原発不明がんの治療法とその開発


  • [公開日]2018.04.20
  • [最終更新日]2019.02.01

特定の治療を想定できる場合(全体の20%)

組織診断と全身への病気の拡がり(病変分布)という2つの軸で原発巣を推定していくと、全体の約20%の人たちには、ある特定の治療が利くのではないか、という傾向が見られます。原発巣のがん種はそれぞれ別ですが、推定がしやすい人たちでもあり、推定されるがんごとに推奨される治療を行います。

●特定の治療が想定される原発不明癌のパターンと、治療方針

特定の治療を想定できない場合(全体の80%)

残る80%の人たちは、特定の治療は想定できないことになります。原発不明がんは、局所を越えて広がっている、転移をしているがんであるため、薬物療法が主体となります。しかし、薬物療法(抗がん剤等)を実施した場合と、がんに対する積極的な治療を行わずに症状緩和の治療のみを行うベストサポーティブケアと、どちらが患者の予後を改善するのか、という比較試験はこれまで報告されていません。

過去の治療実績を検討する「後方視的研究」では、抗がん剤治療を受けた患者の方が長く生きられたという報告もあります。ただし、抗がん剤治療は全身状態のよい患者に行われていると見られ、そのことが研究結果に影響している可能性があります。非常に高齢、あるいは非常に体調が優れない人は、そもそも抗がん剤の治療を勧められないからです。

それでも、治療の開発は進められています。

原発不明がんに対する薬物療法の第Ⅱ相試験(数十人規模で薬効を確かめる臨床試験)は海外でも数多く実施され、29試験について統合解析した研究では、31%の奏効率(がんが小さくなった人の割合)でした。一部の患者では、がんが小さくなることで症状が和らぐことも期待されます。

抗がん剤の種類については、32の第Ⅱ相試験の統合解析から、プラチナ系(シスプラチンカルボプラチン等)や、タキサン系(パクリタキセルドセタキセル等)で、より生存が良い傾向が報告されています。

ただ、先の通り奏効率は31%にとどまることから、特定の治療法がない8割の原発不明がんについて、治療成績の向上が望まれています。

治療法の開発

近年、分子標的薬の開発が進み、患者の遺伝子変異に応じて処方することも可能になってきました。こうした医療技術の進歩を背景に、患者一人ひとりに最適な治療方法を分析し選択する「プレシジョン・メディシン」(精密医療)の推進が世界中で叫ばれています。がんのゲノム情報を調べ、それに合った個別化治療を実施しよう、というものです。

特に原発不明がんは、そもそも様々なタイプのがんの総称に過ぎません。どの症例に対しても同じ抗がん剤の組み合わせで効き目を得ようというのには、限界があって当然です。個別化医療が最もふさわしいがんと言えるでしょう。

原発不明がんの治療法開発に関しては、大きく2つの方向性が試みられていますが、いずれもまだ研究段階です。

1. 遺伝子発現プロファイル、エピジェネティクス解析による、原発巣の推定
2. 網羅的な遺伝子異常解析による、治療標的となる遺伝子異常の検索

遺伝子発現プロファイルに基づく原発巣の推定と治療

原発不明がんが持つ遺伝子を解析し、そこから原発巣を推測するものです。そうして推定された原発臓器の治療を進めることが、奏効率を高め、治癒や長期生存につながるだろう、という考え方です。

がんの遺伝子発現プロファイル(そのがんがどういったタイプの遺伝子を持っているか)を調べる検査は、主に海外で、複数商品化されています。組織診断で採取したがん細胞について分子生物学的な検査を実施し、
・既知のがん患者に転移がんが見つかった場合のデータと比べる
・臨床診断における推定原発巣と検査の結果を突き合わせる
といった手法により、原発巣の推定の精度はかなり高まっていると報告されています。

海外の研究で、289人の原発不明がん患者について遺伝子発現プロファイルを使い、どういった原発がんが推測されるか、推測されるがんの治療をした場合に過去の治療と比べてどうだったか、調べた研究があります。

遺伝子プロファイルに基づいて推定された原発がんは、胆嚢がん、胆道がん、尿路上皮がん、結腸直腸がん、肺がん、膵臓がん、乳がん、卵巣がん等でした。グラフでは、それらの推定原発臓器に標準治療を実施した患者の生存時間が青色、過去に(遺伝子プロファイルに基づかず)治療を受けた患者の生存時間が黄色で示されています。過去に治療を受けた患者に比べ、遺伝子プロファイルに基づいて推定される臓器の治療を受けた方が、生存期間が良好という結果でした。

ただ、医療も日進月歩で進んでいるため、遺伝子プロファイルの活用に関わらず、過去よりも現在の方が同じ治療をしても長く生きられると言われています。遺伝子プロファイルに基づいた治療選択が標準的となるかどうかは、前向き比較試験(将来にわたって追跡し、比較する研究)での検討が必要です。

エピジェネティクス解析に基づく原発巣の推定と治療

エピジェネティックスとは、遺伝子変異とは違い、遺伝子そのものの形は変えないまま、遺伝子の働きを変えてしまう変化のことです。エピジェネティクスを計測することで、そのがんがどこから来たか、原発巣を推定します。

グラフは、エピジェネティクス解析に基づいて推定臓器の治療をした場合(赤線)と、エピジェネティクス解析でも原発巣の推定が出来なかった場合(青線)の、生存期間を示しています。原発臓器の推定なしに医師の経験のみに基づく治療を行うよりも、エピジェネティクス解析に基づく治療を実施した場合の方が、生存期間が良好でした。ただし、「そもそもエピジェネティクス解析でも原発臓器が分からないがんは、予後不良である」ということを意味しているだけかもしれません。

遺伝子発現プロファイル等に基づく治療選択 実用化のためには

遺伝子発現プロファイルなどに基づく治療選択の実用化には、有化性の評価を得なければなりません。評価には、以下のような4ステップの検証と確認が必要です。

●ステップ1:これまでの診断法によって診断された組織と比較し、遺伝子発現プロファイル検査等の方が、精度よく診断ができることを確認する。 ⇒ 複数報告あり
●ステップ2:遺伝子発現プロファイル検査等の結果が判明した時に、原発不明がん患者の何%が治療法を変更したか、確認する。 ⇒ 臨床研究を実施中
●ステップ3:実際に遺伝子発現プロファイル検査等を用いて、これまでの治療戦略と比べて生存率が向上することを確認する。 ⇒ 臨床研究を実施中
●ステップ4:費用対効果を確認する。(生存期間を伸長できる治療は早く実用化が期待されるとはいえ、昨今では費用も無視できない問題となってきています)

日本では近畿大学を中心に、遺伝子発現プロファイルを次世代シークエンサーを使って調べ、それに基づいて治療戦略を検討する臨床研究(第Ⅱ相試験)行われています。また、海外では、経験的治療(シスプラチンとゲムシタビンという抗がん剤の組み合わせ)と、遺伝子発現プロファイルに基づき推定された原発臓器への治療について、治療成績を比較する臨床研究(第Ⅲ相試験)が行われています。

原発不明がんの網羅的な遺伝子異常解析

がんそのものの原因となっている遺伝子変異を探し当て、それががんにどう影響しているか、その遺伝子の働きを止める薬によりがんを小さくできないか、という考え方に基づき、原発不明がんの遺伝子を網羅的に解析し、異常(変異)を検出しよう、というアプローチです。

網羅的な遺伝子異常解析の研究例

海外で、200例の原発不明がんの症例について、網羅的に(何百種類)遺伝子異常を調べた報告があります。腺がんと非腺がんに分けてみた時、いずれもがんでは頻度の高いTP53の変異が最多で共通していたものの、それに次ぐ変異は異なっていました。

特に腺がんでは、KRAS遺伝子HER2遺伝子の変異が多く見られました。中には、その遺伝子の働きを抑えることで、がん増殖を抑えられる、すなわち治療の標的となる遺伝子(アクショナブルな遺伝子)もあります。その治療標的に有効な薬があるがんに対しては、実用化も試みられています。実際、例えば肺がんなどで、ALK融合遺伝子という異常な遺伝子を持つ場合、既に実用化されているALK阻害剤で融合遺伝子の働きを止めると、がん増殖を抑えることができ、この治療は既に臨床応用されています。

ただ、上記200例の研究では、治療標的となるアクショナブルな遺伝子異常に対し、分子標的薬の臨床効果が判明しているのは2症例だけでした。1症例は、MET遺伝子の増幅(遺伝子の数が増えている異常)で、METを抑える薬が奏功しました。もう1症例は、鼠径部のがんで、EML4-ALKという融合遺伝子が見られ、ALK阻害剤が奏功したと報告されています。

また、別の研究では、17例の原発不明がん症例について網羅的に遺伝子異常を解析し、7症例で治療標的となる遺伝子異常が認められ、その働きを抑える薬の第Ⅰ相試験に参加したものの、奏功例はゼロでした。まだまだ、発展途上と言わざるを得ません。

網羅的遺伝子異常解析に基づく治療選択 実用化のためには

こういった網羅的遺伝子異常解析の実用化のためには、やはり有効性の評価を得る必要があります。そのための検証ステップは主に2段階です。

●ステップ1:実際の原発不明がんにおいて、治療標的となるアクショナブルな遺伝子異常が、どれくらいの患者に見られるか(頻度)、また、どういった種類の遺伝子異常が起きているか、確認する(データベース化)。 ⇒臨床研究を実施中
●ステップ2:遺伝子異常にマッチする薬の有効性を確認する。(その一方、マッチする薬が存在しなければ確認のしようがないため、その異常な遺伝子の働きを抑える薬の開発が促進されるという戦略的側面も)

東京医科歯科大学では、原発不明がん患者の遺伝子情報を登録し、プレシジョン・メディシン開発のため遺伝子異常を検索する観察研究が行われています。

国立がん研究センターでも、希少がんや原発不明がんなど非常に数が少ない患者を対象に、患者情報を登録し、次世代シークエンサーを使って100以上の遺伝子の変異まで検出し、情報を蓄積していく観察研究を進めています(MASTER KEYプロジェクト)。特定の遺伝子異常を持つ患者について、対応する薬の医師主導治験につなげる計画です。

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