2022年8月にEGFR変異陽性非小細胞肺がん(NSCLC)の術後補助療法として承認されたオシメルチニブ(製品名:タグリッソ)だが、今回の学術集会に合わせて発刊された肺癌診療ガイドライン2022年版では様々な議論の末“推奨度決定不能”との記載になった。これを受けて今後実臨床ではどのように患者さんに説明し、使っていくべきか、第63回日本肺癌学会学術集会の緊急企画として30分のセッションで議論された。
ガイドライン委員会の立場として、まずは後藤悌先生(国立がん研究センター中央病院)から発表があった。
承認の根拠となったADAURA試験の科学的意義をどのように考えるかという点に関して、そもそも術後治療は延命(根治)が目的であるため、全生存期間(OS)を主要評価項目として設定することが適切であるにも関わらず、ADAURA試験ではあらかじめ設定された統計学的デザインの設定上、OSの評価が難しいことを指摘した。その上で、無病生存期間(DFS)延長の一定の臨床的意義について考察された。
術後補助療法は、一定期間で治療を終了することが医薬品医療機器総合機構(PMDA)により決められているが、ADAURA試験のデータでは、オシメルチニブをやめた時点から再発率が上がる傾向がある。そのため、治療中断以降の長期的なDFSの結果では有意差が見られなくなる懸念があるという。
また、ADAURA試験で高く評価されている脳転移抑制効果だが、これまで実臨床では術後再発における脳転移再発が特別視されてこなかった背景を踏まえると、簡便なMRIによる定期的な追跡など、脳転移再発を適切に管理・モニタリングする方法など、投薬以外にも課題がある可能性にも言及した。
さらに、治療による下痢や皮疹、倦怠感などの有害事象は確かに管理可能ではあるが、軽度とはいえ日常生活の不安やストレスにつながる可能性もある。また、3年間の服薬を終えた後、再発の不安、延命はできない懸念など、総合的に考えて術後のオシメルチニブが本当に患者さんの安心につながるレジメンかということは、エビデンスがないのが現状である。
術後補助療法としてのオシメルチニブによって再発を遅らせることが必ずしも患者さんの不安軽減に繋がるとは限らず、長期的に見て逆に患者さんの不安を煽る懸念があることも指摘して講演を締め括った。
続いて、推進派の立場として加藤晃史先生(神奈川県立がんセンター)が講演した。
加藤氏はADAURA試験への参加経験があり、プラセボ群に割り付けられた症例が早期に再発したケース、さらにはそれが脳転移再発であったケースを経験し、非常に悔しい思いをしたと言う。オシメルチニブを飲んでいる症例では脳転移含めほぼ再発しないという事実を、OSと同列、あるいはより低い優先度の評価項目として議論していいのか、と治験参加医師として疑問を投げかけた。
また、解析途中であるものの、OSのデータでもオシメルチニブの有用性が示唆されるデータが出ており、現時点でOSを評価できないと結論づけることへの違和感にも言及した。
ADAURA試験は、従来の臨床試験の評価項目をそのまま水平展開できない試験であり、患者側も医師側も、意思決定プロセスの棚卸が必要になるとコメントした。
最後に慎重派の立場として三浦理先生(新潟県立がんセンター)が講演した。
まず ADAURA試験に関わらず、チロシンキナーゼ阻害剤(TKI)による術後補助療法にてDFSの延長がOS延長に寄与するというエビデンスはないことを指摘。また安全性の観点では、ADAURA試験の中で間質性肺炎(ILD)発症率は日本人だけで見ると13%、オシメルチニブ使用症例における日本の実地臨床(リアルワールド)でのILD発症率は18%であると説明し、ILD含めオシメルチニブの副作用はゼロではないことを強調した。
また、患者さんが負担するコストが非常に高い点も指摘し、治療介入が必要ないかもしれない症例に対してまで推奨されるべきかどうかも悩ましいという。
3年間は高い確率で再発を予防できるが、完治や長生きにつながるかわからない、という治療コンセプトをしっかり理解し、主治医と患者さんが納得できるように話し合っていくことが必要であるとして、三浦先生は講演を締め括った。
年に一度アップデートされる肺癌診療ガイドライン、今回の発刊に合わせてADAURA試験の議論が直前まで重ねられたが、まだまだ議論は尽きず新しいエビデンスも出てきているため、次の版で科学的な根拠に基づきタイムリーにアップデートしていくとのことであった。
* 術後補助療法としてのオシメルチニブの承認の根拠となったADAURA試験。腫瘍の完全切除術後のEGFR変異陽性のNSCLC(IB~IIIA期)682例を対象に、オシメルチニブの術後補助療法に対する有効性、安全性を評価した無作為化二重盲検プラセボ対照国際共同第Ⅲ相試験であり、米国、欧州、南米、アジア、中東の20カ国以上、200を超える施設で実施された。主要評価項目は病理病期II期およびIIIA期の患者さんにおける無イベント生存率(DFS)であった。オシメルチニブが顕著な有効性を示したとして、予定より2年早い2020年に試験結果が報告され、2022年にはDFSの最終的な解析が発表されている。なお、全生存期間(OS)は現在も解析中である。
■参考
第63回日本肺癌学会学術集会