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闘病ブログの在り方の意味とは ~乳がんサバイバーの視点から②~

[公開日] 2016.10.17[最終更新日] 2016.10.17

 小林麻央さんのブログが開設されてから、1カ月半が過ぎた。連日更新される彼女の発言に対し、たくさんの励ましのコメントが寄せられている。    闘病ブログを発信する意味とはなにか、ピックアップニュースでもそのテーマを取り上げた記事を紹介した。(10/12配信 http://bylines.news.yahoo.co.jp/katasekei/20161011-00062958/) その記事の中にも、2008年には「自分の思いを自由に書くこと」は、がん患者の生活の質(QOL)の改善につながるという研究がOncologist誌に掲載されたという記述がある。  私も闘病中は多くの乳がん罹患者のブログを読ませていただき、たくさんの勇気をもらい、社会保証制度などの有益な情報を得て、標準治療についても 詳しく知ることができた。術前化学療法で体力と精神力を奪われ、自分では「ブログを書く」という行為はまったく思い浮かばなかったが、同病のブロガーさんにお会いする機会があった際、彼女から聞いた言葉を借りれば「ブログは、自分の治療も含め日常の記録のような、日記感覚で書き始めた」らしい。「ブログを通じてたくさんの知らない方々から応援のコメントをいただき、治療に対して前向きな気持ちになり、励みになる」と嬉しそうに語る。書き手も読み手も、「自分ひとりではない」共感を得ることができ、目に見えない「人とのつながり」や「生きるための原動力」を感じ、前へ進む力へとつながる、などがブログの利点と言えよう。    最近、小林麻央さんのブログが連日のようにマスコミに取り上げられて、その内容に称賛のコメントが報道されていることに対し、心を痛めているがん罹患者が少なくない、との現状が聞こえてきた。「麻央さんは“模範的ですばらしい”患者さん」と報道されるたびに、自分は麻央さんと比べなんて情けないんだろう、と卑下している罹患者が少なくないという。この現象に一人のサバイバーとしてショックを受けている。  私の治療が真っ最中の時期は、窓の外を眺めては「ほんのあそこまでも私は歩けない」と落ち込んだり、体調を心配する兄からのメールに「今日は洗濯をしました」の一言しか話題がなくその一文で返信したこともある。兄はそれを読んで当時どのように感じたか聞いたことはないが、今振り返ってみてもそれが不正解だとは思わない。当時の私にとっては、それが私の精一杯であり、私の正解だったと言い切れる。  思想や育った環境、生活習慣など、そのバックボーンは人それぞれだ。自分という人間は自分しかいない。麻央さんが右を向いても左を向く人がいて不思議ではない。病気になってもならなくても、生きかたはひとそれぞれ。正解の答えなどは存在しない。人と比べる必要もない。今、ご自分の状況を他のサバイバーと比較して悲観されているかたがいたら、詩人 金子みすゞの言葉を贈りたい。 「みんな違って、みんないい」のだ。
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中島 香織

広告業界、放送局業界、コンサート・舞台企画業界を経て1年間渡米留学。帰国後は、外資系企業に就業。イベントマネージャーとしてPR,マーケティング業務に携わる。がん情報サイト「オンコロ」では、主にイベント運営、Webサイトの更新、コラム投稿に従事。宣伝会議コピーライター養成講座修了、乳がん体験者コーディネーター(BEC)11期生。

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