認定 NPO 法人 肺がんの患者の会 ワンステップと日本イーライリリー株式会社は11月13日、「肺がん患者さんが“その人らしく”生きるために~治療と人生をつなぐ、医療従事者との対話とは~」と題したセミナーを開催した。
「医師の患者さんへの想い」中川和彦先生(近畿大学病院 がんセンター 特任教授)
がんと診断されたときに必要になる初回治療の選択、そのとき患者自身の想い、医師の患者さんに対する認識はどのようなものなのか?この疑問に答えるべく中川先生は、2022年10月に患者さん(182名、大部分が40-60代でEGFR変異陽性症例が半数近くを占める)と医師(217名、大学病院やがんセンターなど比較的大きな病院の中堅医師が中心)のそれぞれを対象に実施したオンライン調査の結果を発表した。
まず、初回治療選択時において、患者さんの約95%は「説明を受けることで自身の病気の治療法に対する理解を深めたい」、「将来の治療の可能性を知ることで希望を持ったり前向きに考えたい」、「知るべき情報を全て知った上で後悔しない治療選択をしたい」と考えていることが判明。一方で、半数近くの医師が考える患者さんは「がんや転移について受け入れるのに精一杯で色々な情報を聞くのは精神的負担」、「説明されても理解できない」という認識であった。
特に初回治療選択肢について、9割近い患者さんは、「全ての選択肢を教えてほしい」、「事前に勉強したり考えたりしたい」、「積極的に治療決定に関わりたい」と回答したが、患者さんの想いと一致した医師の認識は半数以下にとどまった。また複数ある治療選択肢に関して「いくつか選択肢に限定して説明する」とした医師が多く、その理由として「医学的あるいは患者の価値観から考えて最適だと判断したから」、「患者は説明をしても理解が難しいから」、「患者は、医師に任せことを希望するから」という選択肢に回答が集中した。
以上の結果を受けて中川先生は、患者さんの想いと医師の認識には大きなギャップがある、と指摘しつつも、同アンケートに回答した患者さんの半数以上が“診断から3年以上経っていること”に注意が必要だと説明した。がんの診断を受けたばかりの患者さんは(医師の認識通り)多くを受け入れる余裕がないことは確かである、と中川先生。「実際に自施設において、疾患や治療に関する資料を作り、チームで意思決定支援プロジェクトに取り組みましたが、ほとんどの患者さんから反応が得られず、質問も問い合わせもありませんでした」(中川先生)
この結果は、患者さんが長年治療を受けて病気の理解も深まった段階と、診断直後に置かれた場合とでは、考えが大きく異なってくるという事実を示しており、この溝を埋めることが今後の課題となりそうだ。「医療者側だけが悪いということではありません。医師と患者さんが一緒になって、積極的に克服する努力をしていく必要があると思います」(中川先生)
「チーム医療について」東加奈子先生(東京医科大学病院 薬剤部主査 がん専門薬剤師)
病院の中で薬剤師が活躍している場としては、病棟や調剤室のみならず、外来化学療法センターや治験管理室、医薬情報室、薬務室など、“縁の下の力持ち”となる仕事も含めて多岐にわたる。その中で患者さんと対峙することが多いのが病棟薬剤師であり、特に最近は薬物療法の中心となる外来治療に力を入れている、と東先生。患者さんは「検査→看護師面談→医師の診療→点滴治療/薬の受け取り→帰宅」、という流れの中で、点滴治療を受ける際に薬剤師と面談をしたり、施設によっては医師の診察前に薬剤師との面談をしたりする体制なども取り入れられている。「患者さんやご家族のお話を聞いたり、副作用の対策や薬の適した用量について相談することも可能なので、ぜひ活用していただければと思います」(東先生)
しかしながら、医療者目線では患者さんの一部しか見えていないことを東先生は指摘。病院の中で過ごすのは患者さんの人生の中のほんの一部の時間であり、実際には家庭や仕事、自身が大切にしている趣味などの時間がある。この病院外の患者さんの人生を把握していくための仕組みとして、病院薬剤師だけでなく、保険薬局の薬剤師の介入を知ってほしい、と東先生はコメント。保険薬局の薬剤師が病院側と連携をとることで(=病薬連携)、患者さんの情報を共有しながら診ていくことが可能になるため、ぜひ頼りになる薬剤師を探して相談してほしい、と東先生は強調した。
最後に東先生は、チームの中での患者さんと薬剤師の関わりについて「患者さんは、自分の心や体のことを誰よりもよく知っている専門家であり、薬剤師は薬の専門家として患者さんに最適な治療を一緒に考え提案・提供していきます」と語り、講演を締めくくった。
パネルディスカッション「“その人らしく”を医療従事者に伝えるには?」
先生とのコミュニケーションがうまくいかないなという状況を共有して、解決策を考えていく
例1:医師への遠慮(忙しそうにしている医師に言いたいことを伝えられない)
外来の際には、患者さんの呼び出し、診察、カルテへの記載、治療のオーダー、次回の検査や診療の予約など、一人の医師に任されている業務量は大量であり、非常に忙しい体制になってしまっているのは事実であり、外来に費やすエネルギーは多大である、と中川先生。その中でも、患者としてできることとして、聞きたいことはメモを作成するなどして必ず聞くという意志を見せ続けることが大切、と提案した。「聞きたいことに優先度を付け、困っている副作用など、“今現在の自分の状況”に関することは必ず伝えてほしいです」(中川先生)
例2:副作用をどう伝えるか(副作用は困るが、薬が使えなくなるのは怖い)
中川先生は、患者さんが副作用を我慢してまで治療を続けるべきではないと考えるのが医師だ、とコメント。強い治療が良い治療ということではなく、患者さんが過ごしやすい治療こそが最良の治療である、とした。「最初の(治療薬の)量が患者さんに最適とは限りません。休薬や減薬をしながら個々の患者さんにとって最適な治療を探していくことになります」と中川先生。これに対して東先生も、必要な減薬や休薬が必ずあるので、それは患者さんにとって100%の治療を探すプロセスだと考えてほしい、と改めて強調した。
また副作用の判断は、「医療者でも難しい」と東先生。患者さんは自己判断せずに、治療前からの変化はなるべく正確に伝えてほしいとした。これに対して中川先生は、患者さんが感じていることが一番迅速なサインであり、正確な治療効果を判断するための最も重要な材料であることを強調し、「良いことも悪いことも伝えてほしい」と呼び掛けた。
例3:説明への不安(先生から提案された治療と違う治療選択について気になる点がある)
中川先生は、がんの種類やその特徴、患者さんの持つ合併症など、多くの条件を加味して多くの選択肢の中からその治療を決断しているはずだ、とし、なぜその治療なのかということを納得するまで主治医に聞いてみて良いと思う、とコメントした。
“その人らしい”治療選択に必要なコミュニケーション(先輩患者からのアドバイス)
ワンステップの患者さんに事前に聞いたアドバイスとして出てきた、①医師に心を開く、➁回答しやすいように聞く、➂他の医療従事者に頼る、④内容を記録する、⑤誤解しないように繰り返す、⑥よいしょする、の6つに対し、各パネリストが一つを選択してコメントした。
米澤晴美氏(認定NPO法人 肺がんの患者の会 ワンステップ)は⑤を選択し、医師の発言を分かったつもりになってそれ以上の深堀りをしない患者さんは多い、とコメント。こういうことですね?と自分の言葉で確認することが大切なのではないか、と話した。
東先生は➂を選択し、医師に直接伝えられないことでも、必要であれば医療スタッフから医師へ伝えることも可能であるため、まずは薬剤師など周囲の医療スタッフに相談してほしい、と呼び掛けた。
そして中川先生は①を選択。患者さんが医師と話しをするときに緊張するのと同じように、医師側も患者さんと対峙するときは緊張するものであり、特に告知や悪い報告の時はなお更気を遣う、と中川先生。この双方の緊張がコミュニケーションの阻害になっているため、患者さんの方から心を開く努力をしてほしい、とコメントした。
最後に中川先生は、「コミュニケーションを取るには勇気が必要です。上手なコミュニケーションは与えられるのではなく勝ち取るものなので、患者と医師が勇気を出してお互いに歩み寄っていくことが大切です」と中川先生。これに対して司会の長谷川一男氏(認定NPO法人 肺がんの患者の会 ワンステップ)は「今のコメントを、ワンステップしろという意味だと解釈いたしました。とても勇気づけられるコメントです」とし、同セミナーを締めくくった。