濱崎:今回は、日本最大の女性のがんのSNSコミュニティであるピアリングの上田さんにお話をお伺いします。上田さん、よろしくお願いします。
乳がんの診断から現在までの治療について
濱崎:乳がんの診断から現在までのことについてお話を聞かせてください。
上田:乳がんがみつかったのは2015年の年末のことでした。
胸にシコリがあるなと感じたのは2015年の秋頃からだったものの、仕事や育児が忙しく、また身内親戚には乳がんになった人がいなかったこともあり、乳がんかもと疑うことはありませんでした。
しかし、体調が悪くなってきて、シコリも大きくなってきたのでその年の年末に地元のクリニックでのマンモグラフィー検査を受けました。でも高密度乳房で見えにくかったのか、医師の所見は「異常なし」でした。
ですが、本当に問題はないのだろうかと疑問に感じていたため、エコーもしてもらったところ、怪しい塊が映っており、生検の結果、結局、乳がんの診断を受けるに至りました。
2センチほどで見つかったがんは限局していましたが、翌年の2月、左乳房全摘手術を受けました。
手術後は主治医から、抗がん剤治療を勧められましたが、できれば避けたい気持ちがあり、当時まだ自費であったオンコタイプDxを受けました。そこで低リスク判定だったので、ホルモン療法をしながら、乳房再建を目指すことになりました。ホルモン療法は、術後8年目の現在も継続中です。
濱崎:オンコロタイプDxは当時まだ未承認で、世間に情報が出始めたころですよね。
どのように情報を知ったのですか。
上田:年末の告知から翌年2月の手術までの間に、自分でいろいろ調べました。
手術についても、主治医からは部分切除+放射線治療を勧められましたが、迷った末に、自身で「全摘+再建」の道を選びました。
そのときはまだ治療ガイドラインの存在も知らなったのですが、通院先であった聖路加国際病院の山内先生や昭和大学病院の中村先生など著名な専門医が書いた乳がん治療の本などを購入し、隅々まで読んで、主治医とのコミュニケーションにも活用しました。
オンコタイプDxについても自分で調べて医師に希望を伝えました。また、父方の叔母が婦人科系のがんで亡くなっていたことを知り、遺伝性(HBOC)を調べる検査も自ら希望して行いました。
濱崎:自ら行動し、学び、治療を考えていったのですね。すごい行動力です。
患者コミュニティの立ち上げについて
濱崎:患者コミュニティ会の立ち上げについて教えてください。
上田:がんの治療やそれに伴う生活上の悩みを話したいと思っていても、ママ友や職場の同僚、ご家族など、それまでの人間関係のなかでは話しにくいと感じている方が多いように思います。身近な人に心配をかけたくないし「がんになって可哀想」と思われるのも嫌、という複雑な思いがあるのです。
一方で、多くの患者さんは、自分の状況を理解・共感してくれる方と話しがしたい、と感じていらっしゃる。
私は当時、治療中に感じたことなどをブログに書いていました。このブログをきっかけに、偶然に主治医が同じ同世代の女性と繋がり、その方と会っていろいろ話したら、すっかり意気投合して、それまでの憂鬱が消え、とっても気持ちが楽に前向きになれたのです。
それが、ピアのもつ力を知った初めての経験でした。
濱崎:ブログがきっかけだったのですね。
上田:ネットを見てみると、様々なSNSで、「がんアカウント」は増えてきており、多くの患者さん皆がそこで繋がっている、ということに気づきました。一方で間違った情報が野放しになっていたり、マウントの取り合いや中傷が散見されたり…。ネットはとても便利だけど、もっと安心して安全に利用することができる場所があればよいのにと感じていました。
そこで、 同じ状況の人同士、距離を超えて繋がりやすいというネットの良さを生かした、安心して使用できるSNSコミュニティとして「ピアリング」を立ち上げました。
ピアリングの活動紹介
濱崎:ピアリングの活動について教えてください。
上田:ピアリングは、患者同士が安心・安全な環境で不安や悩みを共有でき共感しあえるコミュニティ型のSNSです。このコミュニティの運営が活動中心ですが、活動には大きな3つの柱があります。
一つ目は、ピアコミュニケーションのサポート活動です。このコミュニティを安心安全に利用してもらうためのルール作り、啓発、パトロールを行っていくことです。これが一番重要な項目だと思っています。不特定多数が集まるとそれだけいろいろな情報が飛び交うことになります。標準治療の重要性の周知、治療の内容や選択の相談は主治医にすること、仲間同士で特定の治療法をすすめたりをしないなど、ルールを設けて日々啓発を行っています。
二つ目は、「ピアリング笑顔塾」など会員さんの学びの場としてのセミナーや交流イベントの企画・開催です。コロナ以降はオンラインでの開催も多くなりましたが、これまでに30回以上、医師など専門家を招いてのセミナーを開催してきました。また、会員さんにより、各地域で自主企画のオフ会が開催され、仲間同士の交流の輪が拡がっています。
三つ目は、がんサバイバーの生活実態と課題に関する調査研究と社会への発信です。利用者に向けWEBアンケートを行うことで、がん患者が抱える悩みや意見を多く集めることができます。それらの声をもとにインタビュー調査や分析を行なったり、がんの学会のPALプログラムで発表をしたり、プレスリリースを出すなどの啓発活動を行っています。
濱崎:一つ目のコミュニティの運用に関しては大切なことですね。
ただ、難しい部分でもあると思いますが、具体的にどのようにしていますか。
上田:基本のルールが3つあります。1.誹謗中傷はしないこと。2.医療的な判断を仲間に求めたり、押し付けたりしないこと。3.営業的な行為は行わないことです。このルールをしっかり守ってもらうように繰り返し啓発を行っています。加えて、運営側でも発言のチェックやトラブルがないかどうかの確認は行っていますが、なかなか大変な作業になります。
そこで助けられているのが、アプリに導入している「通報システム」です。事務局の目が届かない時に、ルールを逸脱する発言があった際には、それを発見した会員さんから通報する仕組みになっています。
ピアリングでは、自治体のピアサポート研修をご自身で受講するなど、リテラシーを高めている方が多く、ピアリング内でのコミュニケーションの質を気にかけて、自主的にパトロール活動をしてくれる方もいらっしゃるので、とても助けられています。
患者コミュニティのリーダー育成を目指して
濱崎:ほかに何か工夫をしている点があれば教えてください。
上田:おかげさまでピアリングの存在は少しずつ患者さんに知られるようになり、コミュニティも大きくなってきました。
そのような中で、自分のがん治療がある程度落ち着き、「今後は仲間のためにピアサポート活動をやっていきたい」という想いを持つ会員さん方も増えてきました。
そういう方々がご自身の地域で、または似た状況にある仲間とのおしゃべり会・学びのグループなどを作り、リーダーとなって活動する例が増えてきました。私たち事務局もオフ会の広報等の支援なども行なっており、過去5年を振り返ると、ピアリング内で、数百件以上もの小さなオフ会が開催されています。
このように、地域やテーマごとなど、それぞれが参加しやすいコミュニティが生まれ、繋がりが拡がっていくことは、とても素晴らしいことだと思います。
ただ、そのような会員さんの自主的なオフ会活動の中でも、リーダーさんには、一定水準のリテラシーが求められていることが、ピアリング内でのアンケートから見えてきました。
ピアサポート活動の基本はもちろん、がんや個人情報の取扱などに関する知識が十分でない方が活動を行ってしまうと、トラブルや参加者の不満につながってしまうのです。
そのため、ピアサポート活動に必要な知識を学ぶための研修の案内や、安心安全な活動を行っていただくためのルール作りなどに取り組んでいます。直近では助成金をいただけたので、ピアリングオリジナルの研修プログラムの提供を行うための準備も進めています。
濱崎:ピアリングの活動が全国に広がっているのですね。とても素晴らしい取り組みですね。
患者コミュニティ会運営の理想形?株式会社設立によるアプリの運営
濱崎:上田さんは、会の立ち上げとともに株式会社リサ・サーナをの立ち上げられていますね。
上田:はい、株式会社リサ・サーナでは、ピアリングのオンラインプラットフォーム(アプリ、WEBサイト)の保守管理運営と、ヘルスケア分野を中心とした企業や大学等研究機関からの調査受託事業を行っています。
ピアリングの患者さんをサポートする非営利活動とは切り分けて、株式会社では「プラットフォームの管理運営」と「リサーチ事業」を並行で行い、事業収益を上げることで、コストの大きいアプリの改修やバージョンアップ等、高額な維持管理費を賄える仕組みをつくっています。
濱崎:これまでに様々な患者会の代表にお話を聞いていると、運営資金や運営スタッフの問題で悩まれているケースが多くありました。
上田:ピアリングでも運営資金をどうするかは大きな問題です。アプリの保守管理には、外部の専門職・技術者も携わっています。また現在、6人の有給スタッフがいますが、増え続ける問合せへの対応などに追われる中、運営費の負担は右肩上がりで、常に大きな課題となっています。
一般社団法人ピアリングへのご寄付と、株式会社リサ・サーナで行なう、企業や研究機関からの調査受事業等を車の両輪とすることで、ピアリングというコミュニティとプラットフォームの継続をなんとか可能にしている状況です。
濱崎:多くのがん患者さんが利用しているピアリングさんだからこそできることかもしれませんが、今後の患者会運営のモデルケースになるのではと感じます。
上田:運営資金の面では、確かにここまでなんとかやってきました。ですが、苦労している点も多くあり、これ以上続けられないかもしれない、と思ってしまうこともたまにあります。
濱崎:とても順調なように思えてしまうのですが、外からは見えにくい苦労があるのですね。
安心安全な場所を提供し続けることには多くの苦労がある
濱崎:コミュニティの運営をするうえでどのような苦労がありますか。
上田:苦労は本当に色々ありますが、特に大変なのは様々な状況にある患者さんが、安心安全に快適に、「ピアリング」という場を利用してもらうためのサポートです。
もともと少ない自己資金で作ったピアリングのアプリやサイトは、充分な機能があるわけではありません。しかし、ちょっとしたことでもアプリの機能不足や動作不具合に対して、ユーザーから厳しくクレームを受けることがあります。すぐに改善したいという気持ちはありますが、想像以上の高額な費用がかかることも多く、対応が難しいことも多いのです。
また、SNSを初めて使う人も多くいらっしゃり、使い方に関する質問から、仲間とのコミュニケーションの行き違いに関する相談まで、日々数多くユーザーからの問合せがあるのですが、その対応にも膨大な時間がとコストかかっています。
「子ども」のことや「性」のことをどこまでSNSに書くかなど、患者さん同士の意見のぶつかり合いやもめ事もしばしば起こります。考え方や価値観の違いによる議論であるため、双方に気を使いながら慎重に対応を行っています。
このような対応は、時に顧問医師の助言も得たり運営スタッフで議論したりしながら、ひとつひとつ対応をしている状況です。
濱崎:利用者も多い分、対応をするべき問題も多く発生してしまうのですね。
上田:それでも、ピアリングが求められていて、多くの人から「ピアリングと出会えて良かった。ピアリングがあったから辛い時期を乗り越えられた」と感謝のメッセージを受け取ると、辞めるわけにはいかないという気持ちになりますし、運営メンバーの情熱や助けに支えられて、私もできるところまで、やっていこう、と考えています。
濱崎:このような想いは、他の患者団体の方の苦労と通じるものがありますね。
支えてくれる仲間の大切さ。ピアリングで良い繋がりを見つけてほしい。
濱崎:記事をご覧になっている患者さんへメッセージをお願いします。
上田:がんを告知されて、自分ひとりが辛い試練を与えられた、と思ってしまう方が多くいらっしゃるのではないかと思います。
でも、ひとりではないし、支えてくれる医療者や仲間がいます。がんは辛いことだけど、受け入れて前に進むことはできます。一歩踏み出して、良い繋がりを作ってください。一緒に治療に向かっていきましょう。
ピアリングもきっとそのお役に立てると思います。
濱崎:インタビューのご協力ありがとうございました。
ご案内
昨年、ピアリングの姉妹サイトであるピアリングブルーが新たに開設されました。
女性の消化器がんの方にご利用いただけるSNSコミュニティです。温かいコミュニティなのでぜひコンタクトしてみてください。
※ピアリングブルーの代表 佐々木さんのインタビューは近日公開予定です!!
■左:SNSコミュニティ 『PeerRing ピアリング』:
https://peer-ring.com/
■右:SNSコミュニティ『PeerRing”Bleu” ピアリング・ブルー』:
https://bleu.peer-ring.com/