こちらの記事は、『患者団体に聞く! 認定NPO法人希望の会 轟浩美さん -変化を乗り越え、常にチャレンジ-』のPart2となっております。
前編はこちらよりご覧いただけます。
希望の会のアドボカシー活動
川上:前回は、希望の会のピアサポート活動について中心に伺いました。
今回は、アドボカシー活動について伺いますが、希望の会では、どのようなアドボカシー活動に取り組んでいますか?
轟:スキルス胃がん、胃がんを治る病気にしたい、という思いが活動の根底にあります。そのためには、治験や臨床試験への理解促進や参画、海外や他の関連団体と協力体制を作ることが重要だと思っています。これは「希望の会」として私自身がやらねばならないと感じていることです。
日本胃癌学会との連携
川上:関連団体との協力体制というと、前回の取材の際に「2019年の私の大きな目標は、胃がん全体のことを、学会とタイアップして情報発信していくこと」と宣言されていましたが、その後、進捗はありましたか?
轟:はい。希望の会とオンコロで、全国10箇所を巡る『胃がんキャラバン 2019』を共催しましたが、ここに、日本胃癌学会に後援をいただくことができました。これがご縁となり、2020年には、患者さんやご家族にわかりやすく胃がんの最新情報を動画でお届けする、『動画で学ぶ胃がんのすべて』に日本胃癌学会が共催として加わってくれました。これらのプログラムを通して、各地の胃がん治療のキーとなる医師や、学会と信頼関係を構築できたことは大きな前進でした。
川上:日本胃癌学会とのプログラム共催が叶うなど、目標に向け、着実に進んでいかれたのですね。轟さんは当時、肺がん領域での学会の取り組みである、「肺がん医療向上委員会」(患者さんや一般市民に向けた情報発信)や、学術集会での患者向けプログラム、患者向けガイドラインの解説の頻繁な改訂などを胃がん領域においても学会主導で取り組んでもらえることを願っていましたよね。
轟:そうなんです。幸い、いろいろなタイミングが重なったこともあって、願っていた方向に一気に物事が進みました。2022年に日本胃癌学会にPatient Advocacy 委員会が設置され、2023年の2月に札幌で開催された第95回日本胃癌学会総会(会長:小野 裕之先生 / 静岡県立静岡がんセンター内視鏡科)では、胃癌学会総会初の、患者さん向けプログラム、「患者アドボカシーセッション・無料患者相談室」が開催される運びとなりました。翌3月には、19年ぶりに、念願だった「患者さんのための胃がん治療ガイドライン」が改訂されました。また最近では、日本胃癌学会の協力を得て、情報発信とともに、患者さんからのご質問も受けていけるようにしています。現在、日本胃癌学会のホームページも患者さんがアクセスしやすいよう改正が行われています。そこに繋いでいくことを目的に「患者さんのための胃がん情報サイト」も立ち上げました。
川上:すごい。本当にスピーディーに進みましたね。ところで轟さんは今年6月に横浜で開催された国際胃癌学会 IGCC 2023でも、海外の患者会と協働した患者向けプログラムに参画されていましたよね。これはどのような経緯で実現したのでしょうか。
海外の胃がん患者会との交流
轟:実は、コロナ禍が招いた種々の状況で孤独を感じていたことから、誰かと話したい、という思いでオンライン英会話を始めていたんです。そのことを当時の日本胃癌学会の理事長の小寺泰弘先生にお話したところ、小寺先生が定期的に参加している、米国の胃がん患者団体「Debbie’s Dream Foundation(以下、DDF)」とのオンライン国際会議に参加してみないか、と誘われました。DDFは患者団体ですが、寄付や事業により活動資金を集める「ファンドレイザー」や経営の専門家、弁護士なども在籍し、多額の寄付を集め、情報発信や研究支援など多岐にわたる活動を展開する大きな組織です。米国には同様に力を持つ患者団体として、すい臓がんの「パンキャンジャパン」なども有名です。
この会議には、韓国胃癌学会の理事長も参加しており、世界の胃がん患者・市民に向けたオンライン胃がん教育プログラムを2021年に韓国で開催するために会議を重ねていたところでした。彼らは、日本は米国に比べて胃がん罹患数も多く、研究も進んでいる、と、日本の状況に大いに関心を持ってくれました。
川上:小寺先生のご縁で米国の患者団体と繋がったのですね。海外の状況や取り組みを知ることで、何か変わりましたか?
轟:小寺先生は、2019年の全国胃がんキャラバン開催にもお力添えくださり、本当に感謝ばかりです。海外の団体と交流できたことで、自分の置かれている状況を違った視点から見ることができるようになりました。それぞれの組織が自立していて、お互いの文化や状況の違いを認め合い、必要なところは協力する、という協業の理想的な形を経験しました。いまの日本では、同様の協業が難しい現実があります。今後の希望の会としてのアドボカシー活動をこの枠組みの中で進めたいと思うようになりました。
川上:そのつながりが、今年6月の横浜での世界胃癌学会での患者向け教育プログラムを実現させたのですね。
轟:2021年の韓国での患者教育プログラムは5か国語に同時通訳され世界にライブ配信されました。翌2022年にも韓国で同プログラムが開催されましたが、2023年の6月に、国際胃癌学会(IGCC2023)が横浜で開催されるので、今度は日本で続編をやりたい、と会議で盛り上がりました。
IGCC2023の大会長の慶應義塾大学の北川雄光先生とは、夫の存命中からご縁をいただいておりましたので、ご相談したところ、大会のプログラムとして枠を取っていただけることになりました。ただ、ライブ配信を多言語で同時通訳して、多くの方に参加していただきたいという部分では、資金的に課題がありました。そこで、DDFと希望の会が複数の製薬企業に趣意を説明し、ご理解とご賛同をいただき、実現に至りました。
大会では、ずっとオンライン会議でしか会うことがなかったDDFのメンバーとリアルに交流できて、本当に充実した時間を過ごすことができました。
川上:コロナが契機となって得たご縁で、大きな一歩を踏み出しましたね。今後DDFとの協業では、どのような展開を計画していますか?
轟:次のDDFとのプログラムは、中国での開催に向け計画を進めているところです。中国には患者会もなく、胃がんの国際共同治験・臨床試験を行うにしても、アジアの患者ネットワークを構築するためにも、中国でプログラムを実施する意義は大いにあると思っています。
患者さんたちの声を伝えていく
川上:そのほかにもアドボカシー活動として取り組んでいることはありますか?
轟:スキルス胃がんだけでなく、胃がん全体に活動の対象を広げたことで、初期の胃がんの患者さんの、術後のダンピング症候群(*注)に関する悩みに触れることも多くなりました。命は助かったものの、術後に長く付き合うことになるダンピング症候群にについて、10年間悩み続けている患者さんに、日常生活にどのような支障を来たしているかを医師に伝える機会を設けたところ、医師らから大きな反応があり、手応えを感じました。なかなか声を上げられない患者さんたちの現状を伝えていくこともアドボカシー活動の一環だと思います。
また、ダンピング症候群を恐れて外食を避けてしまう方も多いようで、外食の店舗に、食事に困難を感じる方に配慮した、メニューを少量にして提供するサービスを定着させたい、と「はんぶんごはん」プロジェクトも始めています。患者さん向け胃がんガイドラインの改訂版にイラストを寄せてくださった方のご協力で、協力店舗に掲示してもらえるよう、素敵なシールもデザインいただきました。
なかなか声を上げられない患者さんたちの現状を伝えていくこともアドボカシー活動の一環だと思うので、引き続き取り組んでいきたいと思っています。
川上:前回の取材の時も現在も、変化に柔軟に対応しながらチャレンジしていく姿勢は変わりないですね。そのチャレンジにオンコロも貢献できているようで嬉しく思いました。どんどん新たな道を開拓される希望の会と轟さん。これからもオンコロがお役に立てることがあれば、ぜひご一緒させてください。ありがとうございました。
*ダンピング症候群
胃の切除・再建後に、以前は胃の中で混ぜられ少しずつ腸に入っていった食物が、直接腸に流れ込むことにより起こる、動悸、発汗、めまい、脱力感、震え、腹痛や下痢などの症状