希少がんに立ち向かう医師の想い、そして新たな時代への医療とは [Vol.3]川井 章先生(国立がん研究センター骨軟部腫瘍科長/希少がんセンター長)


  • [公開日]2017.12.08
  • [最終更新日]2017.12.08

人口10万人あたりに6例未満の頻度で発生する、“まれ”ながんである「希少がん」。その定義ができたのは、今からほんの数年前の2015年のことでした。その翌年、2016年のがん対策基本法の改正では「希少がんの研究促進」が盛り込まれるまでになり、世の中の関心も高まってきています。

引き続きお話をうかがうのは、国立がん研究センター骨軟部腫瘍科長であり、希少がんセンター長の川井章先生。今回は、2018年2月に記念すべき第1回の学術集会を開催する「日本サルコーマ治療研究学会」から考えるこれからの医療についてお聞きします。聞き手は軟部腫瘍体験者でオンコロスタッフの鳥井大吾です。(最終回/全3回)

第1回記事:希少がんに立ち向かう医師の想い、そして新たな時代への医療とは [Vol.1]
第2回記事:希少がんに立ち向かう医師の想い、そして新たな時代への医療とは [Vol.2]

医療の進歩により、学会の柔軟性も重要に


鳥井:「第1回日本サルコーマ治療研究学会(JSTAR)学術集会」が、2018年2月23〜24日に東京にて開かれます。記念すべき第1回目ですね。肉腫(サルコーマ/骨軟部腫瘍)を学ぶ場というのは、これまでもあったのでしょうか。

川井:肉腫の多く(60~70%程度)は整形外科が診療する四肢や体幹の骨軟部組織から発生することから、日本整形外科学会の主宰する3学術集会の一つとして日本整形外科学会骨軟部腫瘍学術集会があります。今年、50周年を迎えました。

鳥井:骨軟部腫瘍学術集会とは別に、新たに学会を開く必要があると思われた、その背景を教えてください。

川井:最も大きな理由は肉腫を取り巻く医療の進歩・変化です。具体的には、肉腫に対する内科的なお薬の治療、外科的な手術的治療のそれぞれにおいて、求められる知識と技術が爆発的に進歩、複雑化してきているという状況があります。

たとえば軟部肉腫に対して効果が期待できる抗がん剤は、これまでドキソルビシンとイホマイドくらいしかありませんでしたが、過去5年間の間にパゾパニブ、トラベクテジン、エリブリンという新しい薬が次々と登場してきました。また、後腹膜や胸壁など体幹部に発生した肉腫の外科的治療も急速に進歩しています。これらの変化全てに対応し、最高の形で患者さんに届け、さらにもっと発展させてゆくためには、一つの診療科だけでは限界があり、どうしても多くの診療科が協力する必要が出てきたのです。

鳥井:肉腫の治療が進歩・多様化してきたところが大きいのですね。

川井:そうですね。肉腫の診療において、いわゆる集学的治療(※)、Multidisciplinary Team(集学的治療を行う医療チーム)の確立が不可欠になってきています。(※手術、薬物、放射線など、様々な治療法を組み合わせて行う治療)

もちろん、発生部位など、肉腫という病気そのものが変わるわけではありませんから、その診断と治療において第一線の整形外科医が担う重要な役割に変わりはありません。専門家、非専門家を問わず全国にはりめぐらされた質の高い整形外科医のネットワークがあって初めて、適切な早期診断からリハビリ・社会復帰まで、現在の世界最高レベルのわが国の肉腫医療が達成されているということは忘れてはならないと思います。

日本整形外科学会骨軟部腫瘍学術集会が、骨や筋肉など運動器に発生した肉腫、骨転移や良性骨腫瘍などより幅広い疾患や病態まで対応する“兄貴分の学会”だとすると、サルコーマ治療研究学会は、これまで等閑視されてきた内臓や後腹膜の肉腫や、より集学的な治療にフォーカスした“弟分の学会”と言えるかもしれません。お互いに、お互いがあってよかったといえるような、補完し、高めあえるような関係にしていきたいと思っています。

鳥井:そのほかにも目指しているものはありますか。

川井:肉腫のような希少がんの領域では、一つの国だけで大規模な臨床試験を実施したり、新たな薬、エビデンスを創出したりしてゆくことは困難ですので、国際的な協力が欠かせません。欧米、アジアの研究者や学会との緊密な連携を図っていきたいと思います。

もう一つ、新たな学会が重視しているのは患者さんとの連携です。全ての肉腫医療は、突き詰めると患者の命、QOL、満足度の向上を目指した医療者と患者の協働作業にほかなりません。そのもっとも重要なパートナーである患者さん、患者会の方々と一緒に、これからの肉腫医療のあるべき姿を考えてゆきたいと思っています。

新たな学会はMultidisciplinary(集学的)であると同時に、International(国際的)、Patient-oriented(患者さん中心)であることを目指したいと思います。

患者家族の経験のある医師として伝えたいこと


鳥井:川井先生は、患者家族の経験のある医師として、患者さんにどんなことを伝えていきたいと思いますか。

川井:私は、肉腫で足を切る人をなくしたい、という非常に個人的な思いから医師を目指しましたが、今、もし当時の妹と同じような患者さんが来られたら、きっと足を残した治療を提示してあげられると思います。これは、この数十年の間に、私たちの先達や同世代の医師が成し遂げた大きな進歩だと思います。

その過程で私自身、多くのことを患者さんや病気から学ばせていただきました。良かれと思って行ったことが結果的に患者さんに辛い思いをさせることになったことも一度ならずあります。純粋だけど未熟な若者が無我夢中で数十年過ごしてみたら、知らないうちに遠くに見えた目標が手の届くところにあって、その向こうにさらに大きなたくさんの課題が見えてきました。髪は白くなって、お腹にも純粋な気持ちにも、いろいろな贅肉がくっついてきましたが(笑)。

鳥井さんも、病気になって本当に大変だったと思いますが、そこから、人生をかけてやりたいことを見つけて、今、走り出しておられます。患者会の皆さんも、肉腫に対する思い、同じ病気で苦しむ仲間の役に立ちたいという純粋な気持ちで活動しておられます。

肉腫で苦しむ人をなくしたい、助けたい、という根本において、医療者、患者会、患者アドボケイトの間に、何の違いもありません。医者はその気持ちを形にする訓練を受けたプロですが、患者会、患者アドボケートの方々はプロでない分、プロである我々が見失いがちな純粋な志を持ち続けることができます。三者の協働はきっとうまくゆくと信じています。

私が医師になった時のビジョンは「肉腫で手足を切る人をなくす」というシンプルなものでした。しかし、長年肉腫に関わってくる中で、人間にとって最も大切なものは命であるということ、そして、その価値を共有しつつ、その時できうる最善のことを一緒に悩み、考え、実行してゆくことが肉腫の医療そのものであるということを、今、改めて痛感しています。

「肉腫で命を落とす人がいなくなること」「肉腫で障害を持つ人がいなくなること」「肉腫で辛い思いをする人がいなくなること」が、私のこれからの目標です。

鳥井:先生の医療に対する想い、ブレない志に、がん体験者の一人として感銘を受けました。本日はありがとうございました!

第1回日本サルコーマ治療研究学会学術集会:
http://www.congre.co.jp/jstar2018/

(写真・文:木口マリ)

●プロフィール:
川井 章
1961年生まれ、岡山育ち、岡山大学卒業。大学病院勤務、米国留学を経て2002年より国立がんセンター整形外科(現国立がん研究センター骨軟部腫瘍科)勤務。2015年より希少がんセンター長。

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