【乳がん体験談】私ができる“伝えること”をして、がんになっても生きやすい社会へ『もしすべてのことに意味があるなら』出版インタビュー


  • [公開日]2019.03.26
  • [最終更新日]2019.03.26

認定NPO法人マギーズ東京の共同代表理事で、乳がんサバイバーである鈴木美穂さんは、2019年2月28日「もしすべてのことに意味があるなら がんがわたしに教えてくれたこと」という本を出版しました。鈴木さんは2008年25歳で乳がんに罹患。手術、抗がん剤治療、放射線治療を受け、8ヶ月の休職を経て社会復帰。同世代の乳がんサバイバーと出会った経験から、患者のロールモデルの存在の重要性を感じ、2009年若年性がんの患者STAND UP!!を設立します。また2016年には東京・豊洲にがん患者や家族が無料で相談ができるマギーズ東京をオープン。2019年5月からは世界一周の旅を控える鈴木さんに、本の出版経緯や、本を読んで私(オンコロ 鳥井)の気になった箇所を伺いました。

すべてのことに意味があると捉えたら生きやすい

鳥井:はじめに本を出版した経緯を教えてください。

鈴木:実はこの本の編集者の方とは、私の学生の頃からの知り合いでした。社会人になってからも付き合いは続いており、乳がん告知を受けた時も、そのことを編集者の方に伝えたところ「後の人に伝えるために鈴木さんはこの経験をしているのだと思うよ。いつか伝えられるように、メモをとって記録しておいてね」と言われ、当時の私の励みになりました。

それから2015年にクラウドファンディングで2000万円以上の寄付を集めたころ、複数の出版社から本を出さないかと声がけいただきました。ただ、本を出すのであれば一番初めにお話ししていた編集者の下でと決めていたので、本のオファーがあったことに加え「そろそろ本が書けるタイミングかもしれません」と伝えました。それから正式に本の出版することが決まったのが4年前で。。(笑)

鳥井:4年前ですか(笑)

鈴木:2016年10月にマギーズ東京がオープン予定だったので、それに合わせて出版したかったのですが、思いの外オープンのための準備が忙しく、結局オープンする頃に目次しか出来ていませんでした。もう出せないかなと思ったけど、会社を辞めることを決めた時に、このタイミングに出さなかったらもう出せないと思って、おしりに火が付きました。

鳥井:当時の目次と今の目次って全然違いますか?

鈴木:全然違います。当時だったら、恋愛の章が入ってこなかったかもしれないし、マギーズ東京もオープンまでの話で終わりでしたし。この2年でアップデートした点も含めて、改めて振り返りながら書きました。

前書きにもありますが、がんにならない方がよかったといえばそれまでだけど、それが出来ない中、がんになったことも含めた自分の人生を愛さなきゃいけない、生きている以上人生が続いていくのだからそのことも含めて、すべてのことに意味があると捉えたら生きやすいと思っています。こんな捉え方があることを、1番辛かった時のことも包み隠さず書いたうえで、私と同じように悩んでいる人の支えになれたらと思い書きました。

一歩一歩できるところからやれることを広げていく

鳥井:捉え方の一つとして「すべての人のためになることはできないと割りきる」の章を書かれたのですか。

著書P282 『すべての人のためになることはできないと割りきる』の章より

誰かの希望になれたらと、さまざまな活動を行い、積極的に発信するようになってから、わたしが行動し、発信することで傷つく人がいるのではないか……と迷い、悩んだ時期がありました。(中略)でも、どんなに悩んでも、結局は自分にできることを最大限、愚直にやるしかない。わたしが行動し、発信することで役に立つ人が一人でもいるならば、その人のために頑張りたいと思っています。

鈴木:これ……実は今もずっと葛藤がある章です。がんになって、その経験を生かして最大限出来ることをやろうと思った時に初めは「今から医学部に行って研究者や医者になろう」とたくさんの資料を取り寄せていました。がんを治せる病気にするのがやっぱり1番だと思う時があって。

でも周りの専門家(医療に関わる人たち)がすでに研究や治療を行なっている。そして医療が目に見えて進歩している中で「じゃあ私の役割の中で出来ることはなんだろう」って闘病中ずっと悶々としていました。

鳥井:闘病中からずっとですか?

鈴木:はい。ただ復帰する頃には「私の役割は、やっぱり発信する立場」と思いました。命を救うような偉大な研究とか医療はできないけれど、社会作りにおいては出来ることがあるかもしれないと思いました。自分の役割の中でがんに向き合っていくことを決めました。仕事ではがんの報道やドキュメンタリーの番組制作に携わり、プライベートでは若年性がん患者団体STAND UP!!、Cue!やマギーズ東京の立ち上げをしました。

ただ、私がいくらがんばっても、大切な人が亡くなるのを食い止めることをできず、無力さを感じることがたくさんありました。またマギーズ東京の運営について「そこ来られない人はどうするの?」、「本当に大変な状態の時には行けない」、「地方の人はどうするのですか?」といった意見をもらいました。

私は切り捨てているのか?がんという病気と闘う上で必要とされることを私はできているのか?と考えてばかりでした。でも最終的にはできることをやろうという結論になりました。

鳥井:オンコロも少し近いなと思いました。ネット使えない方もいる、情報が足りていないがん種もある、といった状況だからです。あとは個人的にもSTAND UP!!のメンバーで弟みたいに思っていた男の子が、昨年秋に骨肉種で19歳で亡くなりました。そういった経験をすると「なにもできることないな」と自分の無力さを感じました。

鈴木:そうなんですよね。本当はそこもできたら良いのですが。だったら、もう一歩一歩できるところからやれることを広げていくしかないと思っています。

再発転移もなく10年経った私の立場で発言するのもある意味エゴじゃないかと悩みもして、本を出すことさえもいいのかなと考えたりもしました。でもマギーズ東京があることで目の前の人が最善と思える治療選択をしてくれたり、「作ってくれて本当にありがとうございます」という手紙をいただいたり、やっぱりできることをやっていくだけでも意味があると感じます。だってやらなかったらこうしたことは起こらないからです。

鳥井:すべての人を救えないと割り切り、でも行動していけるようになったきっかけはありますか?

鈴木:マギーズ東京の立ち上げでクラウドファンディングしているぐらいの頃だと思います。それまでの批判ってほとんど目立たないくらいでした。だけどクラウドファンディング中は100のうち1ぐらいは「じゃあ、こういう状況の患者はどうするのか」、「マギーズ東京はキラキラしていて近寄れない」という意見が混ざるようになってきました。そういった意見を貰うたび、少しずつ噛み砕いてそういう人たちにも誠実に対応したいし、もし来てくれた時にはそういう感情も全てひっくるめて抱きしめられるようなマギーズでありたいなというふうに思っています。

でもまずは必要としてくれる人たちのためにやってるんだと自分に言い聞かせるようにしました。そうしないと一歩も進めなかったからです。

正直なところ1000回ありがとうって言われても1回ネガティブなことを言われると、へこんでしまうことがあります。1000回のありがとうがなかったことぐらいに(笑)

鳥井:そうなんですね。これまで大きなことを次々と成し遂げてられた成功要因ってご自身ではどう思っていますか。

鈴木:要因ってほど大げさではないのですが、挑戦をするときに出来るかどうかではなく、出来る方法を考えていました。いきなり最初から完璧を目指すのではなく、一歩一歩ゴールに近付いていけばいつかはできるわけで。

あとは自分自身が成長していくことも大切だと思います。STAND UP!!をはじめた頃(2008年)に英国のマギーズの存在を知っても「海外にはそんなすごいところがあるんだ」で終わっていたと思います。本当にベイビーステップバイベイビーステップ※でちょっとずつ近づいてきていたところで、マギーズを知ったから「よし、これ作ろう」と思えました。

※ベイビーステップバイベイビーステップ:(大きな課題に対して)小さな一歩、一歩解決に向かって歩んでいくさま

幸せの基準をアップデートしても本質は変わらない

鳥井:ありがとうございます。次に私が気になったのが、幸せの基準は常にアップデートする。これも印象に残りました

著書P286 『「幸せの基準」は常にアップデートする』の章より

弘子※ちゃんに出会った当初、「美穂さんにとって幸せってなに?」と聞かれたことがあります。そのときに真剣に考え、出した答えは「誰かに必要とされること。愛され、感謝されること」でした。(中略)でも、最近、自分にとっての「幸せ」が少し変化してきたことに気づきました。今のわたしの幸せは、「愛する人と、未来を描ける」こと。(中略)幸せをどんどんアップデートしていかないと、「過去の幸せの基準」に囚われてしまい、新たな幸せに気づけなかったり、行動が制限されたりしてしまう恐れがあるからです。

※山下弘子さん:19歳で肝細胞がんに罹患し、2018年3月25歳で亡くなる。鈴木さんは記者として山下さんの密着をしていた。

鈴木:幸せの基準……だいぶ変わりました。小学生の頃は日本テレビで1つの番組を持ってニュースキャスターをやってというのが最高の幸せと考えていました。また日本テレビに入社した頃は、王道を歩み社内でみんなに認められて…というのが幸せと考えていました。

それが、がんになったことで自分にしかできないことをもっと発信しよう思うようになりました。発信したいことはより命に関わる情報でした。あと認められることよりも本当に誰かに必要とされたり、感謝してもらえたり、愛されたりすることが幸せだと思うようになりました。

がんになる前と後では幸せの基準が違うし、社会復帰後にがむしゃらに仕事するんだと思っていた時と今ではやっぱり幸せの基準は全然違っています。それで良いと思っています。というのも当時の幸せの基準で行動していたら、今の選択(日本テレビを退職して、世界一周をすること)は出来なかったと思います。

過去の道をいったん絶つことになってもその時の自分が幸せと思える選択をしていくことで、いつ死ぬかもわからない中で「今で終わりです」って言われた時に、どこで切り取られても「幸せに生きた」と感じることが出来るのではないかと思っています。

鳥井:共感したのが、4年半前がんになってから社会復帰して、働けたからいいと思ったことから、自分のがん体験を生かしたいと思ってオンコロを運営するクロエ社で働きました。同時に患者会活動にも関わるようになりました。公私ともにがんに関わる活動をして約3年、次に自分のやりたいことはなんだろうと考えるようになりました。そんな中で、この「幸せの基準をアップデート」を見てハッとしました。

鈴木:闘病中の生きていればいいというところから、生きていると欲も出るし、やれることも増えてくるし、夢も大きくなっていきますよね。でも人間はそういうものだからいいんじゃないかと思うんです。幸せの基準をアップデートしても本質は変わらないから。

鳥井:ちなみに会社を辞めるとき周りの方に何か言われましたか?

鈴木:まわりの方には「もったいない!!」って言われました。また私自身も昔からあれほど願って入った会社をまさか辞めてしまうなんてって、不思議に思います。

“がんになっても、自分らしく生きていける社会を作ろう”と伝える

鳥井:そこに通じるんですかね。最後の『大きな「軸」を持って生きる』というところは。

著書P293 大きな「軸」を持って生きる

(前略)学生時代からわたしがやりたいこと、つくりたい社会像は変わっていませんでした。新たな課題に出会って学んだり、表現方法が変化したりしながらも、大きな「軸」はずっと一緒。(中略)自分の軸が明確になった今、もう迷うことはありません。

鈴木:そうです。つまるところ私にとっての大きな軸は“伝えること”です。会社を辞めたのも決してネガティブなことではありません。考えてみると、社会の様々な課題や事情を抱えた人たちが、より幸せに理解された社会で生きていくためには、まず知ってもらうことが必要だと学生の頃から思っていました。

だからドキュメンタリーやニュース番組の制作に携わり、知るきっかけを作りたくテレビ局に入社しました。それから社会人3年目でがんが私にとって大きな課題となりました。だからSTAND UP!!で患者向けのフリーペーパーを作り、マギーズ東京は場所ではあり、一方で正しい情報を伝えています。

一見すると全然違うことだと思われるかも知れませんが、日本テレビもマギーズ東京も“がんになっても、自分らしく生きていける社会を作ろう”と伝える手段でありました。

そう考えると伝える手段はテレビだけではなくて、新聞だってインターネットだってあります。

鳥井:普段仕事やプライベートで忙しいと、ついつい視野が狭くなりがちですが、今のお話って俯瞰していて…どうやって俯瞰できるようになったのですか。

鈴木:のろけ話になっちゃうのですが、夫の存在が大きいです。2018年のバレンタインデーに夫が「美穂が前から言っていた世界一周をしよう」と言ってくれたからです。その一言で「え?世界一周行くために会社辞めたらどうなるの?私」と思ったと同時に「いやでも、やりたいことはたくさんあったし、これはチャレンジするいい機会なんだな」と思えました。

同時期に本の執筆で人生を振り返る中で、私が人生をかけてやっていきたいことは“伝えること”だと気付いた頃でした。今まではマスメディア、テレビに固執しただけと気づいたら、スーッと楽になって。「あれ?じゃあ辞めるデメリットってなんだろう?」と考えたときに、信頼問題とお金の面ぐらいで。それはとても心配だったけど、夫が何度も「生きてさえいればなんとでもなるよ」って言うので、私もそう思えるようになりました。

鳥井:旦那さんの後押しが解決の糸口となったのですね。

鈴木:はい。逆にすっきり道が開けた感じです。保険をかけていると、全力で挑戦はできないし、1年間世界一周に行くとは出来なかったと思います。またもし何かあっても私たちならどうにか出来るとも思って決断することが出来ました。

鳥井:最後に、この本を読まれる方へメッセージをお願いします。

鈴木:がんを経験した人がすべて共感するかといったら、一人一人みんな違うから全部じゃないかもしれませんが、「この部分は共感できるな」とか「ここはそうやって思えばいいんだ」とか、何かを感じてくれたら嬉しいです。またがんと関わりのない人でも生涯罹患率が2人に1人といわれている中で、知っておくと役に立つ内容を盛り込んだつもりです。また私はがんという課題に直面しましたが、そうでない方にも人生には辛いことはたくさんあって、少しでもその人の力になれるような言葉を見つけてもらえたらうれしいなと思っています。

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