日本セルヴィエ株式会社は5月21日、神経膠腫に関するメディアセミナーを開催。齋藤竜太先生(名古屋大学大学院 医学系研究科 脳神経外科学教授)が登壇し、神経膠腫治療の現状と今年同社が発売した「ボラニゴ錠」の臨床的な位置づけについて解説を行った。
神経膠腫(グリオーマ)は、脳を構成する神経細胞を補助する神経膠細胞(グリア細胞)から発生する原発性脳腫瘍である。原発性脳腫瘍はまれな疾患であるが、神経膠腫はその約4分の1を占める。
神経膠腫のなかで最も多くみられる成人型びまん性膠腫は、由来する細胞の種類によって星細胞腫や乏突起膠腫などに分類され、世界保健機関(WHO)の分類に基づいてグレード2から4の悪性度に分けられる。特に星細胞腫は30代から40代、乏突起膠腫は30代から60代といった比較的若い世代に発症のピークがある。
これらの腫瘍の多くは、発生の初期段階においてIDH1またはIDH2という遺伝子に変異が生じていることが近年の研究で明らかになっており、WHOの2021年分類ではIDH遺伝子変異の有無が疾患分類の重要なポイントとなっている。
神経膠腫は、周囲の正常な脳組織に染み込むように広がる「浸潤性」という性質を持つ。そのため、脳の重要な機能を残しながら腫瘍を完全に取り除くことは困難である。手術によって目に見える範囲の腫瘍を摘出できたとしても、顕微鏡レベルでは周囲の組織に腫瘍細胞が入り込んで残存している可能性が高い。
齋藤先生は、「治癒というものが定義されていない疾患なので、ずっと付き合っていかないといけない疾患です」と述べ、手術後も再発や進行のリスクを抱えながら経過を確認していく必要があることを説明した。
齋藤竜太先生(提供写真)
これまで、グレード2などの比較的悪性度が低い神経膠腫で、直ちに放射線治療や化学療法を必要としないと判断された患者に対しては、手術後に定期的な画像検査などで経過観察を行うのが一般的であった。しかし、IDH変異を有する腫瘍は徐々に増大し、時間の経過とともに新たな遺伝子変異が加わって悪性化していくことが知られている。
こうした背景のなか、IDH1またはIDH2遺伝子変異陽性の神経膠腫に対する国内初の分子標的薬として3月30日に発売されたのが、抗悪性腫瘍剤「ボラニゴ錠10mg(一般名:ボラシデニブ クエン酸水和物)」である。
ボラニゴは、腫瘍形成の初期段階にある変異型IDH1およびIDH2タンパク質の酵素活性を阻害する経口の分子標的薬であり、IDH変異によって過剰に産生され、がん化の誘導と悪性化に寄与する「2-ヒドロキシグルタル酸(2-HG)」という代謝物の産生を抑えることで、腫瘍細胞の増殖を抑制する。また、従来の薬物治療の課題であった血液脳関門を通過する性質を持っており、脳深部に残存する腫瘍細胞に到達して効果を発揮することが確認されているという。
ボラニゴの有効性と安全性は、国際共同第III相試験である「INDIGO試験」によって評価された。この試験は、手術歴があり、直ちに放射線治療やアルキル化剤を含む化学療法を必要としない、IDH1またはIDH2遺伝子変異陽性のグレード2の残存または再発星細胞腫・乏突起膠腫の患者を対象に実施された。
試験の結果、主要評価項目である無増悪生存期間(腫瘍が進行せずに生存している期間)の中央値は、プラセボ群の11.1カ月に対してボラニゴ群では27.7カ月であり、統計学的に有意な延長が示された。また、副次評価項目である次の治療(放射線治療や化学療法など)を開始するまでの期間(TTNI:Time to Next Intervention)についても、プラセボ群の中央値が17.8カ月であったのに対し、ボラニゴ群は中央値に未到達であり、次の治療までの期間を大幅に延長した。
さらに、小規模なサブグループ解析(16例)ではあるが、日本人患者においても、12カ月時点での無増悪生存率は100%、次の介入を開始していない患者の割合は93.8%であり、海外のデータと同様に有効性が確認されている。
安全性については、ボラニゴ群の65.3%に何らかの副作用が認められ、主なものはALT増加、AST増加といった肝機能障害、疲労、悪心などであった。とくに日本人患者のサブグループでは、ALT増加やAST増加などの肝機能障害が外国人患者よりも高い頻度で発現する傾向がみられた。
この点について齋藤先生は、「最初の2カ月間は2週間に1回通院し、肝機能の数値を確認します」と述べ、投与初期におけるモニタリングの重要性を指摘した。一方で、臨床試験において患者の認知機能や健康関連の生活の質(QOL)は、プラセボ群と比較して低下しないことが確認されている。
びまん性神経膠腫の領域におけるボラニゴの登場は、治療戦略に新たな選択肢を加えることになる。齋藤先生はその意義について、「治癒が難しいこの疾患(びまん性神経膠腫)において、次の治療を遅らせ、何度も手術を受けなければならないような患者さんの救いとなる可能性がある薬剤として期待しています」と述べ、講演を締めくくった。
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