今回の「オンコロな人」は、以前「オンコロな人」に登場した若年性がん体験者スタッフの濱中真帆(はまなか まほ)がお届けします。
※濱中真帆の体験談はこちらから
https://oncolo.jp/report/human12
38歳で子宮頸がんに
濱中:こんにちは。卵巣がん体験者の濱中真帆です。今回は、同じく婦人科がんを体験された方へのインタビューです。まずは自己紹介をお願いできますか。
木口:木口 マリ(きぐち まり)です。現在40歳で、フリーランスのフォトグラファーとライターをしています。2013年5月に子宮頸がんが発覚しました。
「がんですよね?」と聞いてもがんじゃないと言われた
濱中:どのように子宮頸がんが見つかったのか、経緯を教えてください。
木口:不正出血があり、何かがおかしいのかな?と病院へ行きましたが、検査をしてもなんでもないと言われました。ただ、担当の先生もおかしいと思っていたのか、1~2週間おきに検査を繰り返しました。そのときは「がんじゃないですよね?」と聞いても、「がんじゃないですよ。」と返されていました。しかし、あるとき「今すぐ来てください。」と言われ、病院へいったらがんだと言われました。
濱中:その時はどんな気持ちでしたか?
木口:がんだとわかるまでに5ヶ月もかかりましたが、がんだといってもかなり初期のほうだと思っていました。
この先生ならついていける、と思った
濱中:がんの告知を受けた時はどんなことを思いましたか?
木口:子宮頸がんだと言われて、子宮をなくすかも、という覚悟はありました。私はあまり泣くことは無いのですが、告知の際は思わず泣きそうになり、でも涙を堪えていました。この時に、先生からセカンドオピニオンを提案してくれたり、「手術の予定は入れるけど、キャンセルしてもいいよ」と言ってくれたことで、この先生はちゃんと私についてくれている、この先生ならついていける、とも思いました。
濱中:がんだと告知を受けたことをどなたかに相談したりしましたか?
木口:治療で仕事に穴を開けてしまうため、まず仕事関係の人にがんだと報告しました。編集関係の仕事をしていて、いろいろな人と会っている人たちだったので、受け入れやすかったのかな、と思っています。その後、家族に報告しました。自分以上に家族が心配するのがわかっていたので、がんの告知、手術などの説明は全て一人で受け、自分の気持ちが固まってから、がんであることを伝えました。
工夫をして楽しんでいた
濱中:どのような治療をしましたか?
木口: 手術と抗がん剤をしました。手術は2回、円錐切除術と広汎子宮全摘出術をしました。最終的には左卵巣だけを残すことはできましたが、腫瘍ができないタイプだったこともあり、大きく切除しなくてはなりませんでした。
※円錐切除術・・・子宮頚部を円錐状に切除する手術。悪い部分を切除してしまうという治療目的と、それだけでなく病変を取り確定診断をする目的がある。
※広汎子宮全的術・・・患部を子宮と膣の一部を含め、骨盤壁近くから広い範囲で切除する手術。
濱中: その後の抗がん剤治療はどうでしたか?
木口: TC療法(2種類の抗がん剤Taxol:タキソール「商品名」とCarboplatin:カルボプラチン「一般名」による治療)をしました。吐き気の少ない抗がん剤、と説明を受けましたが、吐き気の無い抗がん剤など聞いたことがなく、やはり抗がん剤は怖いと思っていました。そんなときは看護師さんによく相談していて、看護師さんが周りで起きていることの話をしてくれたおかげで、最初の抗がん剤を打つときには落ち着いていられました。
副作用は、脱毛や倦怠感はありましたが、気持ちが落ち着いていたからか、つらいと思ったことはありません。看護師さんや主治医の先生の精神的な支えも大きかったからだと思います。髪が抜け、坊主になりましたが、スカーフの巻き方などを工夫したりして楽しんでいました。
生活はカバーできていた
濱中:経済的な面ではどのようなことがありましたか?
木口: 入院が長かったせいで1年半ほど仕事をすることができませんでした。しかし、自分で保険に入っていたり、母がかけてくれていた保険もあり、仕事ができない間の生活はカバーすることができていました。
人間っていいものなんだなって思った。
濱中:どなたか感謝したいと思う方はいらっしゃいますか?
木口: 治療後、どれだけの医療者が関わってくれたのか、と名前を書き出してみたことがあります。名前を書き出していくうちに、名前がわかる人だけで40~50人、名前のわからない人を含めると100人以上がかかわってくれていたことがわかりました。私の命を救うために、こんなにも多くの人が関わってくれていたことに感動し、人間っていいものなんだな、と思いました。
医療はもっと身近にあっていいもの
濱中:何か国や医療に対してご意見はありますか?
木口:私は、医療はもっと身近にあっていいものだと思っています。がんになる人はこれから増える、と言われているのに、噂くらいしか知らないことも多い気がします。なので、教育の中で、基本的な医学を学校で教える機会があっていいんじゃないかと思います。きちんとした基礎知識を知ることで、偏見も減ってくるのではないかと思っています。
講演を聴くだけじゃなく自分が経験して知っていく
濱中:現在、何か目標はありますか?
木口:私は絞扼性イレウスから一時的に人工肛門(ストーマ)になりました。ストーマになったときは「人間ってこんなに落ち込めるんだ」というくらい落ち込みました。しかし、ストーマになってみて、障がい者になってみて、障がい者に対しての見方がガラッと変わりました。「重荷を背負っている、かわいそう」と思っていたけど、人ができないすごい経験をしてきている人なのだと思いました。
※絞扼性(こうやくせい)イレウス・・・腸管へ行く血管がしめつけられ血行が障害されることにより起こる腸閉塞(イレウス)。
そして、障害を持ってみて、その人がどういう状況にあるのか、何が必要で何が要らないのか、自分が経験して知っていくことでわかっていくことも多いのだと気付きました。なので、医療者、がん患者、障がい者、子供が集って、「講演を聴くだけではなく、自分が経験して知っていく」というイベントを作り上げていきたいと思っています。
自分の心に正直に
濱中:最後に、このインタビューを読んでくださっている方に伝えたいことはありますか?
木口: 病気や障害はマイナスじゃないと私は思います。落ち込んだりしてマイナスに落ちることはあっても、今まで以上に上に行くことができる、そういう要素を持っている。でも、無理にそう思う必要もないと思います。落ち込んだときは落ち込んだままで良い。つらいときはつらいと思って良い。自分の心に正直にいたらいいんじゃないかと思います。
また、私は現在ブログを書いています。体力が落ちて重たいカメラを持つことができなくなりましたが、ベッドで横たわっていてもちょっと工夫すれば写真を撮れるよ、病気の間でも楽しいことは見つけられるよ、という思いで書いています。
★ハッピーな療養生活のススメ
http://happyryouyoulife.blog.fc2.com/
濱中:今日はお忙しい中ご協力ありがとうございました。
インタビュー後記
同じ婦人科系のがんを経験した方へのインタビューでしたが、女性特有のがんに罹患してしまうと「女性としてのアイデンティティがなくなってしまうのではないか」と思ってしまうことがあります。私自身、ふとした瞬間に自分が女性としての価値があるのかどうか悩んでしまうこともあります。しかし木口さんは「落ち込んだら落ち込んだままで良い」と仰っていました。自分の心に正直に、という言葉に肩の荷が軽くなったような気がしました。
当初のインタビュー時間を大幅にオーバーしてしまうくらい盛り上がってしまった私たちでしたが、同じ経験をしたもの同士だからこそ分かち合えることはたくさんあるのだと改めて実感しました。
濱中 真帆