「がんになっても子供を作れる力」を患者さんに残したい——がん研究会有明病院の医師たちが有志で始めた取り組みとは?<vol.2>がん研究会有明病院 GCLS研究会×妊孕性温存WG(ワーキンググループ)


  • [公開日]2018.01.24
  • [最終更新日]2019.07.03

聞き手:木口 マリ(子宮頸がん体験者)

「がん治療のすえ、子供を作れない体になっていた」——がん治療は、その過程で妊娠する力(=妊孕性/にんようせい)が失われてしまうことも多々あります。それは、婦人科がんや精巣がんなどの生殖器のがん以外でも起こりうること。近年では「妊孕性温存」(妊娠する力を温存すること)が、がん治療の領域でも語られるようになってきましたが、未だ、医療従事者、患者のどちらにも十分な知識が行き渡っていないのが現状です。

そんな現状を打開すべく、がん研究会有明病院(以下、がん研)の医師たちが立ち上げたのは「妊孕性温存WG(ワーキンググループ)」。第2弾の今回は、「現代の妊孕性温存の方法」や、「医療従事者の意識向上の重要性」についてうかがいます。聞き手は、木口マリ(子宮頸がん体験者)です。(第2回/最終回)

Vol.1 妊孕性温存WG(ワーキング・グループ)記事

妊孕性温存技術の向上によって変化する、がん領域の生殖医療

木口:第1回に引き続き、消化器化学療法科 副医長 市村 崇先生、乳腺センター乳腺外科 医長 片岡 明美先生、総合腫瘍科 副医長 小野 麻紀子先生、婦人科 副医長 青木 洋一先生にお話をうかがいます。
がん領域で妊孕性が話題になり始めたのは、ほんの数年前からです。現在、妊孕性温存のためにどんなことができるのでしょうか。

青木:これまでの妊孕性温存では、子宮の機能を残す、卵巣を摘出せずに残す、というものでした。ところが最近では、卵巣の凍結保存技術の向上がブレイクスルーとなっています。

 抗がん剤治療は全身に効くため、卵巣をお腹に残していたとしても、その機能がすごく落ちてしまいます。しかし、凍結保存では、抗がん剤投与前に卵巣を取り出し、薬が抜けたところで戻すことができるので、薬の投与前の状態に戻すことができます。それが革新的な点です。

 卵子の凍結保存は2000年の中頃からありましたが、妊娠につながる確率がかなり低く、あまり現実的ではありませんでした。しかし、卵巣そのものを凍結できる技術がここ4〜5年で開発され、世界ではすでに60人くらいの患者さんが妊娠分娩に至っています。

 この技術で救える患者さんが増えそうだ、ということになり、世界で一気に広がりました。これはもともとがんに特化した研究ではありませんでしたが、この技術が確立したことで「がん生殖医療」というジャンルができ、「がん生殖医療学会」もできました。

 卵巣凍結保存はまだ新しい技術で、これから赤ちゃんが産まれてくるという段階。しかし、それが実績として確立されてきたら、がん治療前の妊孕性温存の説明が必須になる時代が来ると思います。今は必須ではありませんが、がん治療学会のガイドラインにも、そのことについての記載がされました。

 また、子宮移植もヨーロッパでは始まっていて、出産した人もいます。日本では今のところ倫理的に難しいのですが、将来的に可能性があるのではと思います。

片岡:凍結技術は、がん患者さんへのメリットがすごく高いということが言われるようになってきました。「オンコファティリティ」(がん患者の生殖医療)の学会も、昨年(2016)第1回目が開かれました。

 乳腺外科では妊孕性温存をして出産された患者さんが何人かいます。
以前、子供が欲しいとの希望が強い40歳代中頃の乳がん患者さんがいました。そこで、何とかできないかをみんなで考え、ホルモン治療を始める前に妊娠・出産をすることにしました。
 出産後、双子の赤ちゃんを連れて来てくれたのですが、1階でウギャーと泣いちゃって(笑)。赤ちゃんの写真を使ってくださいとのことだったので、学会でも発表しました。
そのほかの学会でも、卵巣移植で出産した患者さんが、学会にビデオレターとして登場することもあります。患者さんが学会に関わるように変わってきていますね。やはり、患者さんの「こうしたい」という声は大事。医師は患者さんの声がなければできないこともあります。

木口:患者にとっては希望の見えるお話ですが、課題もあるのでしょうか。

片岡:温存すれば必ず赤ちゃんにつながるとは限りません。また、妊孕性温存をしないという選択肢もありますし、結局赤ちゃんができなかったという人生もありだと思います。赤ちゃんが生まれておめでとう、となるのは、現在のところほんの一握り。90%はそこに至らないため、そのあたりのサポートが課題ですね。

「全国の医療従事者の意識改革をしたい」——患者の選択肢を増やすために

木口:がん研だけでなく、全国の医療従事者の妊孕性に対する意識向上も大切ですね。

片岡:2015年に、ASCO(米国臨床腫瘍学会)で「がんサバイバーシップ(※)研究会」という学会が初めて行われました。(※がんを経験した人が、心理的、社会的課題を乗り越え充実して生きること)
 それにともない、がん研でも医療従事者に向けてアンケートを行いました。すると「サバイバーシップという言葉を知らない」と答えた人が44%もいました。サバイバーシップを意識して診療に関わっている人が少ないんです。しかし、「サバイバーシップの中で一番興味があるもの」の回答は妊孕性でした。だとしたら、ここではそこから始めるのがいいのかなと思いました。

青木:特にオンコロジスト(腫瘍の専門医など)は、「命を伸ばす」ことが重要なので、婦人科であっても妊孕性に対する意識が低いことが多いです。まずは、医療従事者に対する啓発が必要です。
 だいぶ昔の話ですが、ある医学生が研究中に自分が無精子症であることが分かり、”強い衝撃を受けたということ”がありました。同様に患者さんにとって、治療後に妊娠できない体になっていたというショックは非常に大きく、深刻なこと。きちっと話をしていくべき問題だと思います。
 今はあまり興味がない医師にも少しでも知識を持ってもらって「患者さんに『子供がほしいですか』と、ちょっと聞いてみよう」と思ってくれれば、患者さんの選択肢が増えますよね。そういった医療者の意識改革が大事。それがこのがん研から発信できるというのは、すごく価値のあることだと思います。

木口:薬剤師さんの学会「臨床腫瘍薬学会」(2017)でも妊孕性のセッションがありました。

片岡:薬剤師さんも、抗がん剤治療で髪が抜けますよ、そのためのウィッグはどこで買えますよ、という話はすでにされていますよね。同様に、妊娠ができにくくなりますよ、そのための相談はここでできますよ、というお話が自然な流れとしてできるようになるといいなと思います。

木口:さまざまな職種の医療者がそれぞれの立場で関わっていくことが重要になっているのですね。
妊孕性温存WGのみなさんは、診療科や職種を超えて新しいことを始められていますが、それはなかなか難しいことだったのではないでしょうか。

小野:私たちはさまざまな病院を経験してからこの病院に来ているため、年数がそんなに経っていないんです。そのために診療科の垣根を越えやすく、新しいことを取り入れる余裕があったから「妊孕性について一緒に考えてみよう」ということができたのかなと思います。

片岡:医師だけではうまくいきません。たとえば看護師さんは、自分の力が発揮できるところを知っています。「ここは私たちの出番」と、がんばってくれていますね。

木口:それでは最後に、みなさんの今後のビジョンを教えてください。

市村:がん研がロールモデルとなって、このような取り組みを全国のがん拠点病院に広めていきたいです。すべての患者さんに、漏れることなく妊孕性温存の選択肢を知っていただく事が大事だと思っています。

片岡:妊孕性温存は、たくさんあるサバイバーシップの課題のひとつ。まだまだほかにも問題はあるため、医師が治療以外の面でも余力を持って取り組めるようになれるといいなと思います。
また、以前は子宮移植なんてありえないことだったけれど、無理だと思っていたことも現実になってきています。どんなことも「できない」と諦めるのではなく、何か方法はないかと考えられるように意識改革をしていけたらと思っています。

小野:今はWGだけで活動を行っていますが、それを病院全体で取り組めるようなシステムを作っていきたいです。今後、妊孕性温存が定着していったらそこでまた新たな問題が出てくるので、その対策も話し合っていきたいと思います。

青木:がん治療を専門に行うがん研と、凍結保存の施設とがうまくキャッチボールできるようにしていきたいです。「卵巣の摘出をして、がん治療を行い、体内に卵巣を戻す」という流れをこの病院内でできるシステムを確立したいと考えています。そうすれば、がんの状態を分かった上での生殖医療が行えますし。患者さんのニーズは絶対にあると思います。

木口:メンバーのみなさんは、通常の診療のほかにこういった活動を行なっているんですよね。

市村:部活動みたいなイメージです。放課後みたいな(笑)。

片岡:報酬も何ももらえないけれど、みんな手弁当で集まってやっていますね。

木口:みなさんの情熱がなければとてもできることではないと思います。私も患者のひとりとして希望をもらい、それと同時に先生方の熱意に心を動かされました。本日は、素晴らしいお話をありがとうございました!

(文:木口 マリ)

【子宮頸がん】 木口 マリの体験談


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