患者会とも連携し希少がんの創薬と情報発信を~第2回希少がん患者サミット~つながろう!つなげよう!希少がん~私たちの命をつなぐ連携~


  • [公開日]2021.10.15
  • [最終更新日]2021.10.14

 日本希少がん患者会ネットワーク(RCJ)が、9月18日、「第2回希少がん患者サミット~つながろう!つなげよう!希少がん~私たちの命をつなぐ連携~」をオンライン開催した。標準治療がない場合もある希少がんの患者にとって、新しい治療法の開発とその情報をどう入手するかは重要な問題だ。同サミットの中から、地域医療機能推進機構大阪病院長で国立がん研究センター中央病院前院長の西田俊朗氏の講演「希少がんの診療と治療開発のありかた」、京都大学大学院医学研究科腫瘍薬物治療学講座教授の武藤学氏の講演「希少がんとゲノム医療」、パネルディスカッションの様子を中心にレポートする。

希少がんの病理診断と外科治療、研究開発は集約化が必要

 希少がんは、発生率が10万人当たり6例未満のまれながんのことで、約190~200もの種類がある。それぞれの患者数は少ないものの、日本のがん患者の約20%は、希少がんの患者だ。

「希少がんの課題は、一言で言えば、患者数の多いがんに比べて予後が悪いということ。これは、ヨーロッパなどでも同じです。私自身は、希少性と特徴に応じた集約化、情報の収集・管理・提供を行うことで、いくつかの問題は解決できるのではないかと思っています」。西田氏は講演の中で、そう指摘した。


(地域医療機能推進機構 大阪病院 院長 西田 俊朗 先生)

 予後が悪い原因の一つに、肉腫であるのに良性の腫瘍と診断され、治療が遅れたり適切な治療が施されなかったりするなど、専門の病理医と一般の病理医との診断力の差がある。厚生労働省の研究班の調査では、肉腫専門の病理医の診断で何らかの変更があった事例は35.8%(225例)、治療方針が変更された事例は14.6%(92例)だった。

 こういった課題を解決するために、国立がん研究センターでは、日本病理学会と連携して、がん診療連携拠点病院(以下、がん拠点病院)などの病理診断の支援を行う「病理診断コンサルテーション」を始めている。

「一般病理医の希少がんに対する認知度を上げ、専門病理医の育成をして、病理医の中でも専門医ボードを作って行く必要があります。また、外科治療に関しては、骨肉腫、軟部肉腫、眼腫瘍など希少性に応じた集約化が必要な希少がんと、NET(神経内分泌腫瘍)、GISTなどがん拠点病院での外科治療が可能な希少がんに分けられます。薬物療法など内科治療は基本的にはがん拠点病院で行い、開発的医療は集約化が必要。希少がんネットワークでデータベースを構築し、相談に来た患者さんをしっかりと専門医につなぐ仕組みを作らないといけないと考えています。患者目線での情報提供をするために、ぜひ、RCJの皆さんにもご協力いただきたいです」と西田氏は強調した。

希少がんのことは全国3カ所の希少がんセンター・ホットラインへ相談

 希少がんの専門医などについての情報については、国立がん研究センター、大阪国際がんセンター、九州大学病院が希少がんセンターを開設し、「希少がんホットライン」で相談支援を行っている。

全国3カ所の希少がんホットライン

 さらに、国立がん研究センターなどを中心に、希少がんの患者へ新しい治療機会の提供と研究開発をする「マスターキープロジェクト(MASTER KEY Project)」も2017年から進められている。RCJと連携協定を締結し、北海道大学、東北大学、国立がん研究センター中央病院、京都大学、九州大学が参加する産学共同プロジェクトだ。「データベースの構築」と「治験の推進」の2つを柱にしたマスターキープロジェクトには2042人の希少がん患者がレジストリ登録され、165人(2021年8月末現在)が副試験(臨床試験)に参加している。

がんゲノム医療で効果の高い治療が見つかる可能性があるが問題点も

 希少がんでも、効果の高い薬物療法に結びつく可能性が期待されるのが、次世代シークエンサーによって100種類以上の遺伝子異常を網羅的に調べる「がんゲノム医療」による治療法選択だ。日本では、国立がん研究センターが開発し124個の遺伝子異常を調べる「オンコガイド(OncoGuide)NCCオンコパネル」と324個の遺伝子異常を調べる「ファウンデーションワン(FoundationOne)CDxがんゲノムプロファイル」というがん遺伝子パネル検査が、保険診療で使えるようになっている。今年8月には、血液を用いて、324個の遺伝子異常の有無を調べる「ファウンデーションワンリキッド(FoundationOne Liquid) CDxがんゲノムプロファイル」も保険適用になった。

 京都大学大学院医学研究科腫瘍薬物治療学講座教授の武藤学氏は、「希少がんとゲノム医療」をテーマにした講演の中で、「がん遺伝子パネル検査」の仕組みについて説明したうえで、その問題点を次のように指摘した。


(京都大学大学院医学研究科 腫瘍薬物治療学講座 武藤 学 教授)

「我が国における遺伝子パネル検査の対象は、標準治療のない固形がんの患者さん、標準治療が終了となったか終了が見込まれる患者さんですが、もう少し早い適切な段階で検査ができるようにする必要があります。また、標準治療がない原発不明がんや希少がんの患者さんに、治療薬につながりそうな遺伝子変異が見つかっても、適応症になっていないがんにはその薬は使えません」

 こうした背景もあり、国立がん研究センター・がんゲノム情報管理センター(C-CAT)データによると、2019年6月~2021年6月末までにがん遺伝子パネル検査を受けた1万8239人のうち、実際に治療に結びついた患者は8.1%と限定的だ。

 一方で、がん遺伝子パネル検査の結果、遺伝子変異が見つかったけれども、効果の高そうな治療薬が適応外の場合には、患者の申し出があれば、製薬会社が無償で薬剤を提供する「患者申出療養制度」がスタートしている。ただし、「登録してから薬剤提供まで1カ月半から2カ月かかるのが課題」(武藤氏)という。

希少がんの薬の承認にはリアルワールドデータの活用など新たな仕組みづくり必要

 がんゲノム医療が進んでいる米国では、治療前に次世代シークエンサーで遺伝子変異の有無を確認し、その結果によって薬物療法を選択する。3万2000例を総合的に解析した結果では、遺伝子変異に対応したゲノム医療を受けた群は、遺伝子変異と関係ない治療を受けた群と比べて奏効率が3倍で、無憎悪生存期間、全生存期間も長かった。

 先述の通り、日本では、がん遺伝子パネル検査が受けられるのは、標準治療が終わった患者に限られ、また検査の結果が出るまでに4~6週間かかるため、結果が出たときには全身状態が悪化して薬物療法が受けられないケースもある。京都大学医学部附属病院、東京大学医学部附属病院など6病院では、薬物療法や放射線療法をしていない進行再発固形がんの患者を対象に、ファウンデーションワンによるがん遺伝子パネル検査を行う「先進医療」を実施中だ。それとは別に、日本臨床腫瘍学会、日本癌治療学会などがん関連8学会が、2022年度の診療報酬改定に向け、適切な時期にがん遺伝子パネル検査が受けられるように求めていくという。

「精密医療(プレシジョンメディシン、がんゲノム医療)は、無駄な治療を減らして効果的な治療を提供することで、医療費削減にもつながる可能性があります。検査代が高い、医療費が高いという経済学者の悲観的な見方はありますが、これがうまくいけば、患者さんが社会復帰でき、社会全体のコストの削減につながる可能性があります。日本では、社会全体を見据えた制度設計がなされていないのではないでしょうか」。そう話す武藤氏は、保険医療がひっ迫する中、がん遺伝子パネル検査など高額な高度医療の一部を自費診療にし、生命保険金の生前給付などで賄うといった仕組みづくりの検討も必要ではないかと提案した。

 さらに、希少がんの治療薬の開発については、「米国では、電子カルテや民間保険などに蓄積された臨床情報がリアルワールドデータとして薬剤の承認に活用されるようになってきています」と話し、従来とは違う視点で効率的かつ迅速に治療薬を承認する方法の検討を求めた。

「世界の人口の半分はアジア人と言われますが、ゲノム医療は白人が中心の欧米人のデータを基にしています。日本でゲノム医療を進めるときに、欧米人が主体のデータを使って本当にいいかという疑問が生じます」と武藤氏。希少がん患者の薬物療法の選択については、「患者数の多いがんに多い遺伝子変異の有無を調べるがんパネル検査ではなく、全ゲノムを見たほうがいい場合もありますし、タンパクの変化などゲノム以外の情報も解析して治療薬を選ぶビヨンドゲノムの時代になってきています。非常なまれながんでは、患者さんからがんの組織をマウスに植え付けて、適切な薬を見つけるようなこともドイツでは行われています。希少がんに対しては、何らかの特殊な対応が必要です」と強調した。

希少がん患者に治療を届けるためにも治験の計画段階から患者・市民の参画を

 パネルディスカッションでは、「治療法のない希少がんの患者にどのような治療を届けて行けるのか」、「そのために何ができるのか」を話し合った。

 中外製薬株式会社上席執行役員の山田尚文氏は、次のように話し、希少がんの治療薬開発にも意欲を示した。「以前よりは、製薬企業が希少がんに対する薬剤を開発するようになってきていると思います。ただ、ウルトラレア(非常にまれな)がんになると開発のハードルが高くなりますので、海外の患者さんも含めてデータを上手く使って、アカデミア、患者団体の方々とうまくアプローチをかけていけるか、どれだけ協力してやっていけるかにかかっています」

 RCJ理事長でNPO法人パンキャンジャパン理事長の眞島喜幸氏は、「例えば、パンキャンジャパンでは、神経内分泌腫瘍の世界中の患者団体と連合体を組み、治験への患者さんの登録を支援する活動もしています。希少がんは世界中の患者さんと力を合わせないと治療薬の開発にはつながらないという意識が強いので、アカデミア、企業の方々ともさまざまな意味で協力させていただけたらと考えています」と述べた。

 欧米では治験の計画段階から患者・市民参画(PPI:Patient and Public Involvement)が進んでおり、日本でも徐々に、PPIが広がってきている。日本医療研究開発機構(AMED)医薬品プロジェクトプログラムディレクターで山梨大学副学長の岩崎甫氏は、PPIジャパン代表理事として、「臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査」委員会の監修で作成した「患者・市民参画(PPI)ガイドブック」を紹介。「希少がん、難病等々のメカニズムをベースにしたアプローチは、医薬品の開発の仕方自体を変えますし、効率的に患者さんに提供できる非常にいいものだと思いますし、そういう事例が多々出てきています。日本からも新しい治療法を開発して、何らかのベネフィットにつながればありがたい。そのためにも、患者さんの声は非常に重要です。多くの方の声を聞かせていただければと思います」と呼びかけた。

 大阪国際がんセンター総長の松浦成昭氏は、2020年に発足した同センターと九州大学病院の希少がんセンター・希少がんホットラインをもっと多くの希少がん患者に活用してもらうためにも、患者会の協力を求めた。

 RCJが、2018年に実施した「希少がん患者実態調査」では、回答者(502人)の74%が「適切な情報へのアクセス」、66%が「新規治療法の確立」、63%が「専門治療体制の確立」、35%が「ゲノム解析に基づいた治療の確立」を望んでいた。また、10%が何らかの臨床試験に参加した経験があり、参加していない患者のうち63%の患者が将来の参加に関心を持っていた。

 RCJは、今年度、希少がんに関する2回目のアンケートを実施する予定という。ゲノム医療やタンパクの変化、リアルワールドデータなどの活用も含め、最新の知見を取り入れて、少しでも多くの薬や治療法とその情報を希少がんの患者に効率よく届けることが求められている。

(取材・文/医療ライター・福島安紀)

 

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