[公開日] 2023.01.01[最終更新日] 2023.01.01
現在までのところ、多発性骨髄腫の治療は、治癒を期待できるまでには至っていません。しかし多発性骨髄腫の治療法は日々進歩しており、進行や症状をコントロールしつつ長期間、日常生活を維持していくことも可能になっています。
つまり、QOL(quality of life:生活の質)を維持しながら長期生存を目指すことが、多発性骨髄腫の治療目標となります。通常は、大きく2つの治療方針に分かれます。
●65歳未満で、感染症や肝障害、腎障害、心臓や肺の機能に問題のない多発性骨髄腫患者さん
⇒本人が希望すれば、自家造血幹細胞移植と大量薬物療法を組み合わせた治療を行う
●65歳以上、もしくは肝障害、腎障害、その他重要臓器の持病がある多発性骨髄腫患者さん
⇒複数の薬を組み合わせた薬物療法(移植は不可)
ただし65歳という年齢は目安であり、実際には患者さんの身体機能や体力年齢を個別に考慮して治療方針が決定されます。
薬剤
多発性骨髄腫の薬物治療は多くの場合、いくつかの異なる薬を組み合わせて行われます(併用療法)。骨髄腫細胞を死滅させることで、進行を遅らせることを目的とします。
薬剤の種類
●免疫調整薬:サリドマイド(商品名:サレド)、レナリドミド(商品名:レブラミド)、ポマリドミド(商品名:ポマリスト)
免疫調整薬は、骨髄腫細胞に直接作用するだけでなく、免疫細胞の働きを強めたり、腫瘍周囲の環境にも作用したりして、高い治療効果を引き出します。免疫調整薬はいずれも副作用として催奇形性(胎児に奇形を生じうる作用)があるため、妊娠可能年齢の女性が使用する場合は、厳しい避妊管理が必要となります。その他の副作用として、皮膚の発疹、末梢神経障害、血栓症などがあります。
レナリドミドはサリドマイド誘導体(化合物の構造の一部を変化させた化合物)ですが、催奇形性および末梢神経障害の副作用を軽減した薬剤です。骨髄腫への治療効果も高く、多発性骨髄腫に対する免疫調整薬としては現在、最も広く使用されています。ただし、腎機能の低下した患者さんでは、レナリドミドの体外への排泄がスムーズに行かないことが報告されているため、慎重に使用する必要があります。
ポマリドミドは、比較的新しい免疫調整薬です。レナリドミドやボルテゾミブ(プロテアソーム阻害剤)が効かなくなった多発性骨髄腫の患者さんにも一定の効果が報告されています。
●プロテアソーム阻害薬:ボルテゾミブ(商品名:ベルケイド)、カルフィルゾミブ(商品名:カイプロリス)、イキサゾミブ(商品名:ニンラーロ)
細胞内で働くタンパク分解酵素「プロテアソーム」の働きを妨げることで、骨髄腫細胞を死滅させる分子標的薬です。骨髄腫細胞がMタンパクを過剰につくって生き残るには、まず自身にとって邪魔なタンパク質を排除しなければならず、そこにプロテアソームが関与していると考えられます。そこでプロテアソームの働きを妨げることで、高い治療効果が得られます。初回治療から再発時まで、広く使用されます。
副作用は従来の抗がん剤に比べれば、比較的おだやかです。ただし、末梢神経障害や薬剤性肺炎・心障害などがあります。そこで、ボルテゾミブの投与は、末梢神経障害の起こりにくい皮下注射が一般的です。その後に発売されたカルフィルゾミブは、心障害はやや多いものの、末梢神経障害の副作用が少なく、治療効果も高くなっています。また、2017年に薬事承認されたイキサゾミブは、飲み薬で、週1回の服用で済みます。
●ヒストン脱アセチル化酵素阻害薬:パノビノスタット(商品名:ファリーダック)
骨髄腫細胞で過剰に活性化している「ヒストン脱アセチル化酵素」の働きを妨げる薬剤です。ヒストン脱アセチル化は細胞分裂に必須のプロセスで、それを止められた骨髄腫細胞は分化や自滅(アポトーシス)を起こします。再発患者さんが、ボルテゾミブやデキサメタゾンとの併用、再発患者さんに使用されます。副作用として、吐き気や下痢などの消化器症状が比較的多いため、特に高齢患者さんは脱水に注意が必要です。
●抗体製剤:エロツズマブ(商品名:エムプリシティ)、ダラツムマブ(商品名:ダラザレックス)
骨髄腫細胞の表面にある抗原に結合することによって、骨髄腫細胞を傷害する分子標的薬です。
エロツズマブはSLAMF7という抗原タンパクと結合し、骨髄腫細胞の破壊を促進します。SLAMF7は、体内に侵入した病原体や異物の排除(自然免疫)を担う「NK細胞」の表面にも出ているため、エロツズマブはNK細胞にも結合します。するとNK細胞が活性化され、多発性骨髄腫細胞への攻撃が増強されます。再発または難治性の多発性骨髄腫に対し、レナリドミドもしくはポマリドミドとデキサメタゾンとの併用で薬事承認されています。
ダラツムマブはCD38という抗原タンパクと結合します。ダラツムマブは骨髄腫細胞に加えて、「制御性T細胞」表面のCD38にも取り付き、両者の破壊を促します。制御性T細胞は本来、免疫反応にブレーキをかけて自己免疫疾患に陥らないよう調節している細胞ですが、がん細胞はこれを利用してさまざまな免疫攻撃を回避しています。ダラツムマブがこの制御性T細胞も減少させることで、骨髄腫細胞に対する攻撃が強まります。同剤は、併用療法を前提に薬事承認されています。
抗体製剤には共通した副作用として、アレルギー反応が頻発します。加えてダラツムマブでは、気管支炎や肺炎など呼吸器感染症のリスクが上がります。
●コルチコステロイド(副腎皮質ホルモン):デキサメタゾン、プレドニゾロン、メチルプレドニゾロンなど
コルチコステロイド(副腎皮質ホルモン)は一般に抗炎症作用を示す薬剤で、血液がんでは古くから使われてきました。骨髄腫に対する作用の仕組みはよく分かっていませんが、大量投与により骨髄腫細胞の自滅(アポトーシス)を誘導するため、単独もしくは併用療法で用いられます。デキサメタゾンの大量投与療法では、4日連続の服薬と2〜4週間の休薬を繰り返す(間欠投与)ため、飲み忘れに注意が必要です。
コルチコステロイド(副腎皮質ホルモン)の副作用として、気分の落ち込みや高揚などの精神障害を起こすことがあります。デキサメタゾンを含む長期の併用療法では、不眠症、不安、興奮などの精神障害のほか、体重増加、骨粗鬆症、下肢浮腫との関連が分かっています。
●従来の化学療法薬:アルキル化薬(メルファラン、シクロホスファミド、またはベンダムスチン)やアントラサイクリン系薬剤(ドキソルビシンやそのペグ化リポソーム製剤)など
化学療法は異常な細胞だけでなく正常な細胞も死滅させてしまうため、副作用が強く出ルことはやむを得ません。正常な白血球や血小板が大幅に減少することがあり、その場合は直ちに薬の量を調節します。
併用
多発性骨髄腫の薬物療法では、1種類の薬剤を大量投与する手法の他、複数の薬剤を組み合わせた「併用療法」が主流となっています。多発性骨髄腫の併用療法では、骨髄腫の種類や特徴、患者さんが幹細胞移植の対象となるかどうか等に基づいて、さまざまな組み合わせが用いられます。
移植可な場合の治療法
多発性骨髄腫では、基礎的な健康状態が良好な65歳未満(時に70歳未満)の患者さんに対して、医師は「造血幹細胞移植」を勧めることがあります。目的は、造血幹細胞(最終的に成熟して赤血球、白血球、血小板になる未分化の細胞)をあらかじめ患者さん本人の体内から採取しておいて、大量の抗がん剤を投与し、一気に骨髄腫細胞を叩くことです。造血幹細胞を抗がん剤にさらすことなく、通常よりも大量の抗がん剤を投与できるメリットがあります。
多発性骨髄腫の造血幹細胞移植では、まず事前に「導入療法」と呼ばれる薬物治療が行われます。この薬物治療を3〜4サイクル繰り返して一定の効果が得られた場合、造血幹細胞移植が実施されます。
そのため導入療法では、迅速に高い効果が得られ、なおかつ造血幹細胞の採取効率に悪影響を与えないとされる薬物やその組み合わせが選ばれます。推奨導入療法として、高い効果が期待できる「ボルテゾミブ+デキサメタゾン」併用療法(BD療法)があります。
また、より高い効果を期待できる導入療法として、新規薬剤を含む3剤併用療法であるBCD療法やBAD療法、BLD療法がありますが、同時に副作用も強まります。
なお、導入療法の多くの場合に含まれるボルテゾミブは、腎障害があっても使いやすい薬剤ですが、一方で肺疾患や末梢神経障害の副作用が報告されています。そこで、不安がある患者さんにはLd療法、VAD療法やHDD療法なども選択肢となります。
造血幹細胞移植では、骨髄中の幹細胞ではなく、末梢血幹細胞を使用することが一般的です。事前に患者さん本人の血液から造血幹細胞を採取し、凍結保存しておきます。
その上で大量化学療法を実施します。多発性骨髄腫に対しては、大量メルファラン療法が標準治療です。ここで腫瘍細胞が完全に消えること(完全奏功)が、長期の無増悪生存期間(がんが増えずに安定した状態が続くこと)や、長期生存の指標となることがわかっています。
その後、保存しておいた造血幹細胞を再び体内に戻します。移植した造血幹細胞は血流に乗って骨髄までたどり着き、そこで再び増殖を始めます。通常、2週間以内には白血球数が増えてきます。
患者自身の造血幹細胞を体に戻すので、拒絶反応のリスクはありません。ただし、事前に「導入療法」を行ってから造血幹細胞を採取するとはいえ、骨髄腫細胞が移植片に混入してしまう可能性はゼロにはできません。
移植不可の場合の治療法
移植非適応患者に対する標準治療は現在、D-MPB療法(ダラツマブ+メルファラン、プレドニゾロン、ボルテゾミブ併用)またはD-Ld療法(ダラツマブ+レナリドミド、少量デキサメタゾン併用)です。
患者年齢や末梢神経障害、血栓症などのリスクや肺の間質影の合併の有無などがある場合は、従来のMP療法やMPB療法、Ld療法、MPT療法(保険適応外)などの化学療法の選択肢もあります
MP療法など従来の化学療法の場合は、治療の効果が「安定」(SD)もしくは「不変」(NC)と認められた時から3ヶ月以上、Mタンパクなどの数値が±25%以内を保てた時点で、治療を終了するのが一般的です。
また、レナリドミドやサリドマイドなどの免疫調節薬は、デキサメタゾンとの併用療法によって相乗効果が期待できます。ただし高齢患者さんに対する大量デキサメタゾンの投与は、感染症や血栓症、白内障を誘発する可能性があるため、年齢に応じて減量することが求められます。さらに、以下の注意が必要です。
・ボルテゾミブは、間質性肺炎や重篤な末梢神経障害がある場合は使用を避ける
・レナリドミドは、血栓症や進行性の腎障害がある場合は使用を避ける
・サリドマイドは、血栓症や重篤な末梢神経障害がある場合は使用を避ける
地固め療法と維持療法
多発性骨髄腫における地固め療法とは、初回治療後にまだ体内に潜んでいる骨髄腫細胞を一掃する目的で行う薬物治療です。体内の骨髄腫細胞は、メルファランなどの大量投与療法によって検出できないレベルまで減ったものの、ごくわずかには残っていると考えられます。これを完全に駆逐することが目的です。
多発性骨髄腫の維持療法は、さらにその後、再発を防ぐ目的で薬物療法を1〜2年間、継続するものです。地固め療法は入院で、維持療法は外来で行われます。
地固め療法・維持療法どちらも、「ボルテゾミブorサリドマイドorレナリドミド+コルチコステロイド(副腎皮質ホルモン)」の併用治療が今のところ最も考えられる選択肢です。また地固め療法に関しては、2回目の移植(タンデム移植)という選択肢も考えられます。
ただ、多発性骨髄腫の地固め療法や維持療法は、その投与量、投与レジメン(組み合わせ)や投与期間などは、まだ標準治療として確立されているわけではありません。そのため臨床試験での実施が望ましいとされますが、日常診療で積極的に実施する場合も慎重に決定する必要があります。
合併症の治療
骨の病変や痛み
多発性骨髄腫の合併症として最も多い腰痛や病的骨折の原因は、骨吸収の亢進(破骨細胞の活性化)です。痛みを抑える鎮痛薬が処方されるほか、骨髄腫細胞は放射線照射の効果が出やすいことから、放射線治療が行われます。特定の溶骨病変(骨吸収が進んだ部位)や病的骨折の痛みを取り除く場合や、脊髄あるいは神経根の圧迫が懸念される背骨の病変に対しては、局所放射線照射が有効です。
また、骨折の予防のために放射線照射が行われることもあります。
骨合併症の薬物治療としては、破骨細胞の形成等を妨げて骨吸収を抑えるビスホスホネート製剤やデノスマブ(商品名:ランマーク)の併用によって、骨痛や病的骨折などの減少が期待できるだけでなく、生存期間の延長効果も期待できるようになりました。
多発性骨髄腫患者さんの多くは月に1回、ビスホスホネート製剤(骨密度の低下を遅らせるパミドロン酸や、さらに強力なゾレドロン酸)の静脈注射を続け、骨合併症の発生を抑えています。ただし、ゾレドロン酸は副作用も強く、発熱や一時的な骨の痛みの強まりが起こる場合もあります。こうした副作用に耐えられない場合や腎機能が低い場合は、抗体製剤であるデノスマブが選択肢として検討されます。
なお、ビスホスネート製剤もデノスマブも、低カルシウム血症(手足のしびれなど)や、顎骨壊死(あごの骨の壊死)などの特徴的な有害事象が報告されています。ビタミンDとカルシウムの補充も行いますが、体を動かすことで骨量の減少が抑えられることから、運動を続けることも大事です。
腎障害
多発性骨髄腫では、腎障害も高い頻度で合併します。特に、脱水状態になると腎不全になりやすいので、大量に水分摂取するなどして尿を薄めることが大事です。また、腎機能を悪化させる因子(高カルシウム血症、高尿酸血症、腎機能を障害する薬剤の使用)の改善・回避に努めます。腎臓に重大な問題が発生した場合は、血漿交換(体外に血液を循環させて血漿成分を分離し、病気の原因物質を除去する療法)も検討されます。
感染症
多発性骨髄腫では免疫力低下の他、治療薬の副作用として感染症にかかりやすくなります。細菌感染の場合は抗菌薬の投与が必要なこともあるため、発熱や寒気、痰を伴う咳、皮膚の発赤など、感染の徴候が見られたら直ちに医師の診察を受けるようにします。
特に、プロテアソーム阻害薬(ボルテゾミブ、カルフィルゾミブ、イキサゾミブなど)やモノクローナル抗体(ダラツムマブ、エロツズマブなど)など、薬物療法の種類によっては、帯状疱疹ウイルス感染のリスクもあります。その場合、アシクロビルという経口抗ウイルス薬の長期服用が、ヘルペス感染予防に役立つ可能性があります。感染リスクの高い肺炎球菌とインフルエンザについては、必ずワクチン接種を受けましょう。
貧血
重度の貧血がある場合は、鉄剤の投与のみならず、赤血球の輸血が必要になることがあります。また、赤血球の生産を促すエリスロポエチンやダルベポエチンという薬の服用で、貧血を治療できることがあります。
高カルシウム血症
血液中のカルシウム値が高い場合は、静脈から水分を補給して治療しますが、多発性骨髄腫では多くの場合、ビスホスホネート系薬剤の静脈内注射が必要になります。ビタミンDやカルシウムを多く含む食品を避けることも大事です。
高尿酸血症
血液中の尿酸値が高い場合や広範囲に病変がある場合は、アロプリノールという痛風・高尿酸血症治療薬の使用を検討する場合があります。ただし、アロプリノールは尿酸の産生を阻害する薬で、その過程で腎臓に損傷を与える可能性があります。多発性骨髄腫では腎障害が起きやすいため、使用には十分な注意が必要です。
その他
末梢神経障害や血栓症に対しても、対症療法が行われます。
再発/再燃/難治性の救援療法
骨髄腫細胞の再発・再燃に対する救援療法としては、初回治療の最終投与日から9~12カ月以上経過している場合は、先の導入療法で用いた主要な薬剤(プロテアソーム阻害薬や免疫調節薬)を含む2~3剤の併用療法を試すことが考えられます。同じ薬剤やその組み合わせで、再び十分な効果を得られる場合も多いためです。あるいは、主となる薬剤を初回に使用していないものに切り替えた、新たな治療に変更することもあります。
初回治療の終了から9〜12カ月未満に骨髄腫が再発・再燃した場合や、治療中の進行・増悪(難治性)の場合の救援療法には、初回治療で使用していない主要薬剤を含む救援療法を試みることが推奨されます。薬剤の選択にあたっては、これまでの治療内容や、患者の持病(合併症や臓器機能障害)などを考慮する必要があります。
一般に、外来で実施しやすく患者さんの負担が少ないのが、「プロテアソーム阻害薬または免疫調節薬+デキサメタゾン」の2剤併用療法です。また、3剤併用療法の場合は、効果は高くても副作用も強いことがあり、個々の患者さんの状態をよく考慮して実施の可否を判断します。
移植可能な60歳未満の多発性骨髄腫患者さんで、上記の救援療法が効果を上げた場合、2回目の「(自家)造血幹細胞移植+大量メルファラン療法」を行うという選択肢もあります。特に、高リスク染色体を持たず(染色体標準リスク病型)、初回移植の効果を長期間保てた患者さんでは、高い効果が期待できます。
なお、同じく救援療法が効果を発揮し、なおかつ白血球の型であるHLA(ヒト白血球抗原)が適合するドナーがいれば、「同種造血幹細胞移植」(ドナーから提供された造血幹細胞を移植するもの)という選択肢もあります。ただ、移植後早期の死亡率が高く再発・再燃の確率も高いため、臨床試験での実施が望ましいとされています。
がん種一覧
多発性骨髄腫
多発性骨髄腫