がんゲノム医療の枠組みの中で行われたリモート治験
がん治療は、薬剤の開発・進歩に伴い、遺伝子変異に基づく治療選択が行われるゲノム医療が盛んになった。そして、標準治療が終了または終了する見込み患者さん、標準治療が無い患者さんはがん遺伝子パネル検査(以下、パネル検査)を行い、治療対象となる遺伝子変異が発見されると治験や先進医療を選択する機会を得られることがある。 「がんゲノム医療に関しては、元々対象患者さんが少ない上に治験実施施設が5~10施設程度と限られています。そのため、治験参加を断念せざるを得ない『がんゲノム医療難民』と呼ばれる患者さんが存在します」 (引用:がん領域では日本初の完全リモート治験開始へ、D to P with D形式で広がるオンライン治験の可能性) 以前、オンコロの取材でがんゲノム医療の課題をこのように語った谷口先生。 今回の治験の対象は、非小細胞肺がんを除くALK融合遺伝子陽性、進行・再発の固形腫瘍患者さんであった。治験の概要
ALK融合遺伝子陽性の進行・再発固形腫瘍を対象としたブリグチニブの多施設共同第II相バスケット試験
目的:非小細胞肺がんを除くALK融合遺伝子陽性、進行・再発の固形腫瘍患者を対象としてブリグチニブ療法の有効性・安全性を検討する
対象者:非小細胞肺がんを除くALK融合遺伝子陽性、進行・再発の固形腫瘍患者
薬剤:アルンブリグ錠30mg(一般名:ブリグチニブ)
患者さんは、がんゲノム医療中核拠点病院や連携病院でパネル検査を受け、ゲノム解析の結果ががんゲノム情報管理センター(C-CAT)から返送される。そのC-CATレポートに同治験が候補としてあること、同治験がリモート治験として実施されている旨を記載することで、周知を行ったという。
「今回の治験は、がんゲノム医療の枠組みを活かしたという点も成功の1つだったと思います」
そう話す谷口先生へ、エキスパートパネルを開いている医師や、患者さんのかかりつけ医から連絡があり、埼玉県立がんセンター(埼玉県)、聖マリアンナ医科大学病院(神奈川県)、富山大学附属病院(富山県)、京都府立医科大学付属病院(京都府)から計4名の患者さんが完全リモート治験に参加したという。
治験に参加した患者さんは、自宅で治験薬を受け取って内服を開始し、1サイクル目の1日目と15日目、2サイクル目以降は1日目のみ28日ごとにかかりつけ医を来院し、診察や検査を受けた。
かかりつけ医のサポートで迅速かつスムーズな治験の開始へ
初診は、かかりつけ医に受診中の患者さんと愛知県がんセンターを患者さんのスマートフォンなどのデバイスでつなぎ、患者さん、かかりつけ医、愛知県がんセンター治験担当医師の三者で自己紹介や治験の説明を行う。 患者さんが治験への参加に同意した場合は、署名済みの同意書を愛知県がんセンターに郵送してもらう。それを治験担当医師が確認し、署名をすると治験が開始。治験で必要な検査はかかりつけ病院で行い、かかりつけ医が同席してオンライン診療を実施。愛知県がんセンターの治験担当医師が治験薬を処方し、配送業者に依頼して治験薬を患者さんの自宅に配送。初回は患者さんの手元に薬剤が到着したタイミングでCRCが治験薬の開封方法や注意事項について説明を行う。その後は治験スケジュールに従って、かかりつけ医を受診し、必要な検査を受けるという流れである。
パートナー医療機関のハードルは低く
患者さんと治験実施施設とのかけ橋となる患者さんのかかりつけ医(パートナー医療機関)は、リモート治験を実現するうえで欠かせない存在である。治験がスタートすると、パートナー医療機関では、通常の診療に加え、定期フォローと治験で定められた検査を行う。また、有害事象が発現したときは、愛知県がんセンターに連絡をするように患者さんにも伝えているが、実際に患者さんが来院し、必要な検査を行うのはパートナー医療機関となる。 実診療とは異なり、治験に協力する医療機関となるため、治験に精通しているなど必要項目が多いのではないかと不安に思う施設関係者も多いかもしれない。 「我々の“売り”はパートナー医療機関を決めないところだと思っています。パートナー医療機関が日本全国どこに出てくるかわからない。今回は特に、がんゲノム医療という枠組みの中でパネル検査によって患者さんが出てくるという仕組みなので、そのどの施設でもパートナー医療機関になれるよう、あらかじめパートナー医療機関というものを設定していないんです」そう話す谷口先生。 一方で、血液検査やCT検査ができること、治験に対する理解や経験があることは最低限必要な項目であるとのこと。今回はパネル検査が実施できる医療機関からの紹介となるため、どの施設においても何かしらの治験経験を有するため安心感をもって取り組めたそうだ。 今回のリモート治験の概要を聞き、長谷川さんは「このリモート治験の枠組みが広まり、現在課題となっているパネル検査の地域差の是正や治験の活発化につながっていくのかなという期待を持ちました。遠方だからと治験を諦めてしまう人、諦めることになるからと情報を得ようとしない人、いろんな障壁のパターンがこの取り組みで救われていくのがいいなと思いました。人の力で地域格差を埋めるようなすごい取り組みを行っているのだなと感じました」と感想を述べた。
対面と変わらない患者さんへの想い
リモート治験を主導した谷口先生に、治験開始から1年半経過して率直な感想を伺った。 「非常にいい取り組みだったと自負しています。当初は、患者さんとは離れているので、距離感を感じるかなと思ったのですけど、患者さんの変化を見て、そういう経験やそれに対する自分の気持ちが普通の診療と何も変わらないのだなって思いました」