状について5段階評価で入力。問題があれば看護師へアラートが通知

本試験は2007年9月から2011年1月の間に米メモリアル・スローン・ケタリングキャンサーセンターにて転移性固定がん766名(乳がん19%、肺がん26%、泌尿器がん32%または婦人科がん23%)が登録された。 参加者は電子患者日誌を使用するグループ(441名;電子患者日誌群)、または従来の診療を行うグループ(325名;未使用群)に割り付けられた。また、参加者はコンピューター未経験者(227人;電子患者日誌群155名、未使用群72名)とコンピューター経験者(539名;電子患者日誌286名、未使用群 253名)が一定の割合で割り付けられた*。その他、年齢中央値は61歳、男性42%、女性58%、教育水準は大学院修了以上30%、大学卒47%、高校卒業以下22%だった。 *原則1:1で割り付けられ、コンピューター未使用の方のみ電子患者日誌群と未使用群は2:1で割り付けられた。 電子患者日誌は、Symptom Tracking and Reporting(STAR)というシステムを使用。これは、主な12症状(食欲不振、吐き気、嘔吐、咳、呼吸困難、疲労、痛み、下痢、便秘、排尿障害、末梢神経障害、ホットフラッシュ)をCTCAE(有害事象共通用語規準)に基づいて、患者自身が5段階(グレード0「症状なし」~グレード4「何もできない」)で評価できるように開発されたシステムである。また、患者が正確に回答しやすいように、各種の選択肢の横には短い説明が記載されていた。 電子日誌群に割り付けられた患者は、研究参加時に非臨床研究スタッフにより使用方法の指導を受け、ベースラインの入力を行った。また、受診時には、臨床研究スタッフによりタブレットまたはキオスク端末への電子患者日誌の入力を促された。コンピューター未経験の参加者は、診療時にのみSTARを使用して自己報告するように求められた。コンピューター経験のあるサブグループの参加者は、STARへのリモートアクセス権が与えられ、1週に1回、入力のためのリマインドメールがされたものの、訪問間のレポートは必須ではなかった。 患者が報告した症状が2グレード以上悪化、またはグレード3以上になった場合、看護師にアラートメールが通知され、症状に応じて電話にて症状管理のカウンセリング、支持療法、化学療法の用量変更等の相談を受けることができた。また、営業時間外は看護師にアラートメールが通知されないため、STARにより、これらの症状が認められた場合、医療機関は電話するように促された。一方、受診時に外来時の待合室等で患者電子日誌に入力した結果によっては、診療時間前に専門チームにより緊急往診することもできた。また、患者が入力したレポートは、各診療時に医師や看護師の診療のために印刷された。ただし、医師や看護師は、アラートやレポートに対してどのような措置を講じるべきかについて、具体的な指針は与えられなかった。 未使用群は、診療中に症状について訴えたり、予定診療日以外にも心配な症状が認められた場合には診察を受けるように推奨された。 これらの参加者は、がん治療の中止、患者の研究への参加撤回、ホスピスケアへの移行および死亡まで継続した。 本研究に参加した73%が電子患者日誌を完遂し、研究中に合計84,212の個々の症状が患者より報告され、このうち1.7%が重度またはグレード3または4であった。報告された最も一般的な症状は、疲労、痛み、食欲不振、呼吸困難、神経障害および吐き気であった。アラートの77%に対して看護介入が行われ、その中には支持療法の開始・変更(12%)、緊急室(ER)の紹介(8%)、化学療法の用量変更(2%)、画像検査・血液検査のオーダー(2%)が含まれた。

生活の質を改善 化学療法の継続期間も2か月延長 2016年にJournal Clinical Oncolで発表

本研究の主要評価項目は、ベースラインと比較した6カ月後の健康関連の生活の質(HQOL、以降、生活の質とする)の変化であった。生活の質は、EuroQol EQ-5D Indexで数値化された。結果、ベースラインと比べ生活の質が改善した方の割合は電子患者日誌群34%、未使用群18%、生活の質が悪化した方の割合は電子患者日誌群36%、未使用群53%と有意に差が認められた(p<0.001)。 その他、ERへの受診頻度は電子患者日誌群34%、未使用群41%であり、電子患者日誌群で7ポイント低かった(P=0.02)。また、電子患者日誌群では化学療法を継続している期間が約2か月長く、統計学的に有意であった(電子患者日誌群8.2か月、未使用群6.3か月、P=0.002)。

ITヘルスケア導入で生存期間が約5か月延長 ASCO2017 & JAMA

今回のASCOでは2016年6月に解析された全生存期間(OS)が発表された。追跡期間の中央値は7年で、この間に67%(517/776名)が死亡した。 結果、電子患者日誌群の全生存期間中央値は31.2か月、未使用群中央値は26.0か月となり、約5か月間延長した。死亡リスクは17.78%減少し、統計学的に有意であった(HR0.832; 95%CI 0.695-0.995; p=0.03)。5年生存率は、電子患者日誌群で41%、未使用群で33%となり、8ポイント高かった。 Basch氏は、「診療外の在宅時において、患者は問題が深刻になるまで医療機関への電話をためらっていることが多く、また、受診時のおいても、患者と医師や看護師との間で症状について完全に伝達さないこともしばしば起こる」と述べている。「そこで、我々は、オンラインシステムを活用して、患者自分が症状を報告することは、早期に医師からの介入を促し、結果、症状コントロールや下流の医療の改善を促すだろうと仮定した」と述べた。 更に、Basch氏は、この研究の成功の3つの要因として、「患者がより長期間化学療法を継続できるように、副作用のより良い管理が可能になること」、「症状が現れたときに担当医にリアルタイムで警告し、早期に対処可能とすることで、問題となる合併症が併発する前に管理するように促すことで、よりよいケアが得られたこと」、「症状をコントロールすることにより、患者がよりフィジカルを保ち、体調不良や寝たきりを避けることができたこと」をあげた。 現在、今回の結果を確認するために、全米の大規模臨床試験を実施中であり、この研究にはリニューアルされた最新のオンラインツールを使用しているとのことである。 ASCO ExpertのHarold J. Burstein氏は「オンライン技術は、私たちの生活のあらゆる面においてコミュニケーションを変えてきた。患者の治療への積極的な参加を促す役割や、介護者の速やかなアクセスの助けを担う。このシンプルな仕組みは、生活の質を改善するだけでなく、今回の研究結果では、患者がより長く生きるのに役立つということは印象的である。間もなく、このモデルを採用するがんセンターや研究が増えていくだろう」と述べた。 Overall survival results of a randomized trial assessing patient-reported outcomes for symptom monitoring during routine cancer treatment.(ASCO2017 Abstract LBA2) Web-Based System for Self-Reporting Symptoms Helps Patients Live Longer(ASCO News Releases) Patients With Advanced Cancer Live Longer When They Report Symptoms Online and in Real Time(ONCLIVE) Overall Survival Results of a Trial Assessing Patient-Reported Outcomes for Symptom Monitoring During Routine Cancer Treatment(JAMA. Published online June 4, 2017. doi:10.1001/jama.2017.7156) Symptom Monitoring With Patient-Reported Outcomes During Routine Cancer Treatment: A Randomized Controlled Trial(DOI: 10.1200/JCO.2015.63.0830 Journal of Clinical Oncology 34, no. 6 (February 2016) 557-565.)

記事を作成しての補足・感想

去年のMOOVCAREに引き続きSTARの生存期間延長の発表でしたが、大きく異なるのは症例数で、圧倒的に今回の発表の方が多いです(他にも実施国がフランスと米国という差があります)。 ただし、この研究は単施設の臨床研究となり、メモリアル・スローン・ケタリングセンターだからこその結果である可能性があります。こういった研究はチーム医療が肝心であるため、特に医療機関バイアスはかかりやすいと思います。また、アプリのユーザビリティにも左右されそうです。 他にも、「時代」に左右されやすいという点があると思います(時代バイアスとでもいいましょうか・・・)。医療研究がIT革新に追いつかないというジレンマがあると思います。例えばこの研究が開始したのは2007年ですが、やっとスマートフォンが普及し始めた頃でした。現在、RWD、AIやIoTなど、10年前はあまり耳にしなかった言葉が医療分野にも進出してきています。 なお、JCOの論文では、検討項目ではありませんが、システム開発費用、サーバー費用、メンテナンス費用、タブレット費用および医療者の業務時間(人件費)に対して、「控えめ」だったと言及しています。たしかに、システム開発は薬剤開発よりもかなりコストが「控えめ」だと思います。 この研究結果を聞き、我慢するタイプが多い日本人の患者では差が出やすいかもしれないと思う一方、始めから医療がきめ細かくシステマチックな日本では工夫が必要だとも思いました。 なお、現在、小さな研究グループでこういった研究を実施していることを耳にしますし、まさに同じようなePROを見たことがあります。 そして、何よりも我々オンコロが目指したい領域だと考えています。 記事:可知 健太 この記事に利益相反はありません。
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3Hメディソリューション株式会社 執行役員 可知 健太

オンコロジー領域の臨床開発に携わった後、2015年にがん情報サイト「オンコロ」を立ち上げ、2018年に希少疾患情報サイト「レアズ」を立ち上げる。一方で、治験のプロジェクトマネジメント業務、臨床試験支援システム、医療機器プログラム開発、リアルワールドデータネットワーク網の構築等のコンサルテーションに従事。理学修士。

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