アストラゼネカ株式会社は10月31日、AZペイシェントフォーラムを開催。「ペイシェントジャーニーの中で、患者さんが必要な情報を手に入れるために患者団体と製薬企業ができること~臨床試験の情報格差について考える~」と題したパネルディスカッションが行われた。
冒頭、本ディスカッションの司会を務めた市川衛氏(一般社団法人 メディカルジャーナリズム勉強会 代表理事)は、「今回のテーマは『臨床試験の情報格差』ということで、会社(アストラゼネカ社)に属する皆様と患者団体の皆さんが、平場で話し合うことによって、患者市民参画(PPI)を意識した取り組みがどうやったらできていくだろうかということをお互いに気づき合うことを目的、ゴールにしております」と、その趣旨を説明した。
医療者からの情報提供に限界、提供タイミングにも課題が
現状臨床試験・治験の情報について、「臨床試験にみんながアクセスしやすい社会を創る会」の設立メンバーである櫻井なおみ氏(一般社団法人 全国がん患者団体連合会 理事/一般社団法人 CSRプロジェクト 代表理事)は、「患者だけでなく、実は医療者も探せていないです」と語り、「隣の医師がどんな医師主導試験をやっているのかも全然わかっていない」と述べ、患者だけでなく医療従事者側においても、臨床試験・治験情報の共有が十分になされていない現状を指摘した。
また、長谷川一男氏(特定非営利活動法人 肺がん患者の会ワンステップ 理事長/日本肺がん患者連絡会 理事長)は、2021年に実施した臨床試験・治験に関するアンケート調査の結果を紹介。777人の患者または患者家族が参加した同調査では、「知りたい情報は見つかりましたか」という質問に63.1%が「知りたい情報を見つけられなかった」と回答。また、医療従事者から治験に関する情報を提供されましたか」との設問には、64%が「治験の情報は提供されていなかった」と回答したという。
さらに、「どのタイミングで治験に関する情報が欲しいですか」という設問では、33%が「治療を始める段階で欲しい」、43%が「臨床試験の条件を満たしている段階のときに知らせて欲しい」、13. 6%が「標準治療が終わった段階で知らせて欲しい」と回答したという。
この設問について、市川氏は、「医師に決めて欲しい」という回答が5. 9%にとどまった点に着目。「患者さん自らが情報を取っていくよりも、医療者が知らしめるべし、という考え方もまだまだ根強いのかもしれませんが、調査をすると、20人中1人ほどしかそのようなことは求めていない。自分に合うときに、自分に合った情報を欲しているということが見えてきます」と語った。
続いて、「治療を始める段階」「臨床試験の条件を満たした段階」「標準治療が終わった段階」という3つのタイミングにおいて、なぜ患者は臨床試験の情報にたどり着くことができないのか、その対策方法に関する議論が行われた。
天野慎介氏(一般社団法人 全国がん患者団体連合会 理事長/一般社団法人 グループ・ネクサス・ジャパン 理事長)は、治療開始時の患者・家族の心理的状態について、「多くの患者さんはショックを受けたり、頭が真っ白になったり、という方が多い。その中で意思決定をしなければならない」と語り、落ち着いて物事を決めることが困難な状態にあることを示した。
また、「私が相談受けたときには、『トランプのカードのようなものだと思ってください』と話します。この段階の治療は、手元のカードをどのタイミングで切っていくのということがとても重要。『手元にどんなカードがあるのかを調べてください』と必ず言っています」と、状況との向き合い方の一例を示した。
さらに、「今、持てるカードが、すべて患者さんに伝わっているのかどうかということが重要」とし、「希少がんや難治がんは、初回治療から臨床試験が視野に入ってきます。知識がほとんどない患者さんが、いきなり調べるのは難しいし、どこで調べたらいいのかもわからない。理想は主治医から教えてもらうことですが、主治医もしばしば情報を持っていなかったりもする。治療がある程度進んでしまってから、『実はこんな臨床試験あったんです』『もう除外基準になってしまっていて入れません』という話が、残念ながら希少がんではある」と指摘し、「医療者を通じた情報提供だけでは、限界があると思う」と、現状とは異なる形での情報提供の必要性を示唆した。
轟浩美氏(一般社団法人 全国がん患者団体連合会 理事/特定非営利活動法人 希望の会 代表理事)は、自身の夫がスキルス胃がんと告知された際、「まず、『標準治療はありません』と言われました。その時点で治験や臨床試験というものがあって、自分たちが探せるかもしれないなんてことは知らなかったです」と振り返った。また、「(自身が理事長を務める)希望の会で一番多いのは、研究と間違えて民間療法に行ってしまうことです。治験や臨床試験を経て、標準治療が作られていることがもっと一般的に知られなければ、情報サイトがあったとしても理解に結びつかないと思います」と問題を提起した。
開かれた場での情報発信、患者一人ひとりとの対話の場に期待
こうした課題を受け、長谷川氏は治験マッチングのスキーム構築が必要なのではないかと提唱。櫻井氏はこの意見に同意するとともに、過去に海外の治験サイトに登録しようとした際のエピソードを紹介。「自分が受けた治療の薬剤名だけでなく、ドーズ(容量)も必要でした。カルテ情報の開示を依頼していたのでわかりましたが、(これらの情報は)電子カルテ上にあるので、マイナンバーカードの有効活用が必要ではないでしょうか」とさらなる提言を述べた。
眞島喜幸氏(一般社団法人 日本希少がん患者会ネットワーク理事長/一般社団法人 全国がん患者団体連合会 理事/特定非営利活動法人 パンキャンジャパン理事長/日本胆道がん患者会代表世話人)は、「難治性がんの患者さんには本当に時間がないので、標準治療の前でも参加できる試験があれば参加しようと、我々はASCOでそのように習ってきました。しかし、アメリカのように多くの治験があればよいのですが、日本は臨床試験の数が圧倒的に少ない。例えば、膵臓がんの第2相、第3相試験は、アメリカでは44品目ほどですが、日本は3品目しかない。同じような事(マッチング)をやろうと思ったのですが、最初からつまずいてしまった」と過去の取り組みを振り返った。
眞島氏らは、国立センター中央病院のMASTER KEY プロジェクトにおいて、同プロジェクトに参加している企業治験や医師主導治験の情報を希少がんの患者に知ってもらうためのイベントを今年から開催したという。一方で、体制を変えるには遠く、あくまで「最初の一歩的なもの」とした。
また、2015年にPPI先進国であるイギリスを訪問した際のエピソードとして、「がん学会で、患者会と研究者、医療関係者、治験やっている医師、企業の方々が、免疫療法に関して、実際に治療を受けた患者さんから根掘り葉掘り色々なことを聞いていました。それを見ていて、『やはり対話が非常に重要なんだな。一緒に作っているんだな』という感覚が日本でも重要になる」と感じたという。
さらに、「日本は発展途上なので、アストラゼネカさんや皆さんで対話の場をもっと設けていただいて、この日本の業界をリードしていただけたらありがたいなと願っております」と語り、今後に期待を寄せた。
轟氏は「もったいないと思うのは、閉ざされた空間でいいお話がされていても、多くの人には届かないということです」と語り、本会のような取り組みやそこで共有される情報が一般に認知されにくい場で行われている現状を指摘。「以前、長谷川さんと街角でがんのイベントをしたときには、通りがかりの人も集まってきましたし、他人事だとは思っていない。けれども、扉を開けてまで入って聞こうっていう気持ちになってないだけです」と語り、「多くの人がこういうことを知れる場を作っていただきたいと思っております」と、より開かれた環境での取り組みを望んだ。
また、天野氏も「今日の1回で終わらせずにぜひ続けていただきたい」と希望を述べるとともに、「私の会には、余命3ヶ月と言われ、第1相試験に参加し、そのお薬のおかげでCR(完全奏効)になって5年以上寛解を維持している人もいます。そういった方が実際に開発の方々と対話をするという場を設けている企業もあるので、今回のように患者会のリーダーもいいのですが、救っていただいた患者さん一人ひとりと企業の方々との対話の場も、ぜひ検討していただければ」と語り、本会のさらなる発展に期待を寄せた。