【進む放射線療法の個別化医療】第1回 がん組織の遺伝子異常と放射線の組み合わせを最適化


  • [公開日]2016.10.05
  • [最終更新日]2017.01.23

近年、手術や生検で採ったがん細胞の遺伝子を解析し、特定の遺伝子異常の有無で治療薬の効果や副作用の出やすさ、予後を予測する「化学療法(薬物療法)の個別化医療」が進んできました。一方、手術や化学療法とともに、がんの三大療法の一つである放射線療法でも、同じ種類のがんでも効きやすいタイプと効きにくいタイプがあることは昔から知られています。放射線療法の個別化はできるのでしょうか。あるいは進んでいるのでしょうか。国立がん研究センター東病院放射線治療科科長の秋元哲夫さん(同センター 先端医療開発センター 粒子線医学開発分野長 併任)に聞きました。

■頭頸部がんではHPV感染の有無で放射線の照射量を変える可能性

放射線療法は、放射線照射によって、アトランダムにがん細胞のDNAを損傷することで効果を発揮します。そのため、がん細胞の特定の遺伝子異常は効果や副作用の予測のバイオマーカーとして使うのは難しいのが現状です。ただ、放射線療法は効く人と効かない人がいることは確かで、何が効果を分ける鍵なのか、研究が進み、ここ数年、少しずつ明らかになってきました。

例えば、頭頸部がんでは、ヒトパピローマウイルスHPV)の感染の有無によって、放射線療法や化学放射線療法(化学療法と放射線療法の併用)の効果が異なることが知られています。

HPVは子宮頸がんの原因となるウイルスですが、オーラルセックスの影響で口腔内感染し、中咽頭をはじめとする頭頸部がんの原因になります。一方、同じ頭頸部がんでもHPV感染がなく、主に喫煙や飲酒が原因となっている、あるいは、がん抑制遺伝子p53の異常があるタイプもあります。このうち、前者のHPV感染のあるタイプでは、化学療法や放射線療法が効きやすいのです。

この頭頸部がんにおけるHPV感染は、がん細胞にがん抑制タンパク質p16発現しているかどうかを調べることでわかるとされています。そして、p16がある(p16陽性の)がんの方が放射線療法で治りやすく、p16陰性のがんの方が放射線療法を含めて治療効果が低いことが臨床試験から明らかになってきました。このため、頭頸部がんでは手術や生検で採取した組織でp16を調べ、陽性であれば総線量を下げて副作用を減らし、逆に放射線が効きにくいp16陰性の場合は総線量を増やす臨床試験が行われています。「私たちの研究では、日本人でもp16の発現と放射線療法の効きに有意差があることが検証されています(注1、図1)。世界の臨床試験の結果はここ2年ほどで出て来る予定で、p16を放射線療法の個別化のバイオマーカーとして使うようになる可能性があります」(秋元さん)。

注1:Impact of Expression of CD44, a Cancer Stem Cell Marker, on the Treatment Outcomes of Intensity Modulated Radiation Therapy in Patients With Oropharyngeal Squamous Cell Carcinoma.
Motegi A, Fujii S, Zenda S, Arahira S, Tahara M, Hayashi R, Akimoto T.
Int J Radiat Oncol Biol Phys.  2016 Mar 1;94(3):461-8. Epub 2015 Nov 18.

頭頸部がんの放射線療法の効果は、がん組織にがん抑制タンパク質p16がある方が高い(3年生存率)
図1 頭頸部がんの放射線療法の効果は、がん組織にがん抑制タンパク質p16がある方が高い(3年生存率)

■遺伝子異常のバイオマーカーが化学放射線療法における放射線療法の効果予測に使われることも

抗がん剤分子標的薬に放射線療法を併用する化学放射線療法では、がんのタイプによって薬や放射線の効果が高くなる場合があります。そこで、化学療法で使われている遺伝子異常などのバイオマーカーを放射線療法にも応用する研究が進んでいます。

例えば、肺がんの腺がんでは、手術や生検で採取したがん組織にEGFR遺伝子の変異がある場合、EGFR阻害剤が効きやすく、また、放射線の効果を上げることが知られています。「さらに、先に述べた、がん抑制タンパク質p16が陽性である場合、薬と放射線の効果がより高くなります」。現状では、化学療法の効果や副作用、予後を予想するバイオマーカーを、放射線療法を併用するかどうか、あるいは照射量を増減するかどうかの判断に使うのです。「多くの場合、化学療法だけでは根治は期待できませんが、ケースによっては放射線療法の併用でより根治に近づけられます。既存の遺伝子異常などのバイオマーカーは、今後、放射線と併用する際の化学療法の有効な選択に使われていく可能性もあります」。

ただ、バイオマーカーを調べることで化学療法や放射線療法とのマッチングがうまく行くがん患者さんは、最も個別化が進んでいる肺がんであっても数%程度です。また、保険適応されているバイオマーカーの検査もまだ多くありません。

さらに、化学療法や上記の放射線療法の個別化で重要な点は、がん組織を採取して初めて、バイオマーカーの検査ができるということです。「逆にいえば、手術や生検ができないがんの場合には、判断できない場合があるということです」。

次回は、手術や生検でがん組織を採取できないケースにも適応できる可能性がある、分子イメージングを用いる放射線療法の個別化について取り上げます。

ライター 小島あゆみ

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