膀胱がんは、ごく初期に発見して病巣を切除しても再発をくり返すことが多く、固形がんの中でも少し変わった特性があります。そういった膀胱がんの特性や初発膀胱がんの治療について、慶應義塾大学医学部 泌尿器科学教室 専任講師の菊地栄次先生にお話を伺いました。第1回のテーマは「筋層非浸潤性膀胱がんとBCG療法」についてです。
初発筋層非浸潤性膀胱がんは切除しても再発を繰り返すことが多い
オンコロ可知(以下可知):膀胱がんは他の固形がんとは少し変わった病態であると理解しています。具体的にはどのような違いがあるのでしょうか?
菊地先生:初発の筋層非浸潤性膀胱がんは再発を繰り返す特徴を持っています。死に至ることは極めて稀ですが、10回以上再発を繰り返している方もいたりします。他のがんであれば、完全切除すれば治療が完了するケースはまれではありませんが、筋層非浸潤性膀胱がんは再発しては手術、再発しては手術を繰り返すため、米国ではもっとも医療費がかかるがんと言われています。
膀胱がんは肉眼的にはっきりとした血尿が80%から85%の人に認められます。前立腺がんはPSAの値でがんを疑うことがほとんどなので、患者さん自身は症状がない場合が多いですが、膀胱がんの場合は血尿で発覚する場合が多く、おしっこをする際、たびたび血尿が認められるため、患者さんは不安になる一方がんに対しての認知や理解度も高いと思われます。
膀胱がんの治療は、筋層浸潤性がんと筋層非浸潤性がんとで全く異なりますが、筋層非浸潤性のがん患者さんも、いずれ筋層浸潤性のがんに移行する可能性があることを認識し、膀胱がんに対しての全体像を把握しておくことは重要です。
可知:発見時の進行度の割合はどのようになりますか?
菊地先生:約7~8割が筋層非浸潤性膀胱がん、1~2割で筋層浸潤性膀胱がん、残り1割弱が転移性の状態で見つかります。
筋層非浸潤性膀胱がんの状態ならば大抵の場合膀胱全摘にならずに済みますので、患者さんには検診などでの血尿を指摘された際、または血尿を自覚した場合に、なるべく放置せずに受診してもらいたいです。中には上皮内がんといって、ゆるやかな経過をたどらず、治療しなければ急激に進行するものもあります。よって、早期発見が重要となります。筋層にまでがんが到達してしまうと、膀胱を摘出しなければならないので、なんとかそうなる前に歯止めを掛けたいと思っています。
なお、膀胱がんの危険因子としてタバコがあげられます。
BCG治療による5年再発率は約4割、未実施では7割
可知:筋層非浸潤性膀胱がんにBCG療法を実施する場合、6~8回行うことになると思います。6~8回に関するエビデンス(科学的根拠)はあるのでしょうか。
菊地先生:筋層非浸潤性膀胱がんは経尿道的膀胱腫瘍切除術(TUR-BT)という、内視鏡を用いた切除術を最初に行います。その後、再発リスクが高い場合、BCG療法といってBCGを1週間に1回計6~8回膀胱内に注入します。
BCGの注入回数に関しては、もともとBCGキットの中に6個(6回分)入っており、それ故に6回を1コースとしていることが多いです。しかし、日本でBCG療法の治験を実施したときは8回で実施したため、現在の日本では6回あるいは8回の注入で、注入回数は定まっていません。
私は、今までのデータ上、5回以上BCG注入を行えば効果が期待できると考えています。よって、患者さんには5回までは頑張ってもらえるよう副作用(排尿時痛、頻尿などの局所症状)に対するケアに努めています。
BCGの基本的なことについては、「
排尿トラブルと処方せん」という本の中で詳しく書いたつもりです。また、治療される医療機関では「BCG膀胱内注入療法について」といった患者さん向けの冊子あるいはパンフレットを配布しているかもしれません。
可知:BCGはどの程度効果があるものなのでしょうか?
菊地先生:我々の研究にて、再発の可能性が中等度である、中リスク筋層非浸潤性膀胱がんを「初発で多発がんの方」、「低リスク腫瘍治療後に再発された方」および「高リスク腫瘍治療後に再発された方」に分けて、再発までの経過を確認しました。BCGの治療効果を確認した結果、5年再発率は以下の通りになりました。
表:中リスク筋層非浸潤性膀胱がんの5年再発率
|
BCG療法実施 |
BCG未実施 |
初発で多発がんのLow grade Taの方 |
39% |
62% |
低リスク腫瘍治療後に再発されたLow grade Taの方 |
35% |
69% |
高リスク腫瘍治療後に再発されたLow grade Taの方 |
35% |
77% |
Matsumoto K, Kikuchi E, et al, Characterizing intermediate-risk non–muscle-invasive bladder cancer: Implications for the definition of intermediate risk and treatment strategy (Urol Oncol. 2017 May;35(5):208-214)
上記文献のまとめ
筋層非浸潤性膀胱がん(NMIBC) 多様性のある中リスク患者群の経過から治療戦略を考える Urologic Oncol(オンコロニュース170504)
結果から分かるようにBCG療法は、確実に再発予防効果を持ちますが、決して再発を0%に抑える、夢のような治療法ではないといえます。
また再発予防効果の向上を期待して維持療法としてBCG治療を断続的(3か月~6か月毎)に継続する場合があります。維持療法の実施理由として、BCGの効果が約半年で減弱するという基礎研究データがあるからです。
維持療法の実施スケジュールは明確に定まっていません。私は2000年にDr.Lamm
1)が開発したスケジュールで維持療法を行っています。これはBCG導入治療で6回施行後、3、6、12、18、24、30、36か月の際にそれぞれ、1週ごと3回BCG注入を行うレジメンです。問題点として途中で断念する方が多く、3年間継続治療が可能であった方は20%以下です。
1)Lamm DL, et al, Maintenance bacillus Calmette-Guerin immunotherapy for recurrent TA, T1 and carcinoma in situ transitional cell carcinoma of the bladder: a randomized Southwest Oncology Group Study. J Urol. 2000;163(4):1124-9)
筋層浸潤性膀胱がんへの移行率は8.3%
可知:トータルで、筋層非浸潤性から筋層浸潤性になる割合はわかるでしょうか?
菊地先生:我々の初発筋層非浸潤性膀胱がん患者484人を対象とした研究結果では、調査期間中に再発したのは計239人(49.4%)、筋層浸潤性膀胱がんに病期進展したのは40人(8.3%)でした。また、病期進展する時期はまちまちでした。
ちなみに、この研究では327人(67.6%)はBCG膀胱内注入療法を、62人(12.8%)は抗がん剤膀胱内注入療法を受けていました。初回TUR-BTから2年以内に年間1回以上の再発を経験したのは44人でした。
図:初回TUR-BTから経時的に筋層浸潤性膀胱がんに病期進展した患者数
Tanaka N, Kikuchi E, et al, Frequency of Tumor Recurrence: A Strong Predictor of Stage Progression in Initially Diagnosed Nonmuscle Invasive Bladder Cancer (J Urol. 2011 Feb;185(2):450-5)
上記文献のまとめ
筋層非浸潤性膀胱がん(NMIBC) 再発頻度はその後の病期進展に大きく関与 J Urol(オンコロニュース170503)
可知:オンコロに問い合わせがある患者さんより、「これ以上再発を繰り返すと、膀胱を取るからね」と医師から言われたと聞くことがありますが、その点について先生はどうお考えですか?
菊地先生:再発回数だけでは膀胱全摘の適応は決められないと考えます。再発の間隔が短かかったり、今までに膀胱内注入療法が施行されており、更なる膀胱内注入療法の追加により治療効果が十分に期待できないと判断された場合、また再発がんの病理組織像が悪かったりと、これらの条件を総合的に判断して筋層非浸潤性膀胱がんの膀胱全摘の適応は決定されると思います。この「膀胱を取る」と言った医師の考えは、病期進展のリスクが高いと判断したからだと思います。病期進展を予測する明確な因子はないため、最終的には、それぞれの医師の選択となると思います。
可知:患者さんより、「通常は浸潤性がんで膀胱全摘するのに、なんで私は筋層に浸潤していない状況なのに膀胱を取られたの?」と質問を受けたことがありますが、その点で先生のお考えはございますか?
菊地先生:T1G3(高リスク)の場合に、膀胱全摘するのか、BCGで膀胱温存を選択するのかは、医師の間で議論となります。BCG治療で完治する場合もあれば、度重なる膀胱内注入治療にもかかわらず病期進展を起こしてしまう場合、あるいは稀ですが遠隔転移を生じて最終的に癌死に至るケースもあります。患者さんは膀胱を取りたくないため、結果としてBCG療法を選択する傾向にあります。
筋層非浸潤性膀胱がんの段階で膀胱全摘治療を受けた場合、その後の遠隔転移の発症率は極めて低く、膀胱全摘は筋層非浸潤性膀胱がんに対する最強の治療と言ってもいいかもしれません。
私は、膀胱を残してあげたいと考えていますが、患者さんが膀胱を残すことでむしろ病期進展、癌死のリスクが高いと判断された場合、またご自身で膀胱がんについて勉強されて十分にご納得いただければ、全摘を提示する場合もあります。大事な点は患者さんと十分に話し合い、それぞれの治療法の利点と欠点を理解され、患者さん自らが治療法を選択することだと思います。
第2回記事
[blogcard url="https://oncolo.jp/feature/20170516k"]
第3回記事
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記事:可知 健太
この記事に利益相反はありません。