6月29日から7月1日に、第31回日本乳癌学会学術集会(JBCS 2023)が、パシフィコ横浜にて開催された。その中で、会長特別企画「次世代の乳がん医療を拓く」のセッションの中で、【治療効果を損なうことなく無駄な治療を減らす (de-escalate)】と題した発表があった。
乳がんの局所治療は、薬物療法や放射線治療を併用することにより、侵襲性の高いハルステッド手術(乳房切除+大胸筋、小胸筋、腋窩から鎖骨下リンパ節の切除)ではなく、低侵襲の乳房温存手術が可能となる。即ち薬物療法などの治療強度が上がることで(escalation)、局所手術の侵襲性を下げることができる(de-escalation)トレードオフの関係がある。
リスク(害)とベネフィット(益)のバランスを個々に検討し、無駄な治療を減らすことが理想の治療であるが、最近の傾向としては、再発率の低下などの有効性を重視した薬物療法のescalationの傾向が強く、副作用や治療費などが増加しているという。
そこで発表チームは、薬物療法のde-escalationを達成するための条件を以下の4つにまとめた。
リスク評価:治療が不要な患者さんの同定
治療感受性の評価:治療前の検査等により治療効果が期待できる患者さんの同定
負担の少ない治療:副作用や侵襲性の少ない治療法の開発
患者さんの価値観の理解:患者さんが望む治療は何かを共に考えること
これらを達成するための課題は、治療に関わるそれぞれの立場により分類できるとのこと。具体的には、医師の立場からは、リスクや治療感受性の評価に必要なエビデンス創出の担い手や資金の不足、患者さんの立場では、不正確な情報の拡散や短い診療時間からくる治療への過剰な不安・不満、そして経営者の立場では、財政難や医療格差など病院ごとの不十分な環境整備が課題として挙げられた。
そしてチームは、これらの課題を解決する方法と乳癌学会への提言を紹介した。
まずde-escalationのエビデンス創出の観点では、業界や院内、世代を越えた繋がりの強化により、資金や技術、研究への高いモチベーションを持った人材を確保していくことで、de-escalationの新しいエビデンスにつながることに言及。必要な資金・技術・人材発掘のための乳がん学会公認のマッチングシステムの構築を提案した。
続いて価値観への対応に関しては、がんの診断後すぐに始まる治療に患者さんの気持ちがついていけないケースも多いことを指摘。治療介入ばかりに目を向けるのではなく、治療の説明・実施・経過観察までの医療行為と患者さんの価値観のバランスが取れて、初めて本当に必要な治療が実現すると説明した。そしてそのためには、医療者と患者さんの治療への理解の一致のために適切な医療情報へアクセスできる環境を整備することが最も重要だと主張し、乳癌学会公認のAIを活用した医用情報提供体制の構築を提案。これにより患者さんが適切な医療情報にアクセスでき、自身の価値観に合った治療を考える手助けになると期待を述べた。
最後に制度・環境整備では、国民皆保険や高額療法費制度、生活保護などにより、治療のハードルが下がる一方で過剰な治療を積極的に受けることにつながること、更に病院側の収入維持のプレッシャーも患者さんへの治療介入(=保険点数の加算)を後押ししていることを懸念として挙げた。そのため、不要な治療を省くほど持続可能性が下がる現在のシステムを見直すことが必要だと提案された。また、医療者側の専門性や知識の格差をなくすこと、患者さん側の診療相談のハードルを下げるシステムを作ることも必要だとのこと。具体的には、病院情報の共通フォーマットの作成により病院・医療者同士の情報共有や繋がりを強化することが提案された。
発表チームは最後に、患者さんの治療や医療者の負担をde-escalationし、皆の繋がりをescalationしたいと語り発表を締め括った。
■参考
第31回日本乳癌学会学術集会