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診療ガイドライン作成の最近の動向
最初の演者である福岡敏雄氏(日本医療機能評価機構−EBM・診療ガイドライン担当/倉敷中央病院総合診療科)は、今回のテーマである患者市民参画に関して、➀患者さんと医療者が協働して意思決定を行う基盤を作ること、➁患者さんの視点を取り入れ、益と害を具体化しガイドラインの質を向上すること、➂社会に対して信用できる情報提供が可能になること、という3つの意義を挙げた。 ガイドラインには、患者さんが知りたいことや療養生活に役立つ情報が盛り込まれていることが重要だとのこと。そして、患者市民参画が進むことで、患者さんの疑問や価値観を重視した意思決定に役立つような診療ガイドラインができることへの期待を述べた。 また、最新の動向として、WHOのSMART Guidelinesでは、デジタル時代に合った診療ガイドラインを作ることを重視する流れとなっているようだ。まずは医療におけるデジタル化に根差した、構造化されたガイドラインにすることで、国際的な連携とデータの利活用を可能にすること、そして最終的にはビックデータと連携するレベルまで目指している。これにより、医療現場から実際の生活まで、シームレスに継続的なケアができるようになると福岡氏は語った。 また、Minimally Important difference((臨床における最小重要差)という概念が出てきており、効果の有無だけでなく、“どれくらい”の閾値を設定することで、アウトカム(結果、成果)の価値基準が標準化され、患者さんとの意思決定のプロセスも整ってくるという。 福岡氏は、これらのガイドラインの運用を実現させるためには、患者さんからの声が必要不可欠であるとして講演を締めくくった。患者委員の経験から考える今の役割とこれから
長谷川一男氏(特定非営利活動法人肺がん患者の会ワンステップ)は、患者委員の役割として、患者・家族の価値観や希望を伝えることについて強調した。 長谷川氏は、診療ガイドラインの推奨度決会議において、多くの医師の中に入って患者代表として手上げをする瞬間は、責任を感じて最も緊張する瞬間だと言う。また、長谷川氏はこれまで何度も患者としての意見を医療者側から求められてきた経験がある中で、実際には答えられないこともある、と本音を語った。 一方で、患者向けガイドブックのQ&Aは患者・家族の疑問がベースになっているため、作成時から関与することができ、患者の生活から心理的なことまで反映できるとのこと。実際に長谷川氏はガイドブックの中で、治療との向き合い方に関する項目を執筆した経験があり、そこには患者側の価値観・希望を正しく認識してもらえるためには想いを話すことが重要だということが書かれているという。 今後のガイドブックの課題として長谷川氏は、今はガイドブックの内容を「いいものにする段階」から患者さんに「届ける段階」にきているとし、広報に力を入れていくことを提案した。患者委員に任命されて思こと(患者委員に選ばれた患者さんの本音)
右田孝雄(特定非営利活動法人中皮腫サポートキャラバン隊)は、患者委員としての参加を求められた際の戸惑いの気持ちを語った。「我々は医師ではないので、すぐには理解が追い付かずに判断できないことも多い。とくに20年度以降のオンライン開催により、全体で意見を交わす場が不足しており、治療のコンセンサスが得られていないことが、ガイドラインの推奨度の分散に表れていると思う」と右田氏。 患者委員は形だけの存在ではなく、患者の気持ちを代弁する立場として納得して参加できるよう、例えば新たな患者委員に専門用語リストのようなものを作ってほしい、と想いを語った。他の学会と比較した肺癌学会の特徴
天野慎介氏(一般社団法人全国がん患者団体連合会)は、肺がんの患者会がなかった2012年から現在までに状況が激変したことに言及。治療法の進歩とともにQOL(生活の質)を保って長く生きられる患者が増えたことで、患者会が立ち上がり、学会に患者側の声を反映できるレベルにまで至ったと言う。現在の肺癌学会は他がん種と比較してアクティビティが高く、ガイドラインの改定の頻度、充実した患者さんのためのガイドブックの発行などからも熱意を感じる、と天野氏は述べた。 また、日本肺癌学会ガイドライン検討委員会薬物療法及び集学的治療小委員会に参加した経験から、医師の話し合いの場に入って患者の視点の意見を述べることの重要性を実感すると同時に、誰にでもできることではないことに懸念を示した。例えば、自身の受けている治療に主観的な評価が入らないためにガイドラインの立ち位置や役割を理解する必要があることなど、患者委員になるためのハードルがあることに言及した。 天野氏は、治療の地域差の軽減と治療成績の向上のために診療ガイドラインを普及させていくこと、また薬剤の供給状況などのリアルタイムに学会側から情報提供を発信していくこと、のふたつを学会側への希望として語り講演を締めくくった。真の患者市民参画に向けて
ディスカッションの中では、医療者が患者側に伝えたいことと、実際に患者が聞きたいことのズレについて話題となった。この問題を解決するための方法としては、患者委員を複数人(3~4人)集めること、そして患者さんの声に耳を傾けるガイドライン委員長のスタンスや、医師と患者という非対称な集団同士が同じ目線で進めていく姿勢が重要だとのことであった。 また、患者市民参画は、CQ(クリニカルクエッション)を検討・ディスカッションをする段階から実現されるべきであるとのこと。そのためには準備のための時間や事前の情報が必要である。あるいは、肺癌のガイドラインが毎年改定されるという特徴を生かし、その年の改定に反映されなかった患者さんの声を、次年度に組み込むような工夫もできそうである。 最後に小栗鉄也氏(肺がん医療向上委員会副委員長/名古屋市立大学地域医療教育研究センター)は閉会のあいさつとして、チーム医療は、患者さんや市民が中心という意味ではなくチームのメンバーである点を強調した。そして患者さんの“ために”、ではなく患者さんと“ともに”作るガイドラインを目指していくとし、今回のセミナーを締めくくった。
【プログラム】
<Opening Remarks>
司会:鈴木実(肺がん医療向上委員会 委員長)
<講演>
「GRADEに基づく診療ガイドライン作成と患者参画の意義」
演者:福岡敏雄(日本医療機能評価機構−EBM・診療ガイドライン担当/倉敷中央病院総合診療科)
<患者委員の立場から(これまでの経験と問題提起―作成委員会・学会への要望)>
「肺癌診療ガイドライン委員会より」長谷川 一男(特定非営利活動法人肺がん患者の会ワンステップ)
「悪性中皮腫診療ガイドライン委員会より」右田孝雄(特定非営利活動法人中皮腫サポートキャラバン隊)
「他学会と比較した肺癌学会の特徴」天野 慎介(一般社団法人全国がん患者団体連合会)
<ディスカッション>
ファシリテーター:中西洋一(肺がん医療向上委員会オブザーバー/北九州市立病院機構)
討論者:滝口裕一(ガイドライン検討委員会委員長)・福岡敏雄・長谷川一男・右田孝雄・天野慎介
<Closing Remarks>
小栗鉄也(肺がん医療向上委員会副委員長/名古屋市立大学地域医療教育研究センター)