がん情報サイト「オンコロ」

治験情報サイトが動画コンテンツを作った理由~官民の垣根を超えた有志チームが目指すもの

2024年5月、一般の方向け臨床・治験情報サイトである「臨床研究情報ポータルサイト」に動画コンテンツ「くすりができるまで:くすりの妖精メディとめぐる旅」が公開されました。

この動画コンテンツでは、お薬ができるまでの流れをストーリー仕立てのアニメーションで解説し、子どもから大人まで理解しやすくまとめられています。また、同サイトでは、これまでに臨床研究の理解に役立つ絵本や用語集などのコンテンツも公開しています。

くすりができるまで:くすりの妖精メディとめぐる旅」(動画)

今回は、同サイトを運営する国立保健医療科学院 疫学・統計研究部の湯川 慶子 上席主任研究官に、そもそも国立保健医療科学院や臨床研究情報ポータルとはどのようなウェブサイトなのか、動画コンテンツを作成した目的を伺いました。また、実際に動画を一緒に制作した製薬会社有志チームのAさんとBさんにもインタビューにご同席いただきました。

湯川 慶子(ゆかわ けいこ)先生
国立保健医療科学院 疫学・統計研究部 上席主任研究官
一橋大学法学部卒業後、東京大学大学院医学系研究科修士課程修了、2012年同博士課程修了。博士(保健学)。専門は、医療社会学、健康教育、医療コミュニケーション、倫理的法的社会的課題。治験の啓発、患者の自己管理、健康被害、犯罪被害者支援などで当事者の視点に立った研究に従事するとともに、患者や家族、子ども達にわかりやすい書籍や教材作成を行っている。

「治験の周知啓発を行ってほしい」という共通課題から

茂木:本日はよろしくお願いいたします。まず、今回動画を公開した臨床研究情報ポータルサイトと、国立保健医療科学院という組織について教えてください。

湯川先生:ある患者さん一人の病気や健康だけではなくて、地域社会や日本、世界全体で取り組むべき健康課題を解決していくことを「公衆衛生」と呼びますが、国立保健医療科学院(以下、科学院)は、公衆衛生に関する研修と研究を行う、厚生労働省の試験研究機関です。

臨床研究情報ポータルサイトは、元々は日本国内にある4つの臨床試験登録のデータベース(jRCT、Japic、JMACCT、UMIN)を横断的検索できるサイトとして2008年から稼働しています。現在は、jRCTにJapic、JMACCTの情報が統合されていますので、jRCTとUMINの情報を集約し、患者さんやご家族にわかりやすく提供しています。


(湯川先生ご提供)

茂木:臨床研究情報ポータルサイトには、これまでもQ&Aや用語集など、治験・臨床試験を理解する助けとなるコンテンツが掲載されていましたが、今回動画を制作するに至った背景を教えてください。

湯川先生:まず、Q&Aや用語集については、治験や臨床研究は難しい言葉が多いので、患者さんの理解を助けて、納得して参加を決められるように作成しました。

ただ、治験は、新薬開発の過程の一部でもあり、薬のもとの物質の発見や研究段階から実際に処方されて使用できるまでの全体を伝えることが、治験についてより理解しやすくなると感じていました。そこで、治験や薬ができるまでのプロセスを理解するための絵本を、令和2年度~4年度までの「治験・臨床研究の質の向上に向けた国民の主体的参加を促すための環境整備に関する研究」の中で作成しました。

一方、「治験・臨床研究データベース等の患者・国民のユーザビリティ向上に向けた研究」で行った、医療関係者や製薬会社、患者さんなどの有識者ヒアリングで、当サイト等に関する要望を伺ったところ、「こちらのサイト(臨床研究情報ポータルサイト)や治験についての周知啓発を行ってほしい」という点が、大きな課題として挙げられました。

茂木:絵本のプロジェクトが先に始まったのですね。

湯川先生:はい。治験は、1相~3相、製造販売後調査などのステップがあり、複雑ですよね。また、新型コロナウイルス感染症の流行を経て、『治験』という言葉がより一般的になったとは思いますが、以前は『治験=人体実験』といった、ネガティブなイメージもありましたので、そもそも治験は、基礎研究や様々な検討の後に、安全性有効性についても確認され、治験を実施できると判断されたうえで開始されていることなどを知っていただきたい、という思いから、薬ができるまでの流れを絵本にまとめました。

作成当時、専門的な内容を絵本でわかりやすく説明する取組みが様々な分野で行われており、「治験」についても、小学生のお子さんから大人までご覧頂き、家族みんなで治験について話し合って頂きたいという意図で、『小学校4年生の女の子が自由研究で、病気のお友達のために薬ができるまでを調べる』というストーリーとしました。


(湯川先生ご提供)

こちらの絵本は臨床研究情報ポータルで公開するとともに、国立がん研究センターの『がん情報ギフト』プロジェクトの中で、全国650ほどの公共図書館に寄贈しました。また、全国のがん拠点病院の患者相談窓口や、難病相談支援センターにも配布いたしました。

茂木:図書館にも配布するなど、患者さんやご家族だけでなく、病気になる前の方にも触れていただく機会を設けられたのですね。そこから動画制作に至るきっかけは、何かあったのでしょうか。

湯川先生:「治験を説明する絵本を作成している」と学会や講演で案内していたところ、それをご覧になった製薬会社の方々から「動画を作ろうと思っているので一緒に作りませんか」とお声がけいただきました。

科学院に対しても、治験に関する動画を作成してくださいという要望はあったものの、動画を作るのはなかなか難しいかなと個人的には考えていました。製薬会社さんは専門家ですので、ぜひご一緒させていただきたいとお返事いたしました。

製薬会社Aさん:製薬業界の団体として、患者さんの治験への参画機会や参画意識を高めていこうと考える中で、『患者さんが治験の情報にアクセスできていない』という課題感がありました。また、一般の方に治験のことをより知っていただく、医学の知識が無い方にも理解していただくためには、動画がよいだろうと。ただ、動画は製薬会社各社や色々な団体が作っていて、インターネットでしっかり調べると結構見つかるんですけれども、簡単な検索ではヒットせず、なかなかアクセスできていない現状がありました。

そこで、絵本を作られていて、ポータルサイトも運営されている湯川先生(科学院)とコラボレーションすることが、(作成後の周知を考えると)公的な立場であることや、アクセシビリティの面でもよいのではないかと、ご相談をさせていただきました。

各社の啓発動画を比較検討、家族で見られる動画を

茂木:絵本や動画のテーマやシナリオはどのように考案されたのでしょうか。

湯川先生:絵本については、医師会のキャラクターである「ちけんくん」や、治験コーディネーター(CRC)さんや医師が治験について説明するなどのいくつかの設定はありましたが、主人公や登場人物、ストーリーは自由に考えさせていただきました。小学3、4年生くらいから理解できる本にしたいと思い、小学校の教科書や学習教材などを参考に、また、実際に子どもたちにも意見を聞きながら構想を練りました。

元々、私自身も絵本が好きで、患者教育の観点からも子どもでも大人でも勉強になるような絵本を作りたいと思っていたところに、こちらのお話をいただいたので、非常に前向 きに作成させていただきました。

茂木:動画に関してはいかがでしょうか。

湯川先生:動画については、各製薬会社さんが啓発動画を出されているので、それらの複数の動画をプロジェクトメンバーで比較検討しました。各社ごとに一長一短あり、長所としては、『薬のできるステップがわかりやすく整理されている』『治験の対象者や目的が理解しやすい』などがあげられた一方、短所としては、『専門用語が使われていて難しい』『登場するキャラクターが個性的で好き嫌いがわかれる』といった点があがりました。

そこで、今回の動画は、サザエさんや、ジブリ映画のトトロなど『家族みんなで楽しく見られる』番組のようなイメージで作りたいと考えました。具体的には、小学生の姉弟が親しみやすい薬博士のメディと一緒に薬作りを学ぶ旅をするというストーリーを設定し、メディの時計型リュックはタイムマシーンに変身して10数年をあっという間に連れて行ってくれます。また、音声を出さなくても理解いただけるよう、テロップもつけました。


(画像は動画キャプチャ)

製薬会社Aさん:治験が『素晴らしいもの』と伝わってもある意味では困りますし、ネガティブなものと伝わるのも困るので、バランスよく、ニュートラルに、事実は事実としてしっかり伝えるという点を意識しました。一方で、絵の中の道具や色使いは湯川先生に相談しながら、柔らかい印象になるよう工夫しました。想定として、(治験を知る)きっかけになってほしいという意図があったので、興味を持ち始めた方のためにショートバージョンを、より詳細を知りたい方向けにロングバージョンを作りました。

製薬会社Bさん:最初のキャラクター設定にかなり苦労した記憶があります。湯川先生がおっしゃっていた通り、10個ほどある(各社の動画を)全て手分けして、良い点・悪い点などの論評をエクセルにまとめていきました。また、お薬の研究が進むステップをどこまで入れ込むのかという点にも苦労して、アニメーターさんと何度もやり取りをした記憶があります。

茂木:ありがとうございます。今後の展開について伺いたいのですが、この動画をどのように広めていくかについてご予定はありますか?

湯川先生:今後、全国の病院や薬局の待ち時間に放映したり、学校での健康教育、薬教育の中で、『薬ができるまでにはこういう過程がある』ことを知るための教育ツールとして活用していただければと思います。

特に、例えば、治療中の患者さんが、今後治験を提案された場合、「治験とは何だろう」「私はこれから何をするのだろう」と不安に思った際に、CRCさんや患者相談窓口の方が、治験の位置づけや説明をするためにお使いいただけると嬉しいです。

また、今健康な方々も、いつか病気になった時に、「治験」という言葉を正しい理解で受け入れられるように、病気になる前からこれらの情報に触れるきっかけになればと考えています。

患者さんのために医師も治験を必死に探している

茂木:最後にオンコロ読者の皆さんへメッセージをお願いします。

製薬会社Aさん:この動画を見ていただいて、薬がどのようにできているのかを知っていただき、治験という言葉が日常会話にも出てくるようになると、より患者さん参加型の治験環境の実現につながり、より患者さんの求める薬ができやすくなると思います。その結果、患者さんもそのご家族にとっても良い世界になる。それに少しでも貢献できればという思いで、作成に携わらせていただきました。

製薬会社Bさん:薬というものが「こういう風に作られるんだよね」ということを皆さんに知っていただいて、治験への理解をもう少し深めていただき、日本がglobalに参入できる状況を維持していかないと、ドラッグラグやドラッグロスは無くならないと思うので、いろんなところでこの動画を活用していただき、広く・正しく知っていただければと思います。

湯川先生:私は、患者さんを支援する研究者として、がんサバイバーの方のご経験や現在治療中の方のお話、患者さんのご家族のお話をたくさん伺ってきました。また、友人や家族など身近な人ががんに罹患する経験もしており、『がんとたたかう』『がんとともに生きていく』、そして『治験』についても自分ごととして考えています。

さらに、これまで、治験の啓発や研究をする中で、主治医の先生が担当の患者さんにあう治験を懸命に探す姿を見てきました。よく『治験は未来への贈り物』と言われますが、これは『現在の患者さんで開発中の薬を試して、未来に貢献しませんか』という意味ではなく、『まず、あなたを治したい。あわせて、医療も発展したら…』という思いで医師は提案されていると理解しています。

以上のように、治験は決して特殊なものではないので、主治医の先生から「治験に参加してみませんか」と提案されたときに、こわく思ったり、驚いたりせずに、まずはプラスの情報もマイナスの情報も提供してもらい、ご本人やご家族の皆様で治験に参加するかを検討していただきたいと思います。

あわせて、ポータルサイトやご紹介した絵本や動画などは、患者さんやご家族が自ら治験情報を探しやすく、治験を正しく理解して頂きたいという思いから作成しております。近い将来、患者さん側から「この治験に参加してみたいのですが」と主治医や医療従事者に気軽に相談できるような体制が整うことを願っております。

関連リンク
臨床研究情報ポータルサイト
国立保健医療科学院 ホームページ

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