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治験は「生きる可能性を追求できるもの」のひとつ、しかし理解も必要
― 第1回に引き続き、よろしくお願いします。「近年の肺がん医療は飛躍的に進歩している」というのは周知の事実ですが、お二人の実感としてはいかがでしょうか。 光冨:分子標的薬(※)のひとつである「イレッサ」が登場した時は、とても衝撃的でした。それでも本当に効果のある患者さんは非常に少なかったんです。しかし、続いて登場した免疫チェックポイント阻害薬(※)は、肺がん患者さんのうち2割程度の人にかなりの効果があり、中には治癒に近い人も出てきています。 先日のESMO(欧州臨床腫瘍学会)の学術集会で、また肺がん治療の歴史が変わるような発表がありました。来年も引き続き変わっていくような予感があります。治療の進歩という意味で、すばらしい時代が続いていると実感しています。 長谷川:これまでは、肺がんステージⅣの患者さんが「今を生きる」というと、逆に「未来は見られない」ということでした。しかし、新薬の登場により、「未来を見られるようになっている人がいる」という実例も身近に起こっています。 もちろん「今」を生きるのは大切だけれども、「未来から逆算して今がある」と考えることができるようになった。そんな治療ができるようになってきたと感じています。 ※分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬については「故 野際陽子さん、中村獅童さん、いときんさんを襲った肺腺がんとは?その治療法とは?最新治療を専門医が解説! Vol.2 光冨 徹哉先生」を参照 ― 新薬の開発には、治験が必要不可欠です。患者さんの中には、「人体実験なの?」や「新薬ならいいに違いない」など、誤ったイメージを持っている方も多いようです。 長谷川:私が患者の一人として医療を学んで気づいたのは、「治験は治療の選択肢のひとつ」ということでした。「これ以上治療法がない時にやるもの」や「人体実験」ではなく、「患者として、自分が生きる可能性を追求できるもののひとつ」と考えてもいい時代になっています。 光冨:新しい薬の開発には、患者さんの協力が絶対に必要です。しかし、まずみなさんに知っていただきたいのが、治験というと「最新の良い治療」のように感じてしまわれるかもしれませんが、効果も安全性も確立されていない治療であり、必ずしも良い結果が得られるとは限らない、ということです。 治験というのは研究的側面があるので、常に良い結果になるとは限りません。「従来の治療法と新しい治療法を比較する試験」の場合は、治験に参加しても、新しい治療法に割り付けられない場合もあります。そのあたりの理解も必要ですね。 長谷川:患者も、現在ある治療法や治験など、選択肢を総合的に見て考えることが必要だろうと思います。でも、それがなかなか難しい。 現在のところ、治験の情報を得られる場や、それを丁寧に教えてくれるところもなかなかないですし、診察室で医師に尋ねる時間もありません。そのほか、治験は保険医療ではないので、それに対してどこまでやるかを考えるのも非常に難しいところです。
薬があっても使えない!? 今、“制度”に生じている問題とは?
― 最近では、それぞれの体の特性に合わせた治療を行う「個別化医療」が話題となっています。「コンパニオン診断」という言葉も聞かれるようになりましたが、これはどのようなものでしょうか。 光冨:コンパニオン診断とは、患者さんの遺伝子異常などを検査し、特定の治療薬がその人に効きそうかどうかを判断するための診断のことを言います。「この検査で陽性にならないとこの治療薬が使えない」といった1対1関係になっており、したがって検査と薬が対で友達のようになっているということで、コンパニオンと言われます。 例えば、「A社の検査で診断したら(ア)という薬、B社の検査なら(イ)という薬、C社の検査なら(ウ)という薬を使う」というものです。「臨床試験がそのセットで行われていた」という理由で、実際の治療で使えるようになった時も、同様のセットを使う決まりになっています。 ― 一見、合理的に思えるコンパニオン診断ですが、最近では問題が生じているようですね。 光冨:セットが固定されてしまって、応用が効かないという点が問題になっています。例えば、A、B、Cの検査のいずれも、「実は、同じ遺伝子異常を調べている」という場合もあります。しかしAの検査をした人が(イ)や(ウ)の薬を使うことはできません。「Aの検査なら(ア)しか使えない」ということになってしまっています。 そのため、「Aの検査をして(ア)の薬を使っていた患者さんが、(ア)が効かなくなったために(イ)を使いたいという場合、たとえ(イ)が効くであろうと分かっていても、(イ)とセットのBの検査をしなおさないといけない」という事例が生じています。 また、最近話題の「次世代シークエンサー」のような、より精度が高くて簡単にできる検査が新たに開発されたとしても、それは(ア)(イ)(ウ)の薬とセットで臨床試験がされていないから使えない、ということになってしまいます。普通に考えると不合理ですよね。ここまで杓子定規になっているのは日本だけです(笑)。 ― 近頃は、EGFR阻害薬やALK(アルク)阻害薬のほか、「BRAF(ビーラフ)阻害薬」も登場してきています。ここでも同様な問題は生じているのでしょうか。 光冨:まず、BRAF阻害薬の現状からお話すると、現在、薬の承認が遅れています。皮膚のがんである悪性黒色腫の治療薬としてはすでにわが国で承認されているため「適応拡大」なのですが、BRAF阻害薬を使用するためのコンパニオン診断薬の承認申請が遅れていて、承認は半年くらい先になるだろうという状況です。(2017年10月現在) 日本のがんゲノムのスクリーニングプロジェクトを行なっているSCRUM-Japan(スクラムジャパン)で検査を受けられた肺がん患者さんのうち、誰にBRAFの遺伝子異常があるかはすでに分かっているんです。 しかし、この検査は国の承認を受けていませんし、受ける予定もないので、今治療をすることができません。また、コンパニオン診断と薬が承認されたとしても、もう一度検査をしなければ使うことができないことになってしまいます。 ― なぜそのような問題が出て来てしまったのでしょうか。 光冨:当初は分子診断の重要性、正確性という観点からは、コンパニオン診断というコンセプトは良いものに思えました。しかし、その時点でも、一つの遺伝子異常に対して幾つもの薬が登場し、将来矛盾するであろうことは予測されていました。 科学技術の進歩でより新しい優れた検査が開発された時、どのように臨床に導入するかを十分検討されていなかったことも原因としてあると思います。 長谷川:BRAFの遺伝子異常が分かっている患者さんのように「薬はあるのに使えない」という状況は、ほかの治療薬でも実際に起こっています。その間に亡くなる方も出てきてしまう。もう少しなんとかして早くできないだろうかと思います。 光冨:コンパニオン診断という仕組み自体を、少し見直していただきたいですね。しかし行政としても一度決めたルールを変えるのはなかなか大変のようです。
「医療、そして自分の人生に向き合っていけるような、その土壌を作っていきたい」
― 医療の問題を考え、提起し、世の中を変えていこうとされているお二人の活動は、多くの患者さんに勇気を与えるものだと思います。今後、さらに社会をよくしていくための、お互いに対する要望や思いはありますか。 長谷川:今は、光冨先生や学会からたくさんのチャンスをいただいているような感覚です。それらを活かせるように努力していきたいです。 「患者さんも学会にどんどん来て勉強してほしい」「意見があったら言ってほしい」と言っていただいています。実際に、次回の学会にもトラベルグラントを活用してたくさんの患者が参加できるようになっています。そのような活動を学会が行なっていることを、多くの人に知ってもらいたいですね。 医療や肺がん治療、そして自分の人生に向き合っていけるような、その土壌を作っていきたい。それが私たちに課せられていることだと思っています。 光冨:長谷川さんの活動を広げてもらいたいですね。今のところ、私の出身地である九州には、日本肺がん患者連絡会に加入している患者会はありません。絶対ニーズはあると思うので、それぞれの地域でのリーダーができていけばいいなと思います。 また、現在は医療に関する様々な間違った情報が流れている中で、今から患者になるかもしれない人にも「正しい情報を見極める視点」を広げていかなければいけないと感じています。長谷川さんとは、これからもパートナーとして、ともに活動を続けていきたいですね。 ― 医療は進歩していきますが、同時に様々な問題も明らかになっています。今回は、全2回のインタビューを通し、患者会と学会が協力して行なっている活動とその成果、そして医療の現状や問題点についてお話いただきました。 日本の医療をよくしていくために私たちに何ができるのかを、多くの人に考えていただくきっかけになったのではないかと思います。本日はありがとうございました!