がん腫を問わず一般的に早期に発見された固形がんの治療では、手術でがんと周囲の組織やリンパ節を切除する外科治療が真っ先に選択されます。患者数が大腸がん、胃がんに次いで多い肺がんでも同様です。
肺は肺葉とよばれるブロックのような塊で構成されている臓器で、右肺は上葉、中葉、下葉の3つ、左肺は上葉と下葉の2つに分かれ、早期肺がんの手術ではがんが見つかった肺葉を丸ごと手術で切除します。このため命を取り留めても、手術後に呼吸機能が低下するなどの機能低下は避けられません。
そのためがんのある肺葉すべてではなく、がんの部位だけを切除する手術や高線量の放射線を短期間に集中的にがんに照射する体幹部定位放射線療法(SBRT)などの治療法に近年注目が集まっています。肺がんで数多くのSBRTを施行してきた大船中央病院放射線治療センター長の武田篤也先生にSBRTの現状を伺いました。
.kakomi-box9 { margin: 2em auto; padding: 1em; width: 80%; border: 5px dotted #183bd9; /*太さ・線種・色*/ background-color: #fafafa; /* 背景色 */ border-radius: 1px; /*角の丸み*/ }大船中央病院 放射線治療センター長
1994年慶應義塾大学医学部を卒業し、同学部放射線科に入局、その後防衛医科大学校病院などを経て、2005年1月より現職。横浜市大客員教授、東海大学客員教授、日本放射線腫瘍学会認定医、同学会高精度放射線外部照射部会幹事、肝がん診療ガイドライン改訂委員では放射線科専門員も務める。治療法選択の手引書「早期肺癌と告知されたら手に取ってみて下さい」など患者さん向けに放射線治療の治療成績なども解説した書籍も執筆している。
情報提供や啓発が十分とは言えない定位放射線療法(SBRT)
――現在の国内外でのSBRTの実施状況を教えてください。アメリカのがん登録のデータベースSEERで60歳以上のI期と分類される早期肺がん患者6万人以上のデータを見ると、2008年から2012年にかけて放射線治療を選択する患者さんの割合は年率2%程度の増加を示し、それに比例して手術件数は減少しています。2012年時点では早期肺がん患者の治療の4分の1はSBRTで行われています。最新のデータは不明ですが、それから9年経った2021年現在、この割合は3分の1を超えているだろうと個人的には予測しています。
(武田先生提供資料より)また、ヨーロッパのイギリス、オランダ、ノルウェーで2015~2016年に早期肺がんに対して行われた治療を比較しているデータを参照すると、オランダでは手術の47%に対し、SBRTが41%とほぼ半々です。
ところが日本では、2014年に手術を受けた患者さんが3万人だったのに対して、放射線治療を受けた患者さんは推定でわずか1600人と全体の5%に過ぎません。早期肺がんでは放射線治療でもある程度治癒が見込めるのにこのような状態なのは、放射線治療医も含め患者さんに対する情報提供や啓発が十分でないことに加え、日本では「早期がんは手術で治す」というような固定観念が他国よりも強いからではないかといわれています。また、世界で唯一の被爆国ゆえの「放射線が怖い」という声が小さくないとの指摘もあります。
求められる無作為化比較試験(RCT)、公正な評価が難しい側面も
――日本では日本肺癌学会が「肺癌診療ガイドライン」を公表していますが、現状でこのガイドライン内でのSBRTの位置づけはどのようなものでしょうか?肺がんは非小細胞肺がんと小細胞肺がんに大別され、病期は進行度によってI期からIV期に分類されますが、I~II期という早期の非小細胞肺がんの標準治療は手術とされており、高齢で体力が低下しているなど医学的理由で手術が難しい場合にSBRTのような治癒を目指す放射線治療が第一選択となっています。つまり、現状ではSBRTは手術が可能な早期肺がんにおける標準治療ではありません。
もっともこれは治療効果が不十分だからではありません。SBRTがガイドラインで標準治療に位置づけられるためには、同じような背景を持つ早期肺がん患者さんを対象に手術とSBRTのいずれかを無作為に割り付け、治療後の生存率を比較する無作為化比較試験(RCT)で、手術と同等以上との結果が得られることが科学的に求められます。
海外では手術とSBRTをRCTで比較しようと計画された臨床試験として2008年にスタートしたROSEL試験とSTARS試験、2011年にスタートしたACOSOG Z4099/RTOG 1021がありましたが、いずれも自分の治療を無作為に決められることに抵抗を示した患者さんが多かったことで必要数が集まらず、事実上中止に追い込まれました。
――とすると、現状ではSBRTを手術の治療成績を比較したデータはないのでしょうか?アメリカのMDアンダーソンがんセンター(MDACC)の医師が、今お話ししたROSEL試験とSTARS試験に参加し、必要なデータが揃っている患者さんそれぞれ約30人を集め、手術とSBRTを比較するという試みを行いました。その結果、診断から3年後の生存率(3年生存率)が、SBRTでは95%、手術では79%と、一般的な認識に反してSBRTの方が生存率が高いと算出され、2015年に著名な医学誌「Lancet Oncology」に掲載されました。ところがこの生存率には、がん以外の原因による死亡数も含んでいること、ごく少数の患者同士の比較だったなど研究の限界も多く、外科医を中心に反論が相次ぎました。
――それ以前のSBRTと手術の症例を総合的に比較することはできないのでしょうか?残念ながらそれは難しいです。前述のようにガイドラインでは医学的に手術ができない早期肺がん患者さんにSBRTを推奨しています。この医学的に手術ができない理由の多くが「高齢」で、日本の場合は手術患者と比べ、SBRTで治療した患者さんの平均年齢は10歳以上高いことが通例です。年齢が高いほど期待される余命は少なくなりますから、これで生存率を比較すると、明らかにSBRTは不利になり、公正な評価にはなりません。
(武田篤也先生)この状況でもしSBRTと手術を比較するならば、「傾向スコア解析」といってそれぞれの治療を受けた患者さんの中から年齢、基礎疾患の有無、がんの大きさ、肺の機能が同じ人同士をマッチングさせたペアを作り、治療成績を統計学的手法で比較する方法が考えられます。実際、そうした研究は数多く発表されていますが、双方でマッチングできない要素もあるため恣意的操作が行われる可能性が否定できません。実際この種の論文では外科医が執筆したものは手術の方が優れている、放射線科医が執筆したものは手術とSBRTは同等という結論になる傾向があります。
この傾向スコア解析の論文が多数発表されたことで、これらを統合して解析する「メタアナリシス」という手法でも検討されましたが、この研究では信用のある結果が得られないとの結論になりました。
そうした中で最近、前述のMDACCの医師が、改めてよりエビデンスレベルの高いSBRTと手術の比較研究の結果を発表しました。
3年生存率、5年生存率ともに手術と同等の治療成績を得た「改訂STARS試験」
――それはどのような研究ですか?今回報告された研究は「改訂STARS(revised STARS)試験」とよばれるもので、手術が可能で、病理検査で確定診断を受けたステージIAの早期非小細胞肺がん患者さんを前向きに登録して、同時期に標準治療である手術(肺がんが見つかった肺葉と転移を起こしやすい近くのリンパ節(縦隔リンパ節郭)を切除する)をした患者さんとSBRTの患者さんの治療成績を、傾向スコア解析を用いて比較しています。
先ほどお話しした過去に行われた傾向スコア解析と同じ手法で比較しているのに何が違うかというと、今までは既に治療が終了した患者さんをカルテ情報でマッチングさせていたため、マッチングできない要素が一定程度あったという限界を抱えています。ところが今回は治療開始前に登録した患者さんでのマッチングなので、この限界を小さくできるのです。
SBRTを受けた患者さんはそもそも手術可能患者さんのみが登録されているため、同時期に手術を受けた患者さんとの体力差が小さい状況です。そのうえでさらにマッチングさせた要素は年齢、パフォーマンス・ステータス(PS)とよばれる患者さんの体力の状態、がんの大きさ、組織型とよばれるがんのタイプです。SBRTを行った患者さんは80人、同時期に手術をした352人の患者さんからこの4要素を、SBRTを行った患者さんとマッチングさせた80人を抽出して治療成績を比較しています。
(武田先生提供資料より)なお、治療前検査は全例でコンピューター断層撮影(CT)や陽電子放出断層撮影(PET)を行っていますし、リンパ節転移の有無を超音波気管支鏡(EBUS)で確認することを推奨しています。また、治療後にがん再発の疑いが分かったすべての事例で、組織の一部を切り取って顕微鏡などで調べる生検とよばれる検査を実施しています。再発疑いで全員生検というのは通常の診療現場では困難ですが、この研究はそこまで科学的に厳格な手順で行われています。
――実際の結果はどうだったのでしょうか?主要評価項目の3年生存率はSBRT、手術ともに91%、その後も追跡した5年生存率はSBRTが87%、手術が84%と同等の治療成績でした。
(武田先生提供資料より)一方、日本肺癌学会、日本呼吸器外科学会、日本呼吸器学会、日本胸部外科学会が共同で日本国内の肺がん症例の登録を行っている「肺癌登録合同委員会」が2010年にまとめた早期肺がんの手術の治療成績は3年生存率が90%、5年生存率が83.5%です。つまり早期肺がんに対する標準治療である手術の治療成績は日本とアメリカで同等、なおかつ標準治療である手術とSBRTは同等の治療成績が示せたわけです。
また、無増悪生存(PFS)率、つまりがんの再発がない確率は、SBRTは3年PFS率が80%、5年PFS率が77%に対し、手術はそれぞれ88%、80%となりました。
(武田先生提供資料より)3年PFS率ではSBRTがやや低く、5年PFS率では同等です。この結果からはSBRTは手術に比べ早期再発がやや多いとも解釈できます。これは手術であれば転移の可能性があるリンパ節も予め切除し、実際の転移の有無も確認できるのに対し、SBRTはがんのみに放射線を照射するため、リンパ節に対しては事実上無治療という違いに起因している可能性があります。
ただし、この研究ではがんによる死のみに着目して計算した生存率も明らかにしていて、SBRTの3年生存率が95%、5年生存率が93%、手術はそれぞれ97%、93%でした。いずれの治療後もがんで死んでいる人はごくわずかで、その成績も同等です。つまりSBRTを行った患者さんにおけるリンパ節転移再発に対して、再発時に救済治療を行うことで最終的に十分取り戻せる範囲だと解釈できます。
(武田先生提供資料より) ――数字だけを聞くと、2015年に発表されたデータよりもSBRTの治療成績が低いように思えてしまいますが。あの結果は、非常に少ない数の患者さんで比較したものなので、まず患者さんごとのデータのばらつきが非常に大きいという点で信頼性が乏しいといっても差し支えはありません。
QOL維持、人生観などを考慮し、自ら主体的に治療法の選択を
――両治療の安全性の比較はいかがでしょうか?私自身はいつも患者さんに「SBRTは仕事しながらせいぜい半休を5日間取る程度で、外来通院で治療が可能です」といっていますが、まさに今回の研究では安全性で大きな差がありました。
一般に副作用に関しては、重篤度でグレード1(検査値異常だが症状はない、あるいは軽度症状)、グレード2(投薬なども含め最低限度の治療を要する)、グレード3(入院または入院期間の延長を要する)、グレード4(命を脅かす可能性があり、緊急処置を要する)、グレード5(有害事象による死亡)に分けられます。
今回の研究ではSBRTではグレード2の放射線肺臓炎、放射線線維症が2人、グレード3の呼吸苦が1人にとどまっています。これに対し、手術では肺障害が30人、心臓障害が10人、術後輸血が4人のほか、再入院が5人、ICU入院も複数報告されているなど、患者さんの負担は手術の方が多いといえます。
――そのような事実を踏まえて今回の研究ではどのような結論に至っているのでしょう?論文では、「RCTではないが、改訂版STARS試験の長期成績は、手術可能な早期非小細胞肺がん患者の全生存期間と無増悪生存期間でSABRが手術に対して劣らない」と書いています。ただ、「SBRTは手術可能な早期非小細胞肺がんの選択肢の1つであるものの、そうした患者に対するSBRTと手術の役割は、RCTで裏付けられるまで、議論、研究、検証が続けられるべき」とも付け加えています。
――先ほどのお話では手術とSBRTをRCTで比較するのは難しいということでしたが。確かに手術と比較したRCTの結果がないという点では、手術も可能な患者さんにおいてSBRTを標準治療のひとつに加えるエビデンスはまだ乏しいといえるかもしれません。もっともSBRTに関する研究が発表され始めたのは2005年くらいからであり、ここ16年間で患者さんにSBRTを実施する場合の治療計画、再発時の救済治療法、さらにRCTを行いにくい限界がある中での今回のような前向き患者登録試験のようなデータが発表されました。そのうえでの今回の結果は、もはやSBRTは手術にほぼ匹敵する治療法といって良いと個人的には思っており、改訂STARS試験の成果は、国内の「肺癌診療ガイドライン」でのSBRTに関する記載変更が必要なレベルと考えています。
そうした中でまだRCTがない、まだガイドラインで手術と同等の標準治療として扱われていない、というだけで患者さんにSBRTの情報提供をしていかないことに疑問を感じます。
――最後に、患者さん・ご家族の皆さんに武田先生へメッセージをお願いします。現時点でSBRTはほぼすべての早期非小細胞肺がん患者さんにとって有効だと考えます。そして通常通り社会生活を送りながら、短期間で治療が行える簡便さがあり、手術のような治療後の合併症が少ない、入院が必要ないため医療費の負担も少なくて済むなど、従来からの手術にはないメリットがあります。こうしたことも踏まえ、治療後のQOL維持、人生観などを考慮して、自ら主体的に治療法を選択してもらいたいと思います。
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