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ゲノム医療の恩恵をより多くの患者さんに届けるために:現状の課題と将来展望

[公開日] 2024.04.15[最終更新日] 2024.04.15

4月5日、肺がん医療向上委員会主催のセミナーがオンラインにて開催された。今回はがんゲノム医療に焦点を当てた90分に渡る講演・ディスカッションが行われた。 セミナーの冒頭に、谷田部恭先生(国立がん研究センター中央病院 病理診断科)から、病理医の視点から見たゲノム医療の現状について講演があった。がんの遺伝子検査には、特定の薬剤の適応を決めるコンパニオン診断と、網羅的に遺伝子異常を探索する(いわゆるゲノム医療としての)がんゲノムプロファイリング(CGP)検査のふたつがある、と谷田部先生。前者は初回の治療を決めるために実施することができるのに対し、後者の検査の実施には標準治療終了(見込み)の条件があることを、実例を紹介しながら説明した。 検体の量や品質の問題から、現在のCGP検査の成功確率は70%程度、更に薬剤に到達する割合は、施設ごとのばらつきがあるが全体で7.7%程度という限界もある。しかしながら、コンパニオン診断では見つからない遺伝子異常がCGP検査で見つかるケースもあるため、今後はコンパニオン診断とCGP検査の2階建て構造として両者を組み合わせて実施していく流れになるだろう、と谷田部先生はコメントした。また、DNAで遺伝子変異陰性であってもRNAで遺伝子異常が検出されるケースがあることを示した海外からの報告を示し、従来のDNAのみの検査から、RNAを使った検査に移行していく可能性についても述べた。 続いて青島央和氏(肺がん患者の会ワンステップ)は、肺がん診断時、ゲノム医療どころかがんに対する知識がなく、最初は死を認識したと言う。肺がんの情報を得る前に、仕事の継続や家族との相談などやるべきことが多く、治療は医師が決めるものだと考えていた、と当時を振り返った。そして、肉体的にも精神的にも追い詰められたときに、「助けてほしい」という想いで患者会ワンステップと出会い入会。そこではじめてゲノム医療の恩恵を受けて元気に生活している会員と出会い、ゲノム医療や治験ということばを知り、自身の治療の希望につながった、と青島氏は述べた。 青島氏は、新しい遺伝子異常が見つかる可能性が低いことも理解した上で、納得した治療を受けたいということを主治医に何度も交渉し、結果的に再度の検査によってROS1遺伝子異常が見つかるに至った自身の経験に言及。同時に、知識がないままに治療の機会を逃してしまう患者がいることへの懸念を示した。そして、青島氏にとって患者会の存在がいかに大きかったか、また正しい情報を得ることや患者の想いを医師に伝えることがどれだけ重要なことかを強調し、講演を締めくくった。 このお話を受けて、水谷英明先生(埼玉県立がんセンター 呼吸器内科)は、CGP検査の実施の是非を決めるのは医師ではなく患者だということに改めて気づいた、とコメント。CGP検査によって治療薬に結び付く確率が少ないことから、どうしても実施に積極的になれない医師もいるが、やはり理想は“患者の納得”ということを重視して検査の実施を決めていくことだろう。 ディスカッションの中では、コンパニオン診断と薬剤の紐づけについて話題となった。 現在は、特定のコンパニオン診断薬で陽性が出なければ薬剤が使えないという制限がある。もちろん臨床試験の中では特定の検査と薬剤がセットであり、検査の精度とそれに紐づく薬剤の効果が担保されているというのは重要なことだ。しかし、一定の検査の性能が満たされていれば、どの検査でも薬剤を使用可能とすべきではないかという声も出てきている。 実臨床においても、コンパニオン診断薬以外の検査で遺伝子異常が検出された場合に薬剤が使えず困るケースがある、と水谷先生。日本におけるコンパニオン診断はばらばらになりすぎているイメージがあるため、もう少し簡略化する方向に改善してほしい、とコメントした。更に青島氏も患者の立場から、どの検査をしても同じ治療を受けるチャンスがほしいという希望を述べた。 谷田部先生によると、これらの要望に対する取り組みの一環として、肺がんにおいて最もメジャーなEGFR遺伝子では、医薬品横断的コンパニオン診断薬への取り組みが始まっているが、厚労省との連携も難しくなかなか進んでいないのが現状のようだ。 また谷田部先生は、海外の状況に関して、日本との保険制度の違いに言及した。海外ではどの検査方法を使っても、見つかった遺伝子変異に該当する分子標的薬に対する補償が得られる。また、検査の分析性能が同じであれば、どの検査でも使用を認めていく流れになってきていることを説明した。 続いてCGP検査の実施割合に関して、初回治療を決める際のコンパニオン診断で主な遺伝子を調べることがルーチン化している肺がんにおいては、初回の取りこぼしを拾う位置づけであるためにCGP検査の実施割合は他がん種と比較すると少ない、と谷田部先生。これに対し、CGP検査を(コンパニオン診断薬としての機能も兼ねて)初回から実施できるようにしてほしいという声もあるようだが、CGP検査の結果が得らえるまでの時間(turn-around time)が一カ月以上かかるため、初回治療のスタートが遅れる懸念がある。今後CGP検査を前倒しで実施するためには、時間と制度の問題解決が必須だ、と谷田部先生は述べた。現在国立がんセンターでは、初回診断時からCGP検査を実施する試みを行っており、制度の改善に役立つ可能性にも言及した。 最後に谷田部先生は、誰もが“がん患者”になる可能性がある時代、国も医療者も、患者と対峙するのではなく、患者さんと同じ目線で一緒に考えていくことが大切だとコメントした。 青島氏は、最初にゲノム医療という単語を聞いた時には、難しそうという感想を持った、と当時を振り返り、セミナーや患者会などを通して学ぶことの重要性を指摘。知識を付けることで自分の治療への気づきが得られ、患者自ら発信していくことにつながる、とコメントした。
【プログラム】 <Opening Remarks> 鈴木 実(肺がん医療向上委員会委員長/熊本大学呼吸器外科) <講演①>「肺がんゲノム医療(医療者の立場から)」         演者:谷田部 恭(国立がん研究センター中央病院 病理診断科) <講演②>「肺がんゲノム医療(患者の立場から)」         演者:青島 央和(肺がん患者の会ワンステップ) <ディスカッション>         ファシリテーター: 柳澤 昭浩(日本肺癌学会Chief Marketing Advisor)       パネリスト:   谷田部 恭(国立がん研究センター中央病院 病理診断科)                青島 央和(肺がん患者の会ワンステップ)                水谷 英明(埼玉県立がんセンター 呼吸器内科) <Closing Remarks> 小栗 鉄也(肺がん医療向上委員会副委員長/名古屋市立大学地域医療教育研究センター)

■参考
肺がん医療向上委員会 第45回肺がん医療向上委員会 WEBセミナー

ニュース 肺がん コンパニオン診断薬

浅野理沙

東京大学薬学部→東京大学大学院薬学系研究科(修士)→京都大学大学院医学研究科(博士)→ポスドクを経て、製薬企業のメディカルに転職。2022年7月からオンコロに参加。医科学博士。オンコロジーをメインに、取材・コンテンツ作成を担当。

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