ここ最近、「がん」が報道されることも増えてきました。その中には、これまであまりなじみがなかった言葉も多く飛び交っています。例えば「肺腺がん」——故 野際陽子さん(女優)・中村獅童さん(歌舞伎役者)・いときんさん(ET-KING)が罹(かか)られたことで話題となりました。

 この肺腺がんとは、いったいどのようながんなのでしょうか。肺がんの最新治療も含め、日本肺癌学会理事長であり、次期世界肺癌学会理事長、近畿大学呼吸器外科主任教授の光冨徹哉先生にお話をうかがいました。

 第1回は「肺腺がんとは」をテーマに、第2回の今回は、肺がんの最新治療「分子標的薬」「免疫チェックポイント阻害剤」について、分かりやすく解説していただきました。(全2回/最終回)

飛躍的に進歩する薬物治療——「分子標的薬」「免疫チェックポイント阻害剤」

柳澤:第1回に引き続き、よろしくお願いします。一昔前と現在では、肺がんの治療も大きく変わってきていますね。

光冨:肺がん治療のなかでも、転移があり手術ができない患者さんに関しては、薬物治療の発展が重要となっています。

 20世紀末、2000年ころの薬物療法では、プラチナ製剤が標準治療として使われていました。脱毛や嘔吐などの副作用が強く、辛い治療となっていました。そのころのデータでは、ステージIVの患者さんは平均1年程度で亡くなるというもので、“治る”というレベルとはほど遠いものでした。

柳澤:2000年から17年が経った今、薬物治療はどのように変わったのでしょうか。

光冨:飛躍的進歩が、大きく二つありました。一つが「分子標的薬」、もう一つが「免疫チェックポイント阻害剤」の登場です。

柳澤:どちらも話題になっている薬物治療ですね。

光冨:そうですね。まず、分子標的薬では、2002年に「イレッサ」が発売されました。当初は副作用として間質性肺炎の問題もありましたが、その後、特定の遺伝子「EGFR」に異常がある患者さんに使用すると非常に効果が高いということが分かりました。現在ではイレッサの他に3種類のお薬が発売されています。

 ちなみに、遺伝子異常については米国の研究で分かったことですが、その後の開発は日本の研究者も大きく貢献しています。

柳澤:肺がん患者さんのうち、どのくらいの割合で遺伝子異常が見つかるのでしょうか。

光冨:遺伝子異常があるのは、ほとんどの場合、腺がんです。日本人の肺腺がん患者さんの約50%にEGFRの遺伝子異常が見つかっています。欧米では約15%しか見つからないというところを考えると、EGFR阻害剤の登場は、特に日本人にとって朗報と言えるでしょう。

柳澤:EGFRの他にも遺伝子異常はあるのでしょうか。

光冨:EGFRに続いて、2007年に見つかったのが「ALK(アルク)遺伝子」です。日本の間野博行医師のグループが発見しました。ALK遺伝子の異常に効果がある薬として「ザーコリ」が登場しました。更に、今年(2017)にはザーコリが「ROS1(ロスワン)遺伝子」の異常に対しても効果がある薬として承認されています。

柳澤:続々と登場していますね。ALKや ROS1の異常が見られる割合はどれくらいですか?

光冨:先ほどEGFRの遺伝子異常は約50%の肺腺がん患者さんに見られるとお話しましたが、ALKは約5%、ROS1は約1%なので、EGFRに比べると少ないですね。しかし、患者さんに適切な薬剤を見出すことによって、より有効な治療ができるようになってきています。これらのお薬の登場によって、こういった遺伝子異常を持つ患者さんの生存期間が現在は平均3〜4年に伸びています。

柳澤:2つ目の「免疫チェックポイント阻害剤」とは、どのようなお薬でしょうか。

光冨:免疫チェックポイント阻害剤は、ここ2〜3年で注目されてきているお薬です。
 そもそもがん細胞には様々な遺伝子異常があり、異常タンパク質を作っています。そのため正常な細胞と見分けがつき、本来であれば、体内にあるリンパ球が「これは異常なものだ」として攻撃をするというメカニズムが作動します。

 しかし、がん細胞は、ある分子(PD-L1やCTLA4といったチェックポイント分子)を使ってリンパ球の攻撃を食い止めてしまっています。それを攻撃できるようにするために、「食い止めてしいるものを阻害しよう」というのが、免疫チェックポイント阻害剤なのです。

柳澤:チェックポイント分子には、どのようなものがありますか。

光冨:チェックポイント分子には、「PD-1/PD-L1」と「CTLA-4」などがあります。PD-1は、京都大学の本庶佑先生らが発見しました。現在、これらのチェックポイント分子に対抗する薬として「オプジーボ」と「キイトルーダ」が使われています。

柳澤:日本人研究者が、がん医療の躍進的な発展に貢献しているのは、本当に誇らしいですね。現在のところ、これらのお薬の成果はいかがでしょうか。
 
光冨:免疫チェックポイント阻害剤は、いろいろな種類のがん治療において大きな成果を上げつつあります。肺がん治療においては、「これまでの抗がん剤治療に比べて、生存が有意に延長する」というデータも2015年ころから出てきています。特に昨年(2016)は、PD-L1の高発現の肺がんで、プラチナ二剤(プラチナ製剤+その他の抗がん剤の併用)の治療に比べ、明らかに寿命が延びるという発表もされました。

 そのように、近年の肺がん治療は目覚ましく進歩しているため、通常は毎年改訂している「肺がん診療ガイドライン」を、数ヶ月ごとに改訂しなければならないほどの状況です。

柳澤:肺がん治療の進歩から目が離せませんね。実際に患者さんを治療するにあたり、「分子標的薬」と「免疫チェックポイント阻害剤」のどちらを選択するかは、どのように決められるのでしょうか。

光冨:まず、EGFRの遺伝子異常を調べ、それがあれば分子標的薬を使います。もし遺伝子異常が見つからなければ、免疫チェックポイント阻害剤が効きそうかどうかを調べます。

 というのも、免疫チェックポイント阻害剤は、残念ながら誰にでも効果があるわけではないんです。患者さんのうち、2割程度の人に効果があるとされています。
 その2割をどのように見分けるかとして、現在一番期待されているものは、「PD—L1を染色してみる」という方法です。しかしそれも、“染まる人は効きやすい”と予想されますが、“絶対に効く”のではありません。

柳澤:今のところ、まだたくさんの課題があるとはいえ、個々の患者さんの遺伝子を調べて治療ができるようになってきていることは非常に大きな進歩ですよね。現在も研究が続けられている治療法ですし、これからもっと多くの患者さんに効くようになっていくことを期待しています。

「うまい話には必ず落とし穴がある」を見分ける眼力を持って欲しい

柳澤:現在は、情報が本当にあふれています。なかには不適切な情報もあり、惑わされてしまう患者さんも多いですよね。がんで闘病された著名人の報道が多くなるにつれ、「出回っているがん治療の情報には怪しいものもある」ということがやっと知られるようになってきたようですが。

光冨:怪しい情報に惑わされるために、不幸な目にあってしまう患者さんもいらっしゃいますね。そういった話も耳に入ってきます。やはり、いわゆる「正しい情報」には、「これをやれば治る」というような奇跡的なことは書かれていないので、怪しくても魅力的な情報に魅かれてしまうのは、気持ちとしては分からなくもないですね。正確な情報には、どうしても厳しいお話も含まれてしまいますし。最初に申し上げたとおり、現在も7万数千人が亡くなっているわけですから。患者さんとしては聞きたくないお話もあると思います。

 しかし、間違った方向に行ってしまうことがないように、社会として対処していく必要がありますし、患者さんとしても「情報を見分ける眼力」を身につけて欲しいですね。「うまい話には必ず落とし穴がある」と思っていて欲しいです。

 許せないのは、厳しい話も患者さんの気持ちも知りつつ、怪しい医療情報で商売をしている医療者などです。それには強い憤りを感じますね。何とか規制できないものかと思います。

柳澤:まずは自分で身を守るために、それぞれができる見分け方はありますか。

光冨:一つの方法としては、“情報の出どころ”で見分けるといいかもしれませんね。例えば、公的機関が出している情報です。国立がん研究センターが一番充実していると思います。そのほか、がん拠点病院が出している情報や、オンコロさんの情報も非常に信頼できると思います。

柳澤:オンコロを紹介していただき、ありがとうございます(笑)。私たちは、みなさんに正しい情報を届けられるように努めています。学会でも、一般の人に向けた取り組みをされるようになってきていますよね。

光冨:学術集会において市民公開講座やペイシェント・アドボカシー・プログラムなどを行うようになってきています。参加された方も「お話を聴けてよかった」という感想をいただくこともあります。そういうニーズがある以上、積極的に活動をしていきたいですね。不確かな情報に惑わされて不幸になってしまうことなく、一人でも多くの患者さんが最適な治療を受けられるようになっていけばと思います。

柳澤:今年行われる学会で、患者さんが参加できるプログラムはあるのでしょうか。

光冨:今年は横浜にて、「第58回 日本肺癌学会学術集会」が、10月14日(土)、15日(日)に行われ、同時開催で「第18回 世界肺癌学会」が、10月14日(土)〜18日(水)に行われます。市民のみなさんに参加していただけるプログラムも用意しておりますので、ぜひご来場ください。

 また、学術集会とは別に、「肺がん治療最前線!」という市民公開講座を日本各地で行なっています。次回は9月24日(日)に仙台で、11月19日(日)に東京で行います。

●第58回日本肺癌学会学術集会 http://conference.haigan.gr.jp/58/
●第18回世界肺癌学会 http://wclc2017.iaslc.org
●肺がん治療最前線! https://www.haigan.gr.jp

柳澤:今回は、「肺腺がんとは」というお話に始まり、最先端の肺がん治療についてうかがいました。日本肺癌学会、そして世界肺癌学会の理事長としての光冨先生のこれからに期待しています。本日はありがとうございました!

光冨 徹哉
近畿大学医学部 外科学講座 呼吸器外科部門 主任教授/日本肺癌学会 理事長

1980年九州大学医学部卒。1986年九州大学大学院医学研究科修了、医学博士。1988年九州大学医学部第二外科助手。1989年米国国立癌研究所にて肺癌の分子生物学的研究に従事。1991年、産業医科大学第二外科講師、九州大学第二外科助教授を経て、1995年愛知県がんセンター胸部外科部長、2006年同副院長、2012年近畿大学医学部外科学講座呼吸器外科部門主任教授。肺癌の外科的治療を専門とするほか分子標的治療にも造詣が深い。日本肺癌学会理事長、日本呼吸器外科学会、日本臨床腫瘍学会各理事。2017年10月からは世界肺癌学会の理事長。

聞き手:柳澤 昭浩
日本肺癌学会Chief Marketing Adviser ・がん情報サイト「オンコロ」コンテンツ・マネージャー

18年間の外資系製薬会社勤務後、2007年1月より10期10年間に渡りNPO法人キャンサーネットジャパン理事(事務局長は8期)を務める。先入観にとらわれない科学的根拠に基づくがん医療、がん疾患啓発に取り組む。2015年4月からは、がん医療に関わる様々なステークホルダーと連携するため、がん情報サイト「オンコロ」のコンテンツ・マネージャー、日本肺癌学会チーフ・マーケティング・アドバイザー、株式会社クリニカル・トライアル、株式会社クロエのマーケティングアドバイザー、メディカル・モバイル・コミュニケーションズ合同会社の代表社員などを務める。

(文:木口マリ/写真:八田政玄)


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