がんになっても、
夢を見るのをあきらめない
そんな奴らの集まる熱いイベント

その名も ドヤフェス!

この連載では発起人である肝臓がんサバイバー松崎匡さんがドヤフェス開催に向けて奮闘する姿をブログ形式でお伝えしていきます。笑いあり、涙あり、そしてお金はない!の実録物語を是非ご堪能ください!

オンコロ掲載 松崎さんの体験談はコチラ

第1回はコチラ
第2回はコチラ
第3回はコチラ
第4回はコチラ
第5回はコチラ

みなさんでドヤフェスを応援しよう!応援したい方はコチラ
※朝日新聞社のクラウドファンディングサイトに飛びます。

第6回 ドヤフェス快進撃!?・・・

前回6月18日に「ドヤフェスを開催する」と公の場で公表した話を書かせていただいたが、その直前から実は僕は動き出していた。

いつも先送りにしてばかりの人生・・・
しかしもう「先送り」になんてしていたら何も出来ないまま昇天してしまうかもしれない?
そう思った僕は「とにかく思うがままに動いてみよう」と行動を開始したのであった。

しかし、残念なことにいつも「先送り」で生きてきたので「何を、どう?」動いたら良いかわからない(涙)
そこでトンデモナイ暴走を始めるのであった・・・

「そうだ!故忌野清志郎さんに関係する人にアポなし突撃しよう!」

なんともタイミングが良いというか、ちょうど清志郎さんの娘さんの「百世さん」とRCサクセションのジャケットイラストを描いた「アサミカヨコさん」のお2人の作品展が開催されるという情報を得た僕は「こいつはまさに天啓」と勝手に思い込み、あわててドヤフェスの企画書と6月18日に発表するスライドを印刷して吉祥寺のギャラリーにアポなし突撃をしたのであった。

無謀なことに初日のお忙しい時に突撃して、しどろもどろになりながらお話しさせていただいた。
そして持参した色紙を出して「頑張れドヤフェス」と入れたサインをください!とのたまい、お2人を戸惑わせたのだった・・・

ドヤ1013

とにもかくにもこうしてドヤフェスは動き始めました。

ダメでもともと、やらずに後悔したりあきらめたりすればここで終わり・・・
アポなし訪問される方には迷惑な話でしょうが、僕にとってはワクワクする挑戦。
一度経験してしまえばだんだんと緊張に慣れるもの。こう思えたことが何よりの成果だと思う。
そして、この日から急激にドヤフェスが動き出すのであった・・・

何の実績もない状態で突撃してもただ怪しまれるだけ、なんて経験を重ねながらとにかく「がん患者」へのイメージを変えていくには動き回ることしかない!

そして、うまくいかなくてもこうやって動き回ること、いろんなアイデアを出していくことってのは僕にとっては非常に心地良いものなんだと感じるようになり・・・

ついに!
「ギターパンダ(山川のりを)さん出演決定!」

山川のりをさんを初めて生で見たのは20数年前の「忌野清志郎&2,3S」でギターを弾いていた時だったと思う(?)その山川のりをさんがギターパンダとして活動しているのを知ったのは、長期入院を余儀なくされた頃、やることがないのでひたすらYouTubeでいろいろ見まくっていた時だった。

いつまで経っても退院の目途が立たずに欝々としていた時に「ギターパンダ」のライブ映像は、僕の心を癒してくれて「退院したら~しよう」と前向きにさせてくれた。そのことに僕は非常に感謝している。

その「ギターパンダ」さんがなんと!!
八王子の僕の地元に来るというニュースが目に止まった。

あわててチケットを予約して、出演をお願いする資料を作ってライブにいった。
たまたま隣になった方がのりをさんのファンの方で、後からもまた常連さんが来られたのでドヤフェスにのりをさんにぜひ出演してもらいたいと話していたら・・・

お一人は自分のお店でのりをさんを呼んでライブをやったことがあるということで!しかも僕がいったことがある町田のラーメン屋さん「いぶし銀」の奥様だったとわかり、俄然勇気が出てきた僕は終演後に「いぶし銀」の奥様たちがつないでくれて、山川のりをさんとお会いすることが出来たのであった。

持ってきたドヤフェスの資料を説明させてもらうと・・・
「うん、いつやろうか?」と説明も終わらぬうちからのりをさんはスケジュールを確認してくれて、とりあえず10月2日くらいに神田のSYOJIMARUで問い合わせてみようと話をどんどん進めてくれたのであった。

10月2日だと早過ぎるかな?などと思っていた僕は(ええーい、勢いも大切だ!ここまで言ってくれているのだから、その勢いに乗るしかねえ)と思い、その場で決定。

こうしてドヤフェスはいよいよ本当に動き出すのであった。

つづく・・・

ドヤ1013 パンダ

ドヤ10133

 

 
 
 
 
 
 
 
 

ギターパンダ(山川のりを)さん

 


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