6月29日から7月1日に、第31回日本乳癌学会学術集会(JBCS 2023)が、パシフィコ横浜にて開催され、その中でシンポジウム10「がんゲノム 徹底討論!」が開催された。
シンポジウムの冒頭で座長の上野貴之先生(がん研究会有明病院)は、ゲノム医療が全ゲノム検査にまで広がりを見せてきている中で、目の前の患者さんにどのように役立っているのかという観点では難しい状況にきている、と語り、今回のような討論の場の重要性を説明した。
ここでは下井辰徳先生(国立がん研究センター中央病院 腫瘍内科)の【乳癌ゲノムプロファイリング検査における出口戦略】というタイトルの講演について紹介する。
下井先生は、がんゲノムプロファイリング(CGP)検査によって保険適用の抗がん剤が“ほとんど見つからない”という理由で検査を実施していない医師がいる現実を指摘。本来であれば検査の価値や実施を決めるのは患者さんのはずだと強調した。
実際に、MSK-IMPACTという米国のCGP検査では、既承認薬のある遺伝子変異陽性率が9%との報告がある。日本においても、NTRK融合遺伝子陽性(TRK阻害剤の適用)やMSI-High/TMB-High(キイトルーダの適用)を併せると、乳がんで10%弱の陽性率がある、と下井先生は説明した。
また、既承認薬以外に乳がん以外で承認されている薬や治験薬なども候補となり得るが、治験に関しては数が少ないことを課題として指摘。これを解決するひとつの方法として、「プラットフォーム試験(一つの臨床試験の中で、CGP検査の結果に応じた複数の治療を実施する試験)」がある。その一つの例として、下井先生はNCCH1901試験(患者申出療養、通称:受け皿試験/BELIEVE)を紹介。2019年10月から現在までに21種類の薬が使われており、既に570名以上の患者さんが登録されているそうだ。
しかしながら、それでもCGP検査後の治療選択肢は少ない現状があり、下氏先生は近未来の日本の課題を最後に述べた。
まずは有望な新規薬剤の開発の必要性である。下井先生は、遺伝子異常をランク付けしたESCAT(ESMO Scale of Actionability of Molecular Targets)で高いランクの分子標的薬を使った場合のみ、無増悪生存期間(PFS)の改善が見られたという海外の報告に言及し、エビデンスレベルの高い有望な薬剤にたどり着けることの重要性を改めて強調した。一方で、欧米承認薬のうち日本で未承認である薬剤の数は年々増加傾向である、と下井先生。この一つの原因として、海外では大手企業だけでなくベンチャー企業が新薬開発に乗り出しており、日本での販売を前提としていないことが挙げられた。
もう一つの課題は、臨床を行う医療機関側の体制向上である。下井先生は、臨床研究中核病院であっても、治験実施件数には大きなばらつきがあることを指摘。日本全国の患者さんが治験を受けられるよう、実施体制を見直す必要がある、と下井先生はコメントした。
そして最後の課題はエキスパートパネルの省力化である。CGP検査のニーズが増すにつれて、エキスパートパネルの件数も増えていくことが予想される、と下井先生。日本からの報告で、がん診療連携拠点病院におけるエキスパートパネルとAIが回答した推奨治験を比較すると、AIの方が模範解答との一致率が高いというデータがあることを説明し、エキスパートパネルの質の均てん化や効率化にAIを活用すべきであると主張した。
質疑応答では、ドラッグ・ラグの解決について話題となった。下井先生は、日本でも早い段階から海外での医薬品開発にかかわっていくこと、そして日本の複雑な薬価制度の説明や日本側からの販売サポートにより、海外企業が日本に入りやすい体制を作ることが大切だとコメントした。
■参考
第31回日本乳癌学会学術集会