患者さんの“Dreams Come True”につながるリモート治験の展望-DCT特集2023 Vol.3-


  • [公開日]2023.08.18
  • [最終更新日]2023.08.21

近年、分散型臨床試験(Decentralized Clinical Trial:DCT)という考えが普及し始め、オンライン診療や訪問看護、ウェアラブルデバイスなどを取り入れた「医療機関に来院しない、もしくは来院回数を減らした臨床試験」が提唱されている。

3回に渡りお届けした「DCT特集2023」の最終回。Vol.3のテーマは「リモート治験の展望」。がん領域では国内初のリモート治験の実施経験を踏まえ、今後の治験の課題や展望を伺った。(Vol.1はこちら、Vol.2はこちら

<参加者>
谷口浩也先生(愛知県がんセンター薬物療法部)
中山久美さん(治験コーディネーター(CRC))
長谷川一男さん(肺がん患者の会ワンステップ代表)

成功のカギは日本の医療者のマインド

アメリカでは、がん診療の約20%がオンライン診療であり、日本よりはるかに普及している。しかしながら、今回のリモート治験と同じ枠組みをアメリカで採用した際は、年間で1名の組み入れにとどまったという。

2020年に肺がん患者を対象とした医師主導治験「KISEKI Trial」の発案者の1人である長谷川さんは、「今回、4名の患者さんの参加につながった背景は?」と谷口先生に質問した。

「アメリカではC-CAT(がんゲノム情報管理センター)のような仕組みをいくつかの機関がやっており、情報が集約されていないことが要因だと思います。そして、パートナー医療機関の医療従事者の方々の気持ちが大きいと思います。日本は自分の施設で解決できなくても他に何かいい選択肢があったときに患者さんに紹介しようとしてくれることが多い印象です。今回も患者さんが治験参加できるかもしれないとなったときに、パートナー医療機関の先生が善意で紹介してくださりました。その点、アメリカはドライであり、患者さん自身で探すように促しているような印象です」

今年のASCO(米国臨床腫瘍学会)では、海外の医師が今回のリモート治験の取り組みを引用し、発表したという。

医療者への意識づけも今後の課題

今回のリモート治験は、がん遺伝子パネル検査(以下、パネル検査)を受けた患者さんのC-CATレポートに同治験の情報を記載して周知したため、対象となる患者さんはもれなく治験の存在を知ることができた。しかしながら、現状のがんゲノム医療には課題があると谷口先生、中山CRC、長谷川さんは口をそろえる。

「遠方の病院では、『パネル検査の結果、いい治験があったとしても参加できないのであれば、患者さんに期待をかけるだけなので無駄な検査はしません』という判断を下す医師も多くいます。患者さんを思っての判断ではあるのですが、それが障壁となり、実際の患者さんの数と検査の数が一致しないという問題もあると思っています」(谷口先生)

現在の問題点を語る谷口先生は、「医療者が患者さんに説明して治験を紹介するケースがまだまだ多いと思うので、医療者への意識づけ、意識の向上が大事ですね」と課題を述べた。

「ゲノム医療難民の問題への解決も含めて、社会問題に対して企業も参画してアプローチができるようになるといいですね」そう話す長谷川さん。

実際、企業もリモート治験に注目していると、谷口先生は肌で感じているという。治験の多くは、薬を開発している製薬企業などが医師に依頼をして実施する企業治験であり、リモート治験の枠組みを用いて遠方の患者さんも参加できれば、コストは抑えられ、薬剤開発のスピードが上がると予測される。

現在、海外では、治験初期の段階から参加する患者さんに多様性を持たせることを意識して、都会だけでなく地方も、さまざまな年齢の患者さんを、という考えが普及してきているという。そのため海外でもDCTが注目されているそうだ。居住地が障壁にならない診療、治療の体制が整うことで、遠方であることを理由に参加をためらうというハードルは、低くなるのかもしれない。

「次のがん計画(がん対策推進基本計画(第4期))でも『誰一人取り残さないがん対策』という全体目標が掲げられているので、そこもぴったりですね」という長谷川さんの言葉からも、患者さんの視点からのDCTへの期待がうかがえた。

患者さんのDreams Come Trueを見据えて『D to P with D』を普及させたい

「かかりつけ医と我々とで診察するいわゆる『D to P with D』というのはどんな治験でも一般診療でも応用可能なはずです」(谷口先生)
(D to P with Dについては過去の取材記事を参照ください。)

今後、注射薬を含む治験や希少がんの治験にもリモート治験の枠組みを応用できれば、患者さんの恩恵も大きくなると谷口先生は考える。注射薬の治験は内服薬に比べて規制の壁が高いが、現在行われている治験の多くが注射薬であるため、リモート治験が普及すれば治験全体の認知度も上がるのではないかと今後の展望を話した。

希少がんは、もともと患者数の少ない疾患であるがゆえ、なかなか専門医にたどり着けないという問題や、治験では登録患者数を達成しづらいという課題がある。かかりつけ医のサポートを受けながら、遠方の専門医に診察をしてもらうという仕組みは、患者さんの安心感にもつながり、診療の地域格差の是正も期待される。

「がんのDCTというと特殊な感じがしましたが、先生の中ではそんなに特殊じゃないということですか?」そう投げかける長谷川さん。

「DCTが広まらない理由の1つは名前にあると思っています。なじみがないですよね。あとeコンセントとかePROとかオンライン診療とか…名前を聞いて、ハードルが高いと感じてしまう。中には嫌悪感を示す患者さんもいます。『どこでも治験』とかもう少しわかりやすい名前だといいのかもしれませんね」と谷口先生。

中山CRCも「DCTとはどういうものなのかを分解していくと、やっていることの一つひとつはすごくシンプルです。患者さんには、『難しく聞こえるけど、どこでも治療ができるようになる。本質はそんな簡単なことしか言っていないよ』という説明をしました。DCTを進めていきたいということでなく、本当に必要な時に選択されるものになってほしいですね」と話す。

DCTは何の略だと聞かれて「Dreams Come Trueだって言ったこともあります」と冗談交じりに話した谷口先生。だが、場所にとらわれずに診療や治験が受けられ、治療の選択肢が増える……。それはまさしく、患者さんにとっての“Dreams Come True”と言えるのではないだろうか。

<DCT特集2023>
Vol.1「がん領域国内初のリモート治験はいかに実施されたのか」
Vol.2「リモート治験における治験コーディネーター(CRC)の役割」
Vol.3「患者さんの“Dreams Come True”につながるリモート治験の展望」

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