日本における希少がんの治療開発:現状の課題と今後の期待


  • [公開日]2023.06.01
  • [最終更新日]2023.10.05

5月21日、日本希少がん患者会ネットワークと国立がん研究センター中央病院 MASTER KEYプロジェクトにより、希少がんの臨床研究の啓発を目的とした「希少がんコミュニティ オープンデー」※1が開催された。

希少がんを取り巻く日本の現状
大熊ひとみ氏(国立がん研究センター中央病院 国際開発部門 研究企画室長)によると、希少がんは、臨床データや各病院での治療経験が少ないことから、診断が難しいこと、受け入れ病院が少ないこと、情報が少なく疾患のイメージが湧きにくいこと、ガイドラインがなく治療選択も限られていること、など多くの課題を抱えている。また製薬企業としても、費用対効果の観点から開発優先度が低くなりがちであり、治療開発がどうしても遅れる傾向にある。しかしながら、希少がんに分類されるがん患者さんの総数は、全体の15-22%を占めており、軽視できないと大熊氏は語る。

そこで立ち上げられたのが、MASTER KEY Project(希少がんの研究開発およびゲノム医療を推進する、産学共同プロジェクト)である。2023年3月時点で3252名の患者さんのレジストリデータが蓄積されており、比較試験が困難な希少がんにおいては、新薬の臨床的有用性評価にも利用できる貴重なデータとのこと。また、臨床試験を受けるにあたって通院がハードルにならないよう、オンライン臨床研究の仕組みも構築中のようだ。

最後に大熊氏は、希少がんは“貴重”がんであり、患者さん、医療者、規制当局、薬剤開発者がみんなでひとつになって、個々の疾患に対する治療開発の可能性を探っていくことが重要である、として講演を締めくくった。

日本の希少がん治療薬開発に足りないもの
大西啓之氏(日本希少がん患者会ネットワーク 副理事長)は、日本における希少がんの臨床研究が少ないことを課題として挙げた。「がん患者アンメットニーズ調査(調査主体:一般社団法人日本希少がん患者会ネットワーク・一般社団法人全国がん患者団体連合会・国立研究開発法人国立がん研究センター)」の結果によると、2018年の調査結果(502名の患者さんやそのご家族が回答)と2022年の調査結果(1149名の患者さんやそのご家族が回答)いずれにおいても、臨床研究に参加経験のある患者さんの割合は約10%にとどまっていることに言及。更に、臨床研究に辿り着くために必要ながん遺伝子パネル検査の認知度や実施割合が低いことにも懸念を示した。

海外では、第2/3相試験が数多く実施されているにもかかわらず、その大部分が日本では実施されていない。(例えば、ユーイング肉腫では、海外での開発品12種のうち日本で開発が進んでいるのはたった1つ、神経内分泌腫瘍に至っては、海外で開発中の33品目全てが日本には入ってきていない)。この状況ついて大西氏は、今後日本、そしてアジアの希少がん患者への薬剤開発・治療が後回しにならないよう体制を整えていってほしい、とコメントした。

臨床試験はどう探す?
数少ない日本の臨床研究の中から自分にあったものを探すためにはどうすべきか。西舘澄人氏(日本希少がん患者会ネットワーク 副理事長)によると、臨床試験にたどり着く準備段階として、遺伝子変異や治療歴など自身のがんの特徴を知っておくこと、自分の価値観(治療に臨むこと、許容できることなど)と向き合うこと、また患者会などを通して経験者の話を聞くことなどが大切であるとコメントした。

そしてさらに、自分のがんの過去の臨床試験や治療開発の現状にアンテナを張ることの重要性に触れ、具体例として下記のサイトが紹介された。

がん情報サービス:https://ganjoho.jp/public/dia_tre/clinical_trial/search2
jRCT:https://jrct.niph.go.jp/search?page=1
日本製薬工業協会:https://www.jpma.or.jp/about_medicine/shinyaku/tiken/search/

がん患者さんからの意見として、パソコンを持っていることが前提であり、これがハードルとなることが挙げられたが、希少がんセンターや日本希少がん患者会ネットワークに問い合わせることで、一緒に臨床研究を探していくことも可能であるとの回答であった。

希少がんの治療薬開発のハードルをどうのり越えていくか?
パネルディスカッションの中では、今後の希少がんに関する課題克服に向けた取り組みとして、➀がん遺伝子パネル検査の選択肢をより早い段階から患者さんに提示すること、➁(国立がん研究センターのような病院から)患者さんやその主治医に適切に届くような情報発信を心掛けること、➂DCT(分散型臨床試験(治験))の体制を整えていくこと、などが話題となった。

特に地方の患者さんの場合、臨床試験の情報を知ったとしても、都心部の病院に転院が必要になるなど参加のハードルが高いと言う。DCTが普及することによって、地元の通い慣れた主治医のそばで臨床試験を受けられるようになることが、臨床試験への抵抗をなくすことにつながる期待もあるようだ。

また、情報発信の方法に関して、患者さんやご家族が読んで理解できる言葉で伝えることの重要性も議論された。

もう一つの大きなテーマとして、日本におけるドラッグ・ロス、ドラッグ・ラグの問題が挙がった。

最近では、海外の小さいベンチャー企業などが、日本人を含めない海外だけの治験で開発を進めるケースも増えてきており、従来のように大手企業の国際共同試験に頼れる時代ではなくなっているそうだ。そのため、海外の開発薬剤がなかなか日本に入ってこないという状況が起きている。そんな中、MASTER KEYプロジェクト※2は非常に画期的な取り組みである一方で、すべての希少がんを網羅することには限界があることなど、依然として課題が多いという。

また、日本(PMDA:独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)での新しい医薬品に占めるオーファンドラッグ(希少疾病用医品)の割合が米国(FDAアメリカ食品医薬品局)に比べて少ないことも指摘された。日本においても海外同様に、オーファンドラッグの開発支援制度が存在するが、その運用の仕方を見直す必要がありそうだ。また企業側の意見としては、希少がんの開発を進める中で、ある程度早期から上市を見越しての活動ができると、開発のハードルが下がるとのこと。海外における優先審査バウチャー制度などが例として挙げられた。

最後にパネリストの一人である米盛勧氏(国立がん研究センター中央病院 腫瘍内科長)は、産官学患が一体となって、“希少”がんを“希望”のあるがんに変えていきたい、とディスカッションを締めくくった。

参考リンク
※1「希少がんコミュニティ オープンデー イベント特設ページ」:
https://rarecancersjapan.org/rccod2023/

※2「MASTER KEY プロジェクト」:
https://www.ncc.go.jp/jp/ncch/masterkeyproject/index.html

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