4月28~30日に第63回日本呼吸器学会学術集会が、東京国際フォーラムにて開催された。今回は現地を主体とした開催形式であり、当日多くの参加者が現地に集まった。
今回は、「若手シンポジウム9 / 患者のQOLから考える呼吸器疾患」の中で発表された、患者生活を意識した肺がん治療に関する池田慧先生(神奈川循環器呼吸器センター)の講演を紹介する。講演の冒頭、肺がんの治療薬開発の進歩に伴い、長生きできる患者さんが増えてきている現状を説明。高額な治療を負担なく続けていくためは、医師が患者さんの生活や仕事にも目を向けることが大切になってきている、と同セッションの重要性を強調した。
診断直後の医師の役割
まず、病名を告知してすぐの医師側の役割として、びっくり離職(診断から2週間前後の退職)の防止が例に挙がった。がんと診断されてから約2週間は、強いストレスにより物事の冷静な判断が難しい精神状態となっている。実際、この時期に患者さんが突然仕事を辞めてしまうケースが、がんによる退職の約4割を占めているというデータもあるようだ。
この点に関して池田先生は、患者さんの就労状況を知る工夫が必要とし、問診票就労支援の希望や思いを記載する項目をつけているなど、神奈川循環器呼吸器センターの取り組みの例を紹介した。また池田先生は、普段の診療の中で患者さんが相談しやすい雰囲気を作っていくことが大切とし、「お仕事は何をされていますか?」、「お仕事を辞める必要はないですよ」など、声掛けの文化を作っていくことの重要性に言及した。
生活や仕事を意識した治療選択と副作用マネジメント
現在ガイドラインに記載されている治療選択の中には、有効性の面では優劣がつけ難い一方で投与スケジュールや副作用が異なる薬剤が複数ある。そのため、患者さんの生活を考慮した治療を実現するためには、患者さんがどんな仕事をしているのかを把握し、患者さんの生活スタイルに合った薬剤を総合的に判断する必要がある、と池田先生。しかしながら、実際に複数の治療選択を提示してもらえた、と感じている患者さんは半数以下にとどまっているというアンケート結果もあると言う。これを受けて池田先生は、個々の薬剤に関して臨床試験のデータで示されているPatient Reported Outcome(PRO、患者報告アウトカム)のデータまできちんと評価し、複数の治療選択肢を患者さんに紹介する必要性を説明した。
特に今後は、根治が目的である手術の前後にも薬物療法が使われていくようになる。そのため、術後の生活や復職の可能性を考慮に入れて治療を選択していくことが益々重要になる、と池田先生はコメントした。
働く肺がん患者さんを支えるための他職種連携
がん患者さんの就労支援には、病状はもちろん、患者さんの生活状況や希望、職場環境など様々な要因が影響してくるため、個別性を考慮した柔軟な対応が求められるとのこと。そのために必要なのは、医療スタッフだけでなく、就労支援コーディネーター、職場の人事や産業医など、複数の専門家が連携するトライアングル型支援が必要とされている。
しかしながら実際には、各専門家によるサポート体制があるにもかかわらず、患者さんが専門家に相談する段階まで辿り着けていないことが大きな問題だと池田先生は言う。その背景には医師からの提案が行き届いていないことが挙げられる一方で、患者さんからの積極的な発信も重要であるとのこと。実際に神奈川循環器呼吸器センターの例として、患者さん向けのポスター作製や院内放送を実施していることを紹介し、「相談していいんだ」ということに気づいてもらう取り組みの工夫が重要であることを説明した。
また、患者さんが病気について職場に伝えても、職場の担当者が対応に困り、専門家に相談しないまま解決しようとしているケースは多いとのこと。池田先生はその解決のひとつとして、2018年から導入された療養・就労両立支援指導料*という枠組みを使うことを提案した。職場と医師との情報のやり取りをシステム化していくことが求められているようだ。
※ 患者本人と企業が共同で作成した勤務情報書に基づき、主治医が、患者に療養上必 要な指導を実施し、企業に対して診療情報を提供した場合、また診療情報を提供した後の勤務環境の変化を踏まえ、療養上必要な指導を行った場合に評価される最後に池田先生は、患者さんの生活や職業にまで関心を持って、最適な治療選択と先手の副作用マネジメントを進めていくこと、また他職種で連携して患者さんの社会生活の維持と長生きの両立を実現させていくことの重要性である、とコメント氏講演を締めくくった。
■参考
第63回日本呼吸器学会学術集会