がん領域国内初のリモート治験はいかに実施されたのか、1年半を振り返る-DCT特集2023 Vol.1-


  • [公開日]2023.08.16
  • [最終更新日]2023.08.21

臨床試験治験(以下、治験)は、新たな治療法の開発のために欠かせないプロセスである。それはがん領域においても例外ではない。現在国内において、がん領域では約800の臨床試験が行われているが(2023年7月現在)、実施施設が遠いなどの理由で参加可能な臨床試験に入れない方もいる。

近年、分散型臨床試験(Decentralized Clinical Trial:DCT)という考えが普及し始め、オンライン診療や訪問看護、ウェアラブルデバイスなどを取り入れた「医療機関に来院しない、もしくは来院回数を減らした臨床試験」が提唱されている。

2022年2月14日、愛知県がんセンターでは、遠方であっても治験が受けられる仕組みづくりが重要として、がん領域においては国内初となる完全リモート治験を開始すると発表した。今回、同治験を主導する愛知県がんセンター薬物療法部の谷口浩也先生と治験コーディネーター(CRC)の中山久美さんにお話を伺った。

同席するのは、肺がん患者の会ワンステップの代表である長谷川一男さん。長谷川さんは2010年に肺がんのステージ4と診断され、右肺の全摘、腹部への転移などを経験し、これまで多くの治療を行ってきた。

本企画は「DCT特集2023」と題し、計3回でお届けする。

Vol.1のテーマは「がん領域国内初のリモート治験はいかに実施されたのか」。谷口先生と中山CRCに、リモート治験の実施体制と開始から1年半を振り返っての率直な感想などを伺った。

<DCT特集2023>
Vol.2「リモート治験における治験コーディネーター(CRC)の役割」
Vol.3「患者さんの“Dreams Come True”につながるリモート治験の展望」

がんゲノム医療の枠組みの中で行われたリモート治験

がん治療は、薬剤の開発・進歩に伴い、遺伝子変異に基づく治療選択が行われるゲノム医療が盛んになった。そして、標準治療が終了または終了する見込み患者さん、標準治療が無い患者さんはがん遺伝子パネル検査(以下、パネル検査)を行い、治療対象となる遺伝子変異が発見されると治験や先進医療を選択する機会を得られることがある。

「がんゲノム医療に関しては、元々対象患者さんが少ない上に治験実施施設が5~10施設程度と限られています。そのため、治験参加を断念せざるを得ない『がんゲノム医療難民』と呼ばれる患者さんが存在します」
(引用:がん領域では日本初の完全リモート治験開始へ、D to P with D形式で広がるオンライン治験の可能性

以前、オンコロの取材でがんゲノム医療の課題をこのように語った谷口先生。

今回の治験の対象は、非小細胞肺がんを除くALK融合遺伝子陽性、進行・再発の固形腫瘍患者さんであった。

治験の概要
ALK融合遺伝子陽性の進行・再発固形腫瘍を対象としたブリグチニブの多施設共同第II相バスケット試験

目的:非小細胞肺がんを除くALK融合遺伝子陽性、進行・再発の固形腫瘍患者を対象としてブリグチニブ療法の有効性安全性を検討する
対象者:非小細胞肺がんを除くALK融合遺伝子陽性、進行・再発の固形腫瘍患者
薬剤:アルンブリグ錠30mg(一般名:ブリグチニブ)

患者さんは、がんゲノム医療中核拠点病院や連携病院でパネル検査を受け、ゲノム解析の結果ががんゲノム情報管理センター(C-CAT)から返送される。そのC-CATレポートに同治験が候補としてあること、同治験がリモート治験として実施されている旨を記載することで、周知を行ったという。

「今回の治験は、がんゲノム医療の枠組みを活かしたという点も成功の1つだったと思います」

そう話す谷口先生へ、エキスパートパネルを開いている医師や、患者さんのかかりつけ医から連絡があり、埼玉県立がんセンター(埼玉県)、聖マリアンナ医科大学病院(神奈川県)、富山大学附属病院(富山県)、京都府立医科大学付属病院(京都府)から計4名の患者さんが完全リモート治験に参加したという。

治験に参加した患者さんは、自宅で治験薬を受け取って内服を開始し、1サイクル目の1日目と15日目、2サイクル目以降は1日目のみ28日ごとにかかりつけ医を来院し、診察や検査を受けた。

かかりつけ医のサポートで迅速かつスムーズな治験の開始へ

初診は、かかりつけ医に受診中の患者さんと愛知県がんセンターを患者さんのスマートフォンなどのデバイスでつなぎ、患者さん、かかりつけ医、愛知県がんセンター治験担当医師の三者で自己紹介や治験の説明を行う。

患者さんが治験への参加に同意した場合は、署名済みの同意書を愛知県がんセンターに郵送してもらう。それを治験担当医師が確認し、署名をすると治験が開始。治験で必要な検査はかかりつけ病院で行い、かかりつけ医が同席してオンライン診療を実施。愛知県がんセンターの治験担当医師が治験薬を処方し、配送業者に依頼して治験薬を患者さんの自宅に配送。初回は患者さんの手元に薬剤が到着したタイミングでCRCが治験薬の開封方法や注意事項について説明を行う。その後は治験スケジュールに従って、かかりつけ医を受診し、必要な検査を受けるという流れである。


(画像はリリースより)

「患者さんにとって、標準治療がなくなった段階で、ここから医療機関を変えて何かをやろうと選択するのはハードルが高いですよね。高齢の患者さんなどは特に。それをこれまで診療に携わっていた主治医のところで治験が受けられるということは、そのハードルを簡単に克服できる。そんな仕組みだと思いました」と、長谷川さんは率直な感想を述べた。

また、パネル検査の結果を踏まえて参加できうる治験ということで、かかりつけ医の期待も大きい。そして、患者さんは治験医師からの説明を聞くときに、これまで治療をしてきた主治医が隣にいることは患者さんにとっても治験医師にとっても安心感につながっている。

「かかりつけの先生も治験の有効性に対する期待が高いことを理解しているので、患者さんに積極的に勧めますよね。説明の時に患者さんとかかりつけの先生と3人で話すのですが、患者さんにサポーティブに、この治験に入ったほうがいいと勧めるという場面があったのもこれまでと違う光景だなと思いました。オンラインでIC(インフォームド・コンセント)や診察を行う際、患者さんが1人だけだと心配はありますが、そばに主治医の先生やCRCさんがいる状況なので、特に心配はなかったです」と、谷口医師は当時の状況を振り返る。

中山CRCも従来の治験参加と比較し、「パートナー医療機関の先生が患者さんに前もって、『治験とは何か』などの事前説明をしっかりしてくれているため、治験参加に前向きな患者さんが紹介されていました」と話す。

より一層、患者さんの参加姿勢が積極的な印象を受けた一方で、かかりつけ医の治験に対する期待も大きく、従来の治験では、契約に要する時間が3カ月~半年かかっていたところが、かかりつけ医から「治療の変更が必要になってから最短で契約、治験開始まで進めてほしい」との要望があり、スピードを求められるケースが多かったという。それを遂行するため、中山CRCと契約担当者は急ぎ準備を進めたそうだ。

パートナー医療機関のハードルは低く

患者さんと治験実施施設とのかけ橋となる患者さんのかかりつけ医(パートナー医療機関)は、リモート治験を実現するうえで欠かせない存在である。治験がスタートすると、パートナー医療機関では、通常の診療に加え、定期フォローと治験で定められた検査を行う。また、有害事象発現したときは、愛知県がんセンターに連絡をするように患者さんにも伝えているが、実際に患者さんが来院し、必要な検査を行うのはパートナー医療機関となる。

実診療とは異なり、治験に協力する医療機関となるため、治験に精通しているなど必要項目が多いのではないかと不安に思う施設関係者も多いかもしれない。

「我々の“売り”はパートナー医療機関を決めないところだと思っています。パートナー医療機関が日本全国どこに出てくるかわからない。今回は特に、がんゲノム医療という枠組みの中でパネル検査によって患者さんが出てくるという仕組みなので、そのどの施設でもパートナー医療機関になれるよう、あらかじめパートナー医療機関というものを設定していないんです」そう話す谷口先生。

一方で、血液検査やCT検査ができること、治験に対する理解や経験があることは最低限必要な項目であるとのこと。今回はパネル検査が実施できる医療機関からの紹介となるため、どの施設においても何かしらの治験経験を有するため安心感をもって取り組めたそうだ。

今回のリモート治験の概要を聞き、長谷川さんは「このリモート治験の枠組みが広まり、現在課題となっているパネル検査の地域差の是正や治験の活発化につながっていくのかなという期待を持ちました。遠方だからと治験を諦めてしまう人、諦めることになるからと情報を得ようとしない人、いろんな障壁のパターンがこの取り組みで救われていくのがいいなと思いました。人の力で地域格差を埋めるようなすごい取り組みを行っているのだなと感じました」と感想を述べた。

対面と変わらない患者さんへの想い

リモート治験を主導した谷口先生に、治験開始から1年半経過して率直な感想を伺った。

「非常にいい取り組みだったと自負しています。当初は、患者さんとは離れているので、距離感を感じるかなと思ったのですけど、患者さんの変化を見て、そういう経験やそれに対する自分の気持ちが普通の診療と何も変わらないのだなって思いました」

また、今回リモート治験に参加したパートナー医療機関に勤務するCRCからは、「これまで治験の際は患者さんを他院へ紹介していたため、この患者さんはどうなるのだろうと分からないままであることに歯がゆさを感じていた。このDCTという枠組みの中で、みんなと一緒に治験に参加して、その一員として携われたことにやりがいを感じました」という言葉も聞いたそうだ。

治験を受けるために、かかりつけ医を離れて遠方で治療を受けざるをえなくなる患者さんやご家族の不安解消につながるだけでなく、日頃から患者さんと関わっている医療従事者にも安心をもたらす取り組みなのかもしれない。

がんゲノム医療の枠組みで迅速な治験参加につながったという今回のリモート治験。Vol.2では、同治験に関わる業務や、治験に携わった中山CRCが担った役割やリモート治験ならではと感じた課題などをお届けする。

<DCT特集2023>
Vol.1「がん領域国内初のリモート治験はいかに実施されたのか」
Vol.2「リモート治験における治験コーディネーター(CRC)の役割」
Vol.3「患者さんの“Dreams Come True”につながるリモート治験の展望」

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