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患者さん目線を大事にしてきた肺癌学会
柳澤:一般の方は、医療系の学会について知る機会はあまりありませんが、そもそも日本肺癌学会とはどのような団体なのでしょうか? 杉尾:昭和35年に肺癌研究会として発足し、昭和41年に現在の「日本肺癌学会」に改名されました。肺がんに関わるすべての医療者(外科、内科、放射線科、病理、基礎医学、統計や疫学、さらに企業の方々)が所属する、領域の垣根を越えた学会という特徴を持ち、現在約8000人の会員が所属しています。 学会の目的としては、【肺癌及びこれに関する領域の研究の進歩ならびに知識の普及をはかり、もって患者をはじめ広く人類の健康と福祉の増進に寄与すること】と掲げています(肺癌学会HPより)。患者さんの目線を強く意識し、がんをいかにして治すか、がんに罹患していてもいかに質の高い生活を保てるかを重要視して活動している団体です。 直接患者さんに関わる具体的な活動の例としては、がんの診療(診断から終末治療まで)における標準治療の指針となるガイドラインを作成し、さらにそれを噛み砕いて説明した患者さんのための「肺がんガイドブック」も作成しています。 柳澤:肺癌学会は非常に歴史ある学会であり、肺がん治療の苦労した時代から多くの医療者が領域横断的に参加し活動してきた団体だと理解していますが、その中で毎年開かれる学術集会や総会の意義はなんでしょうか? 杉尾:1年間でがん治療は大きく進歩するため、臨床に結びつく研究成果を世に出す役割、また、患者さんの治療につながる前の段階の研究を発表し合いディスカッションすることで、特に若い医師が刺激を受け、次の研究について考えるきっかけともなる重要な場と考えています。 患者さんに関わることとしては、患者さんやそのご家族が参加できるプログラム(PAP:Patient Advocate Program)を7~8年前から導入しており、今年の学術集会でも3日間を通してPAPを企画し、新しい情報を得ることが可能となっています。肺がん研究の低迷期から大躍進までを経験
柳澤:2022年学術集会の会長である杉尾先生がこれまで注力してきたことはなんでしょうか? 杉尾:私自身は現在肺がんを専門とする外科医ですが、大学卒業後は遺伝子研究に携わっていました。研究を始めた当時は、がん治療に結びつく遺伝子変異はほとんど知られていませんでしたが、2000年以降に遺伝子変異に基づく治療がやっと実臨床に導入され始めました。また、手術だけで治る患者さんは少なく、集学的治療の重要性も実感してきました。 そのような背景から、大学院以降に研究から臨床の現場に戻った後も遺伝子を中心とした基礎研究への興味を持ち続け、外科を専門としつつ薬物治療の知識を取り入れながら研究と診療を続けてきました。 柳澤:今でこそ肺がん領域は治療薬の開発が進み、固形がん治療のモデルともみられていますが、なかなか成果が出ない時代に研究を続けることへの焦りや不安のような想いありませんでしたか? 杉尾:研究への興味から常に実験自体はとても面白いと感じていた一方で、実臨床には“将来役立つだろう“ということしか言えないという現実があり、特に1980-1990年代はジレンマを抱えていました。 実際、その頃の肺がん治療は、手術ができる進行度(病期)でなければ絶望的であり、できる治療は辛い副作用のある化学療法という悲惨な時代であったのは事実です。しかし2000年代に入りやっと研究の意義が見え始め、そこから肺がん治療は目覚ましい成長を遂げるに至りました。 柳澤:長年の苦労を経て成果につながる経験をしたお話は、なかなか結果が出ない若い先生への希望にもなると思います。
第63回肺癌学会学術集会にかける想い
柳澤:今までのお話を踏まえて、第63回肺癌学会学術集会の「Conquer Lung Cancer -未来へ繋ぐ-」というテーマを見ると、長年の研究から肺がんを征服(Conquer)できる時代が見えてきたこと、そしてそれを若い先生に引き継いでいくことというご経験があってこそのテーマであると理解しましたが、いかがでしょうか? 杉尾:「conquer」という単語は、10年以上前からASCO(American Society of Clinical Oncology:米国臨床腫瘍学会)がテーマとして掲げてきた背景もありますが、ここ数年の分子標的薬や免疫療法の開発により薬物治療の予後が格段に良くなったことから、ようやくconquerに希望が持てる時代になってきました。また、がんが治らなくても腫瘍をコントロールしQOLを保って長生きしていく、という慢性疾患的な考え方により、更に肺がんのconquerへの可能性が広がると考えています もう一つの「未来へ繋ぐ」という副テーマの背景には、私が来年3月で定年という区切りを迎えるにあたり、これまでやってきた仕事や成果を若い世代につないでいきたいという想いがあります。 柳澤:お話を伺い、がん治療の開発においては、自分の成果が形として残らないまま仕事を終えるケースも多い中、研究成果が大きく花開いた肺がん領域では、若い世代に引き継ぐ基盤ができたことになると感じます。プログラム構成の特徴やお勧めポイント
柳澤:改めて第63回肺癌学会学術集会の開催形態やおすすめセッションなどはありますか? 杉尾:今年は現地開催を主体とし、Webによる同時配信はオプションという位置付けで考えており、Web配信が主体であったこれまでのコロナ禍の形態とは逆を想定しています。(オンデマンド配信は、教育プログラムとPAPのみを予定) 会長企画として【Bridge to the Future 未来に繋ぐ】というプログラムを組んでおり、これまで各分野を牽引してきた世代の先生からの講演と、それを引き継ぎ将来に向けて発展させていく若手の先生の講演をセットにしたプログラムを5分野用意しているので、ぜひ聴いて欲しいと考えています。過去の歴史とこれからを同時に短時間で知ることができる形式にしています。 また、シンポジウムを16個組んでおり、どれも多分野に渡る話題性の高いトピックを選び、その約半分に海外演者の発表があり、現地参加の先生も既に決まっています。各分野において、グローバルな視点と日本の状況を対比しながら聴いてほしいと思っています。 更に最新の情報として【プレジデンシャルセッション】を70分で組んでおり、未発表データや既報の試験の日本人サブセットデータなど重要なデータが含まれているので、楽しみなセッションです。 その他の重要な国際学会レベルのグローバルデータを発表する【グローバルセッション】や、国際学会で既に発表されたデータを国内の先生方に届けるための【アンコールセッション】もあります。