がんになっても、
夢を見るのをあきらめない
そんな奴らの集まる熱いイベント

その名も ドヤフェス!

この連載では発起人である肝臓がんサバイバー松崎匡さんがドヤフェス開催に向けて奮闘する姿をブログ形式でお伝えしていきます。笑いあり、涙あり、そしてお金はない!の実録物語を是非ご堪能ください!

オンコロ掲載 松崎さんの体験談はコチラから
https://oncolo.jp/report/human18

 

 ドヤフェス珍道中 第1回 「何かが足りない」

2016年4月…

「やっぱりね…」 予期してはいたが、実際の数値を目の前にすると何とも言えない感覚になる。
2009年からの僕と「がん」とのお付き合いもいよいよ最終章なのかな?
しかし、自分の体調がここ数年では一番良い状態でいることで事の大きさが実感できない…

僕は肝臓がん7年生、2回の手術と抗がん剤、合併症の繰り返しで、ここ2年ほどは病院にいる期間の方が外にいるより長い生活をしてきた。2度目の手術の時には肝臓が腐っているような状況で、今すぐ死んでもおかしくない状況で余命宣告もされたが(3年前)その度に幸運に恵まれ何とか生き延びてきた。

ドヤ01

 

 

 

 

※2度目の手術で摘出した肝臓

再発は今年で9回目、胆汁が上手く排出出来ないための入院を繰り返してきたため、腹には「小松崎君」という管が入っている。

ドヤ02

 

 

 

 

 

 

 

※命綱の「小松崎君」

何度かの「死にかけ」体験を経てきた僕だが、その度に治療のリスクが高まり残された治療法はあと2つ…

しかもそのうちの一つは写真の手術をする前に服用していた分子標的薬の再開…要するに効果があまり見込めないため、現在の抗がん剤が実質最後の治療法だったのだが…

…どうやら効果が出なくなってきたようだ…

7年もお付き合いしているとそんなに心は揺れたりしないが、いよいよ治療法の選択肢がないとなると感慨深いもので、「まあ、よくいろいろやってきたよな」と我が身をねぎらう気持ちが湧いてくる。

しかし…何かが足りない…

 

身体の中ではいろいろと進行しているようだが、逆に合併症は治まってきたおかげですこぶる僕の体調は良い。
激やせだった体重も今年に入って10キロも増加して、今や立派な中年体形に近づきつつある。

入院のスパンも長くなってきたおかげで、昨年は全くと言ってよいほど働けなかったのに、今年に入り福祉関係の施設での研修講師や資格講座での講師を少しずつであるが再開できるようになり、社会からの疎外感や働けないまま入院する絶望感は薄れてきた。

でも「何かが足りない」と思うのはなぜだろう?
2年前には「もう無理だ」と悟り、自分で作った会社を明け渡さなくてはならなくなったが「仕方ない」と受け入れてきたのに、いざ身体が動くようになってみると欲にまみれた僕は満足していない。
「贅沢な話」だとは思うが、いくら働けるようになっても(といっても月の半分くらいだが)そこで得たお金はほぼ全額が次の月の「医療費」に消えていってしまう。

回復してきた幸せに浸る間もなく「医療費はかさむよ、どこまでも」な状況に追い込まれるのが、がんが進行しながらも長生きするやつの現実だ。長く治療を続けていくうちに体力は確実に衰え、出来ることは限られていくのだが、長く生きればいきるほどそれをありがたいと思うと同時に、現実としては医療費のために働くことになり、それが出来なくなったら「はい、それまでよ」となってしまう…なんてめでたくもなんとも無いものなんだと感じる。

傷病手当?はい、そんなのとっくに1年半の期間は終了しました。障害年金?体調が安定していれば少しは役に立ちますが、毎月限度額いっぱいまで医療費がかかる状況では「焼け石に水」です。

今度長期の入院になったら?そこでまた生き返ったとしても、その時の状況が今より悪くなっていたら?そんなことばかりを考えてしまうのは「何かが足りない」のだと思う。しかし、そんなことを嘆いているのこそが「何かが違う」と僕は思うようになった。

何だか「夢」がないなあ・・・

だったら自分で夢を実現するように生きよう!

そんなことを思い始めたのが「ドヤフェス」という夢との出会いの第1歩なのでした。

第2回につづく


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