2025年7月に発売された新規PD-1抗体薬「テビムブラ(一般名:チスレリズマブ)」が、食道がん治療に新たな選択肢を提示している。“第二世代”PD-1抗体薬とも言える独自の薬剤設計は、既存薬の課題を克服する可能性を秘め、大規模臨床試験では卓越した有効性を示した。進行・再発食道がんの新たな標準治療となりうる本薬の実力と将来性に迫る。
テビムブラを特徴づける2つの薬剤設計
がん免疫療法の中心であるPD-1/PD-L1阻害薬は多くの患者を救ってきたが、依然として効果が限定的であるケースも少なくない。テビムブラが既存薬と一線を画す点は、この課題を乗り越えるべく施された2つの薬剤設計にある。8月27日に開催されたビーワン・メディシンズ合同会社取材のメディアセミナーで、京都大学大学院の茶本健司先生がその詳細を解説した。
1. T細胞の消耗を防ぐための「Fc部分」の最適化
がん細胞を攻撃する主役のキラーT細胞の表面には、免疫のブレーキ役であるPD-1が存在する。PD-1抗体薬は、このPD-1に結合することでブレーキを解除し、T細胞が再びがんを攻撃できるようにする薬剤だ。
しかし、抗体医薬品には本来、体内の掃除屋であるマクロファージが、抗体が結合した細胞を異物と見なして食べてしまう性質(ADCP活性:抗体依存性細胞貪食)がある。これは、PD-1抗体が結合した重要なキラーT細胞までが、マクロファージによって排除されてしまう可能性を意味し、治療効果を弱める一因となりうる。
テビムブラは、この問題を解決するため、抗体の「お尻」にあたるFc部分に特殊な遺伝子改変を加え、マクロファージの受容体と結合しにくい構造に最適化されている。実験データでは、この改変によりADCP活性が劇的に抑制されることが確認された。これにより、キラーT細胞の不必要な消耗を防ぎ、抗腫瘍効果を持続させることが期待される。
2. 標的を逃さない「強力かつ広範なブロッキング」
PD-1抗体薬の効果を高めるには、①T細胞のPD-1とがん細胞のPD-L1との結合をどれだけ効率的に邪魔できるか(オーバーラップ率)、②PD-1とどれだけ強く結合し続けられるか(親和性)が重要となる。
テビムブラは、PD-L1との結合部位を82%という高いオーバーラップ率で覆い隠し、ブレーキがかかるのを効率的に阻害する。さらに、結合の強さを示す解離定数(KD値)は、既存薬の約100分の1と極めて低く、一度、抗体薬がPD-L1に結合するとほとんど離れないことを意味する。
この「強力かつ広範なブロッキング」により、T細胞にかかったブレーキを確実かつ持続的に解除し、免疫機能を最大限に回復させることが可能となる。
大規模試験が証明した食道がんに対する有効性と安全性
テビムブラの臨床的価値は、2つの国際共同第III相試験によって裏付けられている。浜松医科大学の竹内裕也先生は、これらの試験結果が新たな標準治療としての地位を確立するものであると解説した。
一次治療(RATIONALE 306試験):化学療法との併用で高い効果
RATIONALE 306試験では、切除不能な進行・再発食道がん患者への初回治療として、「化学療法+テビムブラ併用群」と「化学療法単独群」を比較。その結果、テビムブラ併用群は主要評価項目である全生存期間(OS)を統計学的に有意に延長した(17.2か月 vs 10.6か月; ハザード比 0.66)。
また、本試験はPD-L1発現量によらず患者を登録しており、幅広い患者層で有効性が示された点も特徴的だ。
副次評価項目においても、病勢進行までの期間(PFS)を有意に延長し、奏効率(ORR)は63.5%(化学療法単独群は42.4%)と高い腫瘍縮小効果を示した。さらに、疾患が進行した患者の割合は4%と低く、「効かない患者が少ない」可能性も示唆された。特に、日本人集団のサブグループ解析では、死亡リスクを51%低下させる(ハザード比 0.49)という極めて良好な結果が得られている。
二次治療(RATIONALE 302試験):単剤でも化学療法を上回る
化学療法歴のある患者を対象としたRATIONALE 302試験では、テビムブラ単剤療法が化学療法を上回る全生存期間(OS)の有意な延長を示した(ハザード比 0.70)。竹内先生は、「従来の免疫チェックポイント阻害剤で見られた初期の生存曲線の下振れがなく、早期から治療ベネフィットが期待できる点は非常に重要だ」と指摘した。
これらの堅牢なエビデンスに基づき、日本の食道癌診療ガイドラインは、2025年4月にテビムブラを一次・二次治療における「強く推奨される」治療法として位置付けている。
専門家が語る臨床での意義と今後の展望
セミナーの質疑応答では、専門家が実臨床における本薬の役割と今後の展望について見解を述べた。
Q:テビムブラの登場で、「切除不能がん」の治療は変わりますか?
竹内先生:はい、大きく変わると考えます。本薬の高い効果により、従来は手術が難しかった患者さんが手術可能になる「コンバージョン手術」の機会が増えるでしょう。切除不能食道がんが治癒を目指せる時代に入りつつあり、治療パラダイムの大きな転換期を迎えています。
Q:既存のPD-1抗体との具体的な使い分けは?
竹内先生:テビムブラは、特に症状が強く、迅速な腫瘍縮小が求められる症例に有力な選択肢となります。「PD症例(病勢進行)」が少ないというデータは、確実な効果を期待したい臨床医にとって大きな安心材料です。
Q:長期にわたり、がんと共存するような治療は期待できますか?
竹内先生:まだ長期の追跡データが必要ですが、生存曲線からは良好な傾向が見て取れます。本薬の強力な作用機序を考えると、長期生存への貢献を大いに期待しています。
まとめ
新規PD-1抗体薬テビムブラ(一般名:チスレリズマブ)は、その独自の設計から“第二世代”*PD-1抗体薬と言っても過言ではなく、臨床試験ではPD-L1発現量によらず食道がんに対する高い有効性が証明された。この新しい選択肢が、臨床現場でどのように活用され、患者の予後を改善していくのか、今後の展開が注目される。
*“第二世代”との表現は、薬剤設計がこれまでのPD-1抗体薬とは異なると、セミナーを拝聴した筆者が考えたものであり、登壇者の発言ではありません
関連リンク:
ビーワン・メディシンズ合同会社 ウェブサイト