漢方や鍼灸、アロマテラピーにヨガなど、はたまた得体のしれない健康食品は、がん治療に有用なのか。がんを経験した患者さんやそのご家族であれば、その是非を問う声を1度は聞いたことがあるのではないでしょうか。そもそも補完代替療法や統合医療の定義とは、一体どのようなものなのか。今回は、補完代替療法の種類や上手な向き合い方、治療選択の在り方について、島根大学医学部附属病院臨床研究センター教授の大野智先生にお話を伺いました。
大野 智(おおの さとし)先生
島根大学医学部附属病院臨床研究センター 教授
1998年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒。
同大学第二外科(消化器外科)入局。
健康食品、鍼灸などの補完代替療法に詳しく、厚生労働省「『統合医療』情報発信サイト[eJIM]」の作成に取り組むほか、日本緩和医療学会ガイドライン統括委員(補完代替療法分野担当)も務める。
国が定めた定義は無い補完代替療法
茂木:まず、「補完代替療法」という言葉の“定義”は、どのようなものなのでしょうか?
大野先生:結論から言うと、「補完代替療法」の定義について、日本は厚生労働省などの公的機関が定めているようなものはない、というのが現状です。いろんな研究会や学会が、独自の定義を主張しているものはありますが、国が正式に定めたものはないのです。
一方、米国(国立補完統合衛生センター)には、補完代替療法を3つに分けた分類があります。
1.天然物(Natural Products)
ハーブ(ボタニカル)、ビタミン・ミネラル、プロバイオティクスなど
2.心身療法(Mind and Body Practices)
ヨガ、カイロプラクティック、整骨療法、瞑想、マッサージ療法、鍼灸、
リラクゼーション、太極拳、気功、ヒーリングタッチ、催眠療法、運動療法など
3.そのほかの補完療法(Other Complementary Health Approaches)
心霊治療家、アーユルヴェーダ医学、伝統的中国医学、ホメオパシー、自然療法など
国立補完統合衛生センター[米国]、2017/3/16現在
日本ではこのような分類や定義がないものの、厚生労働省では玉石混淆とされる補完代替療法について議論するために検討会を開催し、近代西洋医学を前提として補完代替療法や伝統医学などを組み合わせて行う医療について、「統合医療」という用語を使って整理しています。また、統合医療は、患者さんの
QOLを向上させることを目的としていて、医師が主導して行い、場合により多職種が協働して行うものとしています。
この厚生労働省が開催した「統合医療のあり方に関する検討会」が公表した資料には、「近代西洋医学と組み合わせて用いられる療法」という項目があり、この一覧に載っているものを「補完代替療法」と捉えていただけたらと思います。
効果のあるなしに関係なく、世の中でいろいろ使われているもの、興味関心を持たれているものが幅広く列記されています。検討会の中でいろいろと議論した結果、有効性が証明されているものだけを提示するのではなく、効果が否定されているものは「否定されている」事実を、いまだ検証がされていないならその事実を国民に伝えることが重要であるという考えが背景にあります。
補完代替療法が抱える3つの問題点
茂木:ありがとうございます。こうした情報は患者さん自身が調べるのは難しい部分もあるので、このように列記されていると、迷うこともなくいいのかなと思いました。では、次の質問ですが…
大野先生:「受けてもいい補完代替療法と、そうでない療法」ですね。
茂木:はい、「受けても良い/悪い」というのをどう考えたらよいのか。患者さんのがん種や進行の度合いによっても変わってくると思いますが、「補完代替療法を受けてもいいですか?」と患者さんに聞かれた場合、大野先生はどういった基準でお答えするのでしょうか?
大野先生:逆説的かもしれないのですが「こういう補完代替療法は気を付けてくださいね、場合によっては利用を控えてくださいね」と説明しています。では、どのような補完代替療法は控えたほうがよいのか、ポイントが3つあります。
まず1つ目は「
健康被害」です。補完代替療法は、ともすれば「体に優しい」とか、健康食品だと「自然」「天然」という言葉で副作用が少ないことをアピールするケースなどがあります。ですが、患者さんには「自然・天然という言葉は『安全』を意味しているわけではないんですよ」と伝えています。
例えば、健康食品であれば、アレルギーと過剰摂取のリスクは常に注意する必要があります。アレルギーのリスクがゼロの食品はありません。また、健康食品のなかには、特定の成分を濃縮したり抽出したりしているものが多くあります。さらに、それらがカプセルや錠剤になっていたとすると、もともとの食品であれば普通に食べることのできないぐらいの量を摂取してしまうこともできてしまいます。あと、健康食品そのもののリスクだけでなく、健康食品と医薬品との相互作用にも注意が必要です。
ほかにも「鍼灸」を例に挙げると、健康な人が受ける分にはほとんど副作用などを気にしなくていいのですが、がん患者さんの場合、抗がん剤治療の影響で白血球が減っていたり、血小板が減っていたりすると、感染や出血のリスクが無視できなくなってきます。
2つ目は「
経済被害」。補完代替療法のうち、国の制度に組み込まれている施術・療法に関しては、保険診療として行えるものもありますが、そうでないものは基本的に全額自己負担になります。ですので、患者さんやご家族が経済的な負担を感じていないか、あるいは家計を圧迫していると感じていないか、という点も重要になってきます。もし、経済的な負担を感じているようであれば、「補完代替療法を利用しない」という選択肢は常にあることを忘れないでもらえたらと思います。
経済的な問題に関わる注意点として、ともすると患者さんの心理として「高額な治療ほど効果が高いんじゃないか」と思いがちという点も指摘しておきます。治療効果は必ずしも値段と比例するものではない点をわかりやすく説明することも努めています。
また、契約・請求のトラブルにも注意が必要です。消費者庁や国民生活センターにはトラブルをまとめたデータベースがあります。そこで健康食品に関するトラブルを調べてみると、約8割が「経済被害」で、残りの2割が「健康被害」です。ですから、経済被害は決して無視できない問題点であることを覚えておいてください。
3つ目は「
機会損失」。これは、例えば「抗がん剤は毒ですよ」「放射線治療は放射線をあびて余計がんになっちゃいますよ」などと標準治療を否定した上で、自身が推奨・実践している補完代替療法を勧めてくるようなケース。その結果、患者さんが標準治療を拒否したり、始めるのが遅れてしまったりして、標準治療を受けていれば得られたかもしれない利益を失ってしまう、つまり機会の損失につながるようなことは絶対に避けなければなりません。
この機会損失の問題点を具体的な数字として示した論文もあります。2018年にJAMA オンコロジー誌に報告された研究では、補完療法を使っていた患者さんと使っていなかった患者さんの5年生存率に違いがあるかないか、後ろ向きに調べています。
その結果、補完療法を使っていた患者さんのほうが、5年生存率が低かった、つまり寿命が短かったことが明らかになりました。しかし、これは「補完療法が寿命を短くさせた」ということではなく、補完療法を利用している患者さんは標準治療を拒否したり、標準治療の開始が遅れてしまったりしたケースが多かったために、5年生存率に違いが出たと著者らは結論づけています。ですからこの機会損失については、ぜひとも気を付けていただきたいと思います。
補完代替療法の利用へとつながる患者の不安
茂木: 2番目の経済被害について、お金持ちほど高額な補完代替療法に乗ってしまい、100万円、200万円とつぎ込だという話をよく聞きます。額は違うかもしれませんが、同じようなことが患者さん誰しもに起こりうる、と。それを避けるためにもご説明頂いた3点に注意する、そして補完代替療法受ける前に必ず先生に相談する、ということが重要ですね。
大野先生:そうですね。まずは「主治医と相談する」というのが一番重要になります。そして、もしご自分で補完代替療法に興味関心を持ったら、補完代替療法には、ここで挙げたような3つの問題点があるということだけは常に念頭において考えてもらいたいと思います。
茂木:実際に補完代替療法をやってみたいなと思った場合、主治医の先生に話すのは気が引ける、否定されてしまうのではないかと考える患者さんもいると思います。医療者側として、どのような点に気をつけておけばよいのでしょうか?
大野先生:まず、現実的な課題について説明しておきたいと思います。例えば、健康食品について言えば、残念ながら医師はほとんど知識を持ち合わせていません。医学部で学ぶことがないので、致し方ない面もあるかもしれませんが、知識がなければ質問に答えることも難しくなるので、積極的に医師から患者さんに補完代替療法について聞き取り(問診)することはありません。さらに、補完代替療法については患者さんの自己責任ということにしてしまい、無関心を決め込んでいる医師すらいるかもしれません。
一方、患者さんの視点で考えてみると、これまでのアンケート調査からは、主治医に質問できない理由として「医師から聞かれなかった」「話す必要はないと思った」「話しても理解されないと思った」との回答が多く挙がっています。
ただ、ここで、今一度、なぜ患者さんは補完代替療法に興味関心を持つのか? あるいは利用するのか? という点を突き詰めて考えてみたいと思います。
そもそも、「がんに効く」といわるような補完代替療法について、患者さん自身、がんと診断される前の健康だったときは興味関心を持っていなかったと思います。では、どこから興味関心を持つのか?と問われれば、「がんと診断されてから」ということになってきます。
がんと診断され告知される場面を考えてみてください。インフォームドコンセントの考え方のもと、通常、告知の場面では、医師は患者さんに病名だけでなく病期(ステージ)や組織型も提示したうえで、それに準じた具体的な治療の内容ついても説明していきます。さらに、リスクマネジメントの観点から治療に伴う合併症や副作用についても、かなり詳しく説明するでしょう。
ですが、患者さんからすれば、病名を告知されただけでショックを受けています。そして、追い打ちをかけるような医師からの丁寧な説明は、患者さんをさらに不安に陥れている可能性はないでしょうか?そして、その不安な気持ちに十分なケアが行われているかどうか、考えてみてもらいたいのです。
もう1つ、医師が誤解しがちな点を指摘しておきます。患者さんは、医師が説明したことを理解できないから補完代替療法へ走ってしまう、ということでは決してありません。では、どのようなことを目的に、何を期待して補完代替療法を利用しているのでしょうか?
2017年に報告された研究では、「補完代替療法にどんなことを期待していますか?」という質問に対し、「精神的な希望」と答えた方が一番多かったことが明らかになっています。
なお、2005年に報告された厚労省研究班が行った調査では、「健康食品を使ってなんとかがんを治したい」などといった理由で、補完代替療法を使っている人が多かったことが指摘されています。しかし、最近では、補完代替療法に期待していることは「精神的な希望」が最も多く、利用している内容も健康食品のほかに、ヨガ、マインドフルネス、運動など、おもむきが違ってきています。
以上を踏まえると、患者さんを襲う「
不安」、さらには自分の治療選択はこれでよかったのだろうかという「
葛藤」なども含め、患者さんが抱えるさまざまな悩みについて医療現場で十分なケアができていれば、もしかしたら患者さんは補完代替療法に興味関心を持たないのかもしれません。
認定看護師や薬剤師も重要な相談先に
主治医にはなかなか相談しづらい、と感じている患者さんへのメッセージとして、これまでは「勇気をふりしぼって相談してみてください」とお伝えしてきました。ですが、やっぱり相談できなかったり、相談してみても医師からは「どうぞご自由に」と言われてしまい結果的にはきちんと相談に応じてもらえなかったというケースが多い実態がわかりました。
ただ、病院には医師だけでなく、看護師、薬剤師、栄養士、メディカルソーシャルワーカーなどさまざまな職種の人がいます。
看護師の場合、認定看護師や専門看護師という、プロフェッショナルな資格を持っている方もいます。日本看護協会が定める認定看護師のカリキュラムでは、補完代替療法も取り上げられています。ですので、専門性の高い看護師は、よい相談相手になるかもしれません。
薬剤師の場合、患者さんに処方されている薬と健康食品との間に相互作用がないかどうかなどの情報を豊富に持っています。また、調剤薬局では、患者さんに問診をする際に「健康食品使っていませんか」と確認しているケースも多いです。これらのことから健康食品については、薬剤師が相談相手として適任者になるのではないでしょうか。
あと、患者さんやそのご家族が気になる、普段の食事のことなどは、栄養士が相談にのってくれます。医療現場には、こうしたさまざまな専門職がいることを、ぜひ知っておいてください。
また、がん相談支援センターは、治療に関することだけでなく、就業問題なども含め生活面についても無料で相談に応じてくれます。がん相談支援センターが設置された病院に通院していない方でも相談できます。新型コロナウイルス感染症が恐いということであれば、窓口によっては電話やメールでの相談も可能です。さらに、同じ悩みを抱えているピアサポートや患者会も相談窓口の選択肢のひとつになるかもしれません。
相談するときのポイントとして、「この健康食品は効くの?」「ヨガっていいんですか?」と質問するのではなく、そもそも補完代替療法を使ってみようと考えた背景や理由、具体的には、自分がいま何に悩んでいて、何に困っているのか、を伝えることが大切になってきます。
例えば、「この抗がん剤が効くのかどうか不安で不安で、夜も眠れません」という悩みの場合、ともすると「抗がん剤を効かせるための補完代替療法はないか?」と考えがちかもしれませんが、「不安で夜眠れないこと」に焦点をあてて医師に相談をすれば、よりよい解決策を提示してもらえるかもしれません。そうすれば、もしかすると補完代替療法に頼らなくても済むかもしれない。
ですので、「なぜ、そもそも自分は補完代替療法をやりたいのか」、その背景や理由を少し立ち止まって冷静に考えてみることが大切です。もし、根底にある不安や悩みについて、主治医に伝えることができれば、補完代替療法に頼らずとも解決・解消できることがあるかもしれません。たとえ、不安や悩みについて具体的な言葉で説明ができなかったとしても、「理由はわからないけど、とにかく不安だ」「何に悩んでいるかはっきりしないけど、頭がモヤモヤする」といった声をあげることをためらわないでください。
茂木:How(どうやって?)と方法論に走ると、お医者さんにはその背景が伝わらず、「そりゃだめだよ」と言われてしまう、と。
大野先生:そうですね。Howからはじまると次はWhat(なにがいいの?)になってしまうので、そうではなく、Why(どうして?)に注目して、いったん立ち止まって考えてみてもらうのが重要だと思います。
茂木:もしわからなかったとしても、相談しているうちにwhyが明確になっていくのかもしれませんね。不安な気持ちもそこで解消されるかもしれませんし。
大野先生:話すことで整理されて、解消することもあるかもしれませんね。
あなたに求められているのは“健康食品”の情報なのか?
茂木:ありがとうございます。次に、自分自身はいまの治療に満足している。しかし、周囲の人々はいろいろとアドバイスをしてくれる。そのような状況では、どうコミュニケーションを計ればいいのか。大野先生のご経験から伺えますでしょうか。
大野先生:身内や知人ががんになると、周囲の人が「なんとかしてあげたい」「かわいそう」、ということでいろんな情報を集めてくる、ということは多いようです。難しいのは、皆さんよかれと思ってやっているんですよね。そこが悩ましい問題です。
「どこそこの病院の評判がいいらしいよ」とか、「あの先生は手術の名医らしいよ」とか、口コミの情報を伝えるケースも多い。補完代替療法を始めるきっかけも、ご家族や知人・友人のすすめ、というケースもっとも多いと言われています。自分から探して使うという人は、実はあまりないということなんです。
がん患者さんでない人、当事者ではない回りの人たちへのアドバイスとしては、「あなたの言動は善意の押し売り」になっていませんか?ということですね。善意の押し売りは患者さんを追い込むこともある。ときには暴力的なものにもなります。
一度立ち止まって、患者さん自身はいま何を一番欲しいと思っているのか。患者さんは、とっておきの情報や特別な健康食品を求めているのではなく、本当は
今までと変わらず接してくれることを望んでいるかもしれない。悩みを聞いてくれたり、そばにいてくれることを求めているかもしれないということを、ご家族や、知人・友人の方へのメッセージとしてお伝えすることがあります。
あとは、「
たられば」の言葉。「タバコをやめていたら、がんにならなかったのに」「健康食品に頼らなければ、助かっていたかもしれないのに」という言葉が、患者さんの傷口に塩をぬるようなことになっていませんか?ということもお話しています。
また、有名な方ががんを公表したときに、「素晴らしい」「頑張って」という声も多く聞かれますが、がんになったことを黙っている人、公表したくない人もたくさんいます。がんを公表した人への称賛は、もしかするとそういう人たちへの
同調圧力になっていませんか?ということも考えていただければと思います。
茂木:ありがとうございます。最後に読者に向けてメッセージをお願いします。
大野先生:補完代替療法には「やらない」という選択肢は常にあります。「やる前提」ではなく、「やらないことも選択肢に入れる」。こうした考えも持つことが重要です。
患者さんご自身が何に困っていて、何を不安に思っているのか。それらを十分に考慮したうえで、補完代替療法を使うという判断をしたときは、主治医に黙って使うのではなく、きちんと相談をしたうえで、医師の管理のもとでおこなってください。
また、医療者側も「健康食品を使いたい」と患者さんが相談してきたとき、「もう私の外来にこなくていい」という態度は問題外です。まずはオープンマインドで相談に応じる姿勢を示す。そして、補完代替療法を使ってみたいと思った背景や理由について丁寧に聞き出し、不安や悩みがあれば傾聴し、解決策を一緒に考えいく態度が重要です。そのうえで、補完代替療法を利用するという選択を患者さんがした場合、「何か困った頃があれば、すぐに私に言ってくださいね」という姿勢も忘れないでください。
関連リンク
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【セミナーレポート】がんに対する補完代替療法ー第23回 OMCE
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