オプジーボなどの高額薬剤費問題 国立がん研究センター 後藤 悌医師による1人ディベート
昨今、オプジーボ(一般名ニボルマブ)という薬剤が世を騒がしている。効果もさることながら、1年間使用し続けた場合の費用が約3000万円という高額であるためだ。
オプジーボは、免疫チェックポイント阻害剤という種類の生物製剤で、新しい免疫療法の1つ。現在、「根治切除不能な悪性黒色腫」、「切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌」に対して承認されており、非小細胞肺癌に対する用法用量は、体重1kgにつき3mgを隔週ごと使用することになる。
現在のオプジーボの薬価は20mg瓶で150,200円、100mg瓶で729,849円となり、例えば体重60kgの非小細胞肺癌患者が使用すると1カ月当たり約270万円*の薬剤費用がかかる。
*60kgであれば1回180mgを投与。(150,200円×4+729,849円×1)×2週=2,661,298円
小野薬品工業の年間売上予測では1260億円である一方、各アナリスト見解では5000億~1兆5000億円とされており、その殆どが社会保険費と税金により補填される。
最近の公表されたデータでは、進行非小細胞肺癌に対する2年生存率は23~29%とタキソテールの8~16%と比べても長期生存の可能性が期待される。そのような状況下、いつまでオプジーボを使用するのかの答えは未来の話であり、効果がある限りオプジーボを使用し続けなければならないといった問題点もある。
また、オプジーボの恩恵を受けれるのは20~30%と言われており、多くの方は効果が乏しい。現在、適応がある方に対しては無効かわかるまではオプジーボを使用しており、医学的にも経済的にも効果予測のバイオマーカー探索は急務となっている。
更に、オプジーボは今までの抗がん剤と異なり、免疫細胞に作用する薬剤である。よって、どのようながん種にも効果を発揮する可能性を期待されている。事実、FDA(米国)では、腎細胞癌とホジキンリンパ腫にてすでに承認済みとなり、頭頸部扁平上皮癌や膀胱癌(尿路上皮癌)についてはブレイクスルーセラピー(画期的新薬)に認定されている。今後、様々ながん種で使用できるようになると経済的インパクトは計り知れない。
昨今、日本の医療費は右肩上がりであり2013年度には40兆円を超えた一方、社会保険料は55~65兆円で頭打ちな状況が続いている。
新規抗がん剤の薬価も年々上昇してきており、医療費を圧迫しかねない。こういった問題は国民全員で考えていかなければならない、考えなくとも意識しなくてはならない問題である。
7月4日、日本肺癌学会は第12回肺がん医療向上委員会が開催し、国立がん研究センター中央病院呼吸器内科の後藤 悌先生が「医師は医療費について考えるべきか?」というテーマにて賛成意見・反対意見を講じた。
開発費高騰!! オプジーボは本当に高いといえるか?
高額薬剤としては、オプジーボやハーボニー等で問題視され始めたが、もともと近年高騰している。数多くの分子標的薬が上市されたのも一因であるし、2~3剤併用レジメンが増え始めたのが原因である。
薬価はどのように決めるのだろう・・・
薬価判定方式には、類似薬効比較方式と原価計算方式がある。類似薬効比較方式は既に上市されている類似薬剤の薬価を指標とした手法であり、原価計算方式はそういった薬剤がない場合に製造原価等から算出する手法である。
オプジーボは原価計算方式にて算出されており、オプジーボ20mg瓶であれば、製品総原価94,620円、営業利益34,997円、流通経費9,457円および消費税11,126円となり、合計150,200円という薬価が算出されている。営業利益は34,997円利益率27%であり、決して高すぎる利益率とは言えない。
一方、新薬開発において、医薬品の種(シーズ)から承認に至る確率は25,482分の1、開発コストは1,000億にのぼる。近年、個別医療化の高精度医療(プレシジョンメディシン)化が進み、新薬1つ開発するのも非常に難しくなっており、開発コストは右肩上がりである。
後藤医師は、「製薬業界はどの業種よりも効率が悪い。開発しても勝手に販売はできず承認が必要、上市しても安全性・効果の「精度」を高めるために莫大なコストが必要、薬害を回避するために注力しなければない。ただし忘れてならないのは、医療発展は製薬企業などの私企業に負うところが大きく、医薬品のコストを下げると、日本に新規薬剤が導入されなくなるリスクがある。」といった意見を述べた。
600万円?? ヒトの命の価値は決めれるのか?
ヒトの命の価値はどのように決めればよいであろうか?
そういった研究は以前から進んでおり、QALY(クオリー;Quality Adjusted Life years)という指標を用いることが多い。
QALYとは、単純に生存期間の延長を論じるのではなく、生活の質(QOL)を表す効用値で重み付けしたものである。QALYを評価指標とすれば、生存期間(量的利益)と生活の質(質的利益)の両方を同時に評価できる。効用値(utility)は、完全健康を1、死亡を0としてあらわす。
例えば、効用値を完全健康を1、車いす生活を0.6、寝たきりを0.3とし、それぞれの状態で10年生存した場合、完全健康の場合は10QALY(1効用×10年)、車いす生活は6QALY(0.6効用×10年)、寝たきりは3QALY(0.3効用×10年)となる。
なお、実際はずっと健康状態というわけではないため、以下のような曲線を描く。
上記のように、QALYで算出したヒトの命の価値は、アメリカでは1QALY 50,000ドル、イギリスでは1QALY 20,000-30,000ポンド。これ以上のコストがかかる医療費は適切ではないとされ、特にイギリスでは年間20,000ポンド以上のコストがかかる薬剤費は推奨されないことが多い。よって、オプジーボは現在もイギリスでは使用できない状態が続いている。
日本ではQALYを用いた研究は活発ではないが、ある調査によると1QALYあたりの支払い意思額は635-670万円となっているとのことだ。
後藤医師は、オプジーボの部分奏効(PR)が約20%、病態安定(SD)が約25%および病態進行が約55%と考えると、ごく簡易的な計算にて、1人の部分奏効(PR)のために3000万円、1人の病態コントロール(PR+SD)のために1333万円及び1人の「無効」証明のために600万円となることに言及し、「現状、オプジーボが有効な患者群を選択できないし、費用対効果の検討はされていない。それでも効果がある人への効果は明らかであるため、目の前に患者がいれば、大部分の医師は処方するであろう」と話した。
皆が考えなければいけない未来のこと
日本は、患者、医師および政策決定者の誰も損していない仕組みが回っている。
患者は『高額医療制度により、世界で最低の自己負担で投与可能』であり、医師は『世界で唯一のEBM(evidenced based medicine)が実施可能な国』であり、製薬企業は『得た利益を新たな開発費用へと投資可能』であり、政策決定者は『医療を成長産業という幻想を捨てられない。喫緊の課題を乗り越えるので精一杯』である。
しかしながら、社会保障給付金は115兆円を超え、そのうち医療費は40兆円を超えた。一方、社会保険料は65兆円で頭打ち、50兆円程度は国庫負担と地方税等税金で賄っていることを忘れてはならない。
こういった状況の中、後藤医師は「『今の患者のため』なのか『将来を担う子供たち』のためなのか、『歩み寄り』なのか『痛み分け』なのか。医師もeconomy based medicineを意識しなければならないのかもしれないし、医師だけでなく皆で考える問題なのかもしれない」と締めくくった。
肺がん医療向上委員会はコチラ
7月13日、Youtubeにて動画公開されました。
記者コメント
今回、後藤先生は、CERとICER、各国の高額薬価に対する対応状況および医療コストを削減するための研究といったここに書ききれなかった多くのことをご講演されました。
今回の発表は、去年11月開催された第56回日本肺癌学会で発表されたたものを一般向けにアレンジしたものと感じましたが、今年12月に開催される
第57回日本肺癌学会でも医療費に関するシンポジウムを開催するようです。また、日本肺癌学会診療ガイドライン委員の九州がんセンター呼吸器内科瀬戸貴司先生の話では、日本肺癌学会ではガイドラインにも「コスト」といったことを考慮するかの議論を重ねているようです。
今回、後藤先生とは別に、肺がん医療向上委員会長の九州大学呼吸器科教授中西洋一教授は「医師や患者は医療費についての直接的な決定権は持っていないため、政治家に任せ、自分たちが今できる最大の医療を遂行するべき」と意見は話されていました。
個人の感想としては、メディアは、今さらオプジーボのような高額薬価製剤のことを叩く前に、コンビニ受診している現状や乱処方されている感冒薬についても言及しながら考えなければならないと思っています。
医薬売上ランキングでも、抗悪税腫瘍薬はアバスチンしか10位以内(900億程度)に入っていないです。一方、ARB製剤やDPP4阻害剤の4剤がランクインし合計額は3500億程度です。まあ、ハーボニーとソバルティの2剤で2300億円ですが、この2つの薬剤を語ると長くなるため。。。
私もメディアの端くれ自負し始めたため、こういった点は公平で正しい情報を届けれればと思っています。
記事参考
中央社会保険医療協議会 総会(第281回)資料 中医協総-2-1(参考1)26.4.9
臨床研究eラーニングサイトICR臨床研究入門
国民医療費 結果の概要(厚生労働省)
プレシジョンメディシンとは?
プレシジョンメディシン(Precision Medicine)は、日本語では高精度医療といい、がん細胞の遺伝子を次世代シークエンサーで解析し、がんの原因となった遺伝子変異を見つけ、その遺伝子変異に効果があるように設計した分子標的薬を使用するといった手法です。テーラーメード医療や個別化医療の一種です。
プレシジョンメディシン-オンコロ辞典
使用してる図は発表された資料等を基に、オンコロで再構成したものです。
記事:可知 健太