10月24日~26日、第62回日本癌治療学会学術集会が福岡コンベンションセンターで行われた。同学術集会の「会長特別企画7:医療経済からがん治療を考える」のセッションの中で、がん治療における経済的な負担に関する現状と必要な対策についての議論が行われた。
COSTスコア日本語版を作成、固形がんを対象とした経済毒性の前向き解析を実施
本多和典先生(愛知県がんセンター 薬物療法部)は、「がんの経済毒性」というテーマで講演。がん治療の進歩による治療コストの増大に伴い、治療に関連する身体的な毒性と同様に、経済的な毒性という概念が提唱され始めた。本田先生によると、経済特性は、治療費や通院費などによる支出の増加、退職・休職などによる収入の減少、家族の生活などを含む不安感の3つの要素から成る。既に海外では、経済毒性によるQOL(生活の質)や生存期間の悪化が指摘されているが、経済毒性を評価する世界的基準が存在しないことから、日本における経済毒性の検討は不十分であった。
そこで本多先生らは、米国で使われているCOmprehensive Score for financial Toxicity(COST)スコアの日本語版を作成し、日本における固形がんを対象とした経済毒性の前向き解析を実施した。その結果、食費や医療費を削った、預貯金を切り崩した、レジャーを諦めたなどの回答が多く得られ、日本における経済毒性が明らかとなった。また、特に経済毒性との関連が深い因子として、若年、少ない世帯貯蓄額、非正規雇用やがんによる退職、その他医療費を賄うための何らかの対処(治療変更や生活の変化など)が浮き彫りになった。
本多先生は、「忙しい実臨床の現場で、経済毒性の相談にのることは難しい」としたうえで、「医療経済は医師個人ではなくチームとして取り組む課題である」と強調した。具体的な例として、①COSTスコアなどの指標を使ったスクリーニングによる経済毒性の同定、➁患者さんの臨床情報や社会的背景を含めたチーム内での評価、➂利用可能な介入(公的制度、民間保証など)の紹介や院外専門家(社労士やFPなど)への相談、というフローを示した。
最後に本多先生は、「経済毒性は社会が作り出した人工的な問題なので、きっと解決策があるはずだ」とし、講演を締め括った。
質疑の中では、周術期のような根治を目指せる状態の患者さんと、根治が難しい進行期の患者さんの感じる経済的負担の違いが話題となった。同じ治療費でも、根治が目指せるのであれば我慢できる、という気持ちの影響が無視できない可能性も考えられる。経済毒性を考える上では、「病期」も今後考慮すべき因子のひとつである可能性が考えられる。
現時点で使える制度の周知が最優先、同時に国としての体制整備を
セッションの後半では、アンケート調査に関してふたつの発表が行われた。
まずひとつが、「がん患者の経済毒性について~アンケート結果より~」というテーマで、古賀真美氏(特定非営利活動法人キャンサーネットジャパン)が講演。2024年8月8日~9月1日に、20歳以上の日本在住のがん治療経験者1117人を対象として実施したアンケート結果が報告された。
同アンケートは、がん患者が感じている経済的負担の実像を明らかにすることを目的に行われたもの。その結果、回答者の多くががんと診断される前から医療費の備えをしていたにもかかわらず、診断直後にお金の心配をしたとの回答が75%、更に治療中の費用を負担に感じているとの回答が78%に上った。その原因として、がんと診断される前に想定していたものよりはるかに治療費が高かったこと、治療費に加えて通院などの交通費がかかることなどが挙げられた。また回答者の23%が、治療の負担によってなにか(趣味や楽しみ、ウィッグ、家族のこと、仕事など)を諦めたことがあると回答した。
また、自身の抱える経済的な悩みに関して、44%の回答者が相談したいと感じていた一方で、実際に相談したのはそのうち約半数にとどまった。その理由として、相談相手がわからなかったこと、経済的な話をすることに躊躇したことなどが挙げられた。
医療費に関する医療者からの説明に関して、説明があったとの回答は30%程度であり、その説明が十分だったと回答した割合は56%であった。
最後に、経済毒性の軽減に向けて患者さんが望むこととして、検査や治療の前に費用額が提示されること、治療計画の説明の際に費用や期間の見通しがわかること、費用が透明化されること(治療費ごとの比較なども含む)が挙げられた。また併せて、経済的な問題に関して相談しやすい環境を整えることも重要な課題として明らかになった。
古賀氏は、2022年にがん患者対象のアンケート調査を実施した際には、回答者が515名だったことを振り返り、2年前と比較して関心を持つ患者さんが増えたことがまず大きな進歩、とコメントした。また最後に、患者向けの高額療養費制度の冊子について紹介し、講演を締めくくった。
続いて「がん患者・サバイバーにおける経済毒性の要因:第2回患者体験調査を用いた詳細分析」というテーマで菅香織先生(京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻)が発表した。
同調査は、社会背景や生活状況が多様な患者の中で、特に経済毒性の影響が大きい患者集団の特性を同定し、ニーズに即した支援を実施することが目的。2018年に国立がん研究センターが実施した自記式質問紙「PER」の回答に基づくものである。
この調査では、治療費による「治療や生活への影響(10項目)」と「治療の変更・中止」のいずれか、または両方に該当した患者を経済毒性あり、とし、更に経済毒性を3つのカテゴリー(1=日常生活への影響、2=受療行動への影響、3=治療変更・中断)に分類した。
有効回答数6,742名(男性3,495名,女性3,247名)のうち「経済毒性あり」とされた症例は、男性29.2%、女性32.6%であった。多変量解析の結果、男女ともに経済毒性は、「診断時39歳以下」、「大腸がん」、「治療中であること」、「治療による休職・退職」、「相談相手不在」と関連していた。特に男女いずれにおいてもすべてのカテゴリーで当てはまった「診断時39歳以下」と「相談相手不在」が強調された。
39歳以下というのは、収入や資産が少ない反面、住宅や教育、育児などの出費が多く、また公的医療費助成精度が手薄である背景がある、と菅先生は説明し、この集団に特化したサポートの必要性を述べた。一方、質疑の中では、収入源が限られている高齢者においても、資産が少ない場合などでは経済的負担を強く感じる可能性も指摘された。
また菅先生は、「がんと診断された深刻な状況下において、家族や医療者などに相談できないことは、仕事の継続などにも影響し、経済毒性の悪化につながる懸念がある」と指摘し、相談しやすいサポートシステムの必要性に言及し講演を締めくくった。
今回のセッション全体を受けて、座長の國頭英夫先生(日赤医療センター化学療法科)は、経済毒性に対して国として対処すべき課題と、個々の患者さんが抱える問題がある、と指摘。まずは現時点で使える国の制度を患者さんに周知することが最優先であり、同時に国としての体制を整備していくことが大切だ、と同セッションを締めた。
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第62回日本癌治療学会学術集会
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