患者市民参画の概念を広めるために今できること:産官学民それぞれの立場から第61回日本癌治療学会学術集会より


  • [公開日]2023.10.25
  • [最終更新日]2023.10.24

9月19日~21日、第61回日本癌治療学会学術集会がパシフィコ横浜で行われた。同学術集会のセッション「本邦で患者市民参画は普及したか?」の中で、「患者提案の臨床試験の経験を通じて」というタイトルで長谷川一男氏(NPO法人肺がん患者の会ワンステップ)が発表した。

長谷川氏は冒頭に、自身が大切にしているのは“生きる勇気”であるとコメント。自身もIV期肺がんの経験者である長谷川氏は、IV期の患者さんを言い換えると、命に限りがあることを教えてもらった人たちだと思っている、と語った。

同発表のテーマである患者提案型臨床試験として、長谷川氏はKISEKI試験を振り返る。オシメルチニブ(製品名:タグリッソ)という良い薬剤が初めて承認されたとき、「T790M遺伝子変異がなくても使うチャンスがないのかな、羨ましいな、という思いがあった」と長谷川氏。そんな中、2018年からはオシメルチニブがEGFR変異陽性症例全例に対する初回治療の適応になった一方で、2018年以前に発病し既に治療を始めている症例が対象外として取り残されてしまったことが行動のきっかけとなった。

そして西日本がん研究機構(WJOG)に直接交渉し、臨床試験の計画を依頼。そこから長い道のりを経て、製薬企業と一緒に臨床試験を進め、論文化、そして承認申請の準備の段階まできたとのこと。さらに今年の世界肺癌学会(WCLC)で、長谷川氏は同成果を自ら世界に向けて発信した。

今後の活動に関して長谷川氏は、主体的に行動することだと語り、講演を締めくくった。

総合討論の中では、「患者さんの声を聞く」という言い方は、患者さんとの立場の違いを感じる言葉であるが、自分がいつ患者側になるか分からないという意識でいるべきではないか、というコメントが挙がった。

また、今回のような学会のセッションに興味を持って足を運ぶ人はまだごく少数であり、それ以外の多くの人に対してどう啓発していくのか、ということが課題として挙げられた。

これに対し、アハ体験を共有することが重要だと櫻井なおみ氏(CSRプロジェクト)。患者側からいくら発信しても不十分であり、対話を通して患者の想いなどに医療者側がなるほどな、と気づきを得て発信することでアイディアが生まれ、PPI(Patient and Public Involvement、患者市民参画の意)に向けた活動のサイクルが回りだすのではないか、とコメントした。

続けて武藤香織氏(東京大学医科学研究所 公共政策研究分野)は、そのようなアハ体験に関して、学術集会の中のパラレルセッションではない独立した会として発表の場を設け、広く医療者に共有してほしいと希望を語った。

また丸山大氏(がん研究会有明病院 血液腫瘍科)は、医者の視点からはまだPPIに対する認識が弱いため、学会などでPPIに関するセッションの枠組みが当たり前になるよう、上層部を含めた意識や仕組みを変えていく必要があると指摘した。

池野薫氏(AMED・ゲノム・データ基盤事業部・医療技術研究開発課)は、AMEDの立場から、PPIを推しているとは言え、実際の研究にどのようにして取り入れていくべきかが分からない研究者が多い現実を指摘。現在PPIについての理解を深めるための教材や、PPI相談窓口などを通して、活動を広げる取り組みを実施中とのことであった。

そして松山翔氏(日本製薬工業会)は、最も信頼されるのはやはり医師からの情報発信であると話し、企業としてそれをただ待つのではなく、積極的に医師からの情報収集や発信に介入し、医師と患者さんをつなぐ役割を担っていきたいと語った。

最後に長谷川氏は、製薬企業の目線に立つと、患者と医療者は対等、あるいは患側にアドバンテージがあると考えることもできるのではないかとコメント。そして、一般的な医師主導治験と同じ土俵でKISEKI試験のような患者提案型治験が採択される成功例を作っていくことが重要だと述べた。

これらのコメントを受けて会場からは、PPIへの取り組みをポーズでやることには意味がない、患者さんの声を取り入れることがより質の良い研究につながるという認識が状況を変える一番の対策であり、そのためにはそのプロセスを動画やマニュアルなどを通して具体的に示し共有していくことが大切だ、とコメントがあった。

最後に座長の宮川義隆先生(埼玉医科大学 血液内科)は、日本におけるPPIの普及には時間がかかるが、学術集会の一つとして今回PPIのセッションが設けられたことは、少しずつでも確実にいい方向に進んでいることの証である、と今後への期待も込めた想いを語り、セッションを締め括った。

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