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■20歳で聞きなれない病気「精巣腫瘍」に
白石:初めまして。がん情報サイト「オンコロ」学生スタッフの白石由莉と申します。今、現役薬学部の学生として、このプロジェクトに関わっています。今日は、初めて年齢の近い方へのインタビューで緊張していますが、よろしくお願いします。まずは、自己紹介をお願いできますか? 佐藤:佐藤 崇宏(さとう たかひろ)です。現在、22歳の経営学を学ぶ大学生です。浪人したこともあって、今は、由莉さんと同じ大学2年生です。 白石:オンコロな人では、がんの体験者、医療者、ご家族などにインタビューしているのですが、佐藤さんには、若年性がんの体験者ということで、お話しを伺わせて下さい。佐藤さんの病気のことを伺ってもよいですか? 佐藤:私は、若い人に多いと言われる精巣腫瘍、簡単に言えば金玉のがんです。 白石:無言(困る)。■インターネットで自分は精巣腫瘍かもと思った
白石:その、精巣腫瘍が見つかった経緯を教えてくれますか? 佐藤:これも女性の前で言っていいかどうかわからないですが、いわゆる自慰行為の時に、左側の精巣(金玉)が、いつもと、大きさ、形、触った感じが違うと感じました。痛みはなかったのですが、これはおかしいと思い、直ぐにインターネットで調べたところ、多分、自分でも精巣腫瘍だと認識したのを覚えています。 白石:最近は、病気に関するいろいろな情報がインターネットで簡単に調べることができますが、その時、どう感じましたか? 佐藤:確かに、ショックではありましたが、同時に、この病気の治療による生存率が高いとわかり、直ぐに病院に行こうと思いました。家族には、自分が感じた、もしかしたら(精巣腫瘍かもしれない)という事も話し、翌日すぐに病院に行きました。■予想通りの診断と不思議な感覚
白石:がんの告知を受けた時はどのようなお気持ちでしたか? 佐藤:医師の第一声は「ご両親来てる?」でした。その言葉で、何となく「あ~、そうなんだ」という不思議な気持ちになりました。やはり、精巣腫瘍の可能性を指摘されて、エコーなどの検査を行いました。結果は想像していた通りでした。 もう成人していたこともあったと思うのですが、医師とは手術の日程から入院の予定まで全て自分ひとりで決めてきちゃいました。 白石:ご家族はどのようなお気持ちだったのでしょう? 佐藤:家族には、病院に行く前に既にがんかもしれないと言っていたので、いつもと大きく違ったことがあったという記憶はありません。 でも、病院に行く前「そうじゃなかったらいいね」と、電車でいける距離なのに、タクシー代をくれたのは、気遣いだったと思います。病院から帰ってきて、全ての予定を話し、入院の準備をして、食事をしたのですが、あまりにいつもと変わらなくて(笑)。■ただ時が過ぎるのを待つだけ
白石:精巣腫瘍の治療はどのようなものだったのですか? 佐藤:精巣腫瘍の治療は、手術と、その後の再発予防のための抗がん剤治療でした。手術については、大きな不安はありませんでした。インターネットで調べて、私の病気の進行度(ステージI)であれば、そんなに難しい手術ではないとのことだったので、その点は安心していました。手術の不安というより、看護師さんを見てどきどきしたことの方を覚えています。実際に、手術は眠っている間に終わったという感じです。 白石:その後の抗がん剤治療はどうでしたか? 佐藤:手術を終えたのが、1月9日で、抗がん剤治療はすぐに始めずに、3月からにしました。理由は受験と、私の進行度であればそれほど緊急性はないとの主治医の判断からです。 でも、やはり抗がん剤治療についても、インターネットで調べ、実際に主治医から説明を受け、これは結構びびってました。精巣腫瘍の治療に使う抗がん剤(ブレオマイシン・エトポシド・シスプラチン)の3剤併用療法(BEP療法)を調べると、副作用のデパートみたいな治療だったからです。 実際に抗がん剤治療が始まると調べていた通り、しんどかったです。今振り返っても、診断から治療までで一番辛かったのは抗がん剤の副作用です。継続的な吐き気、においに敏感になる、光がまぶしい、耳鳴り。いくつかの副作用は、治療後も残る可能性もあり、とにかく時間が過ぎるのを待ったという感じでした。幸いなことに、私の治療は、この治療を2コース実施するというもので、時間の経過と共に、軽快しました。■感謝したいおじさん
白石:そのような辛い治療も含め、佐藤さんが感謝したい人や出来事はありましたか? 佐藤:家族に感謝しているのはもちろんですが、入院していた時に出会ったおじさんには感謝しています。 白石:どんなおじさんだったのですか? 佐藤:病院にはいろんな人がいましたが、おじさんはいわゆる堅気の人ではありませんでした。刺青入ってましたし(笑)。 そのおじさんとは、ちょっとしたきっかけがあって、夜を徹して話す機会がありました。おじさんは、これまでに、いろいろ悪いことしてきて、離婚も繰り返し、家族にも迷惑をかけてきたけれど、病気になって、人に優しくでき、幸せを感じるようになったそうです。実際に本当に優しかった。 そして、人生、何でも幸せだった、こんな幸せをできるだけ広めたいと。その時、おじさんは相当に厳しい状態のようでしたが、この年で病気になった私に、一生懸命話してくれたこと、今思えば、とてもありがたいことだったと思っています。■自分が受けた幸せをその先に
白石:治療を終えて2年近くになるかと思いますが、その後の生活はいかがですか? 佐藤:いたって元気です。そして、自分が病気になって、また、さっきお話ししたおじさんのこともあって、病気にならなかったら、多分関わりがなかっただろうということに取り組み、関わりがなかっただろう人にも会っています。 白石:どのような出会いだったのですか? 佐藤:大きく、2つあるのですが、一つは、若年性がんの患者団体であるSTAND UP !! という団体の集まりに参加したことです。 若くしてがんと診断される人は、それほどいないし、がんという体験を持つ同世代の人が集まる機会もなかったのですが、ここに参加して、たった一日で、親友と呼べる同い年の男にも会えました。同世代で、がん種は違うけど、同じようにがんという病気により、つながりができたことは、自分にとってかけがえのないものです。 ★若年性がん患者団体 STAND UP !!:http://standupdreams.com/ 白石:もうひとつについては? 佐藤:まだ、治療を終えたばかりの時、Rock Beats Cancerというチャリティーライブに参加しました。 これは、世界的なハードロック、へヴィーメタルバンドのLOUDNESS(ラウドネス)のドラマーとして活躍していた故 樋口宗孝さんの名前を冠した「樋口宗孝がん研究基金」が主催するもので、小児・若年性がんの啓発や支援を目的とするものです。 実は、それまで聞いてきた音楽や、好きな音楽は偏りがあったのですが、このライブに参加してから変わりました。アイドルグループからハードロック、へヴィーメタルバンドまで(笑)。志を同じくし、音楽を、耳だけでなく、体で、心で聴く感じです。 今は、LOUDNESS(ラウドネス)さんのライブ会場で募金活動に協力したり、そして、いつか私もこんな幸せや楽しみを作れるようにと関わっています。 ★樋口宗孝がん研究基金:http://www.m2cc.co.jp/mhf4car/■男性のにんよう性(妊孕性)も知ってほしい
白石:最後になりますが、佐藤さんの体験を通じて、お伝えしたいことはありますか? 佐藤:がんを体験をしてから、これまで何度か、自分の体験や思いを話す機会がありました。 その度に伝えていることは、男性のにんよう性(妊孕性)についてです。妊孕性という言葉は、あまり知られていないかもしれませんが、簡単に言えば、子供を残せるかどうかということです。 最近になって、女性のがんと不妊の話題、治療前に卵子の凍結保存などができることが、取り上げられるようになってきましたが、私のように精巣腫瘍や、精巣にダメージを与える強力な治療がある場合、やはり男性にも女性と同じ問題が生じています。 医療者の間では、男性の妊孕性も知られるようになってきましたが、治療を受ける患者が男性であっても、必ず事前に知らされ、精子保存の選択肢が示されるようになって欲しいと思います。 白石:今日は、長時間に渡りご協力ありがとうございました。■インタビュー後記
年齢が近いこともあり、また同じ大学生として、始めは緊張しましたが、終始リラックスしてインタビューを進めることができました。しかし、同世代とは言え、男性特有のがん、若年性のがんのことなど、知らないことも沢山ありました。 また、私は、まだ学校では、具体的な抗がん剤のこと、それらの副作用のことなどについて勉強していませんでしたが、私が勉強するお薬が、患者さんに、何をもたらし、どう影響するかを伺えたことは、とても勉強になりました。白石由莉