地域差に着目したがん疫学:誰一人取り残さないがん対策を目指して第82回日本癌学会学術集会より


  • [公開日]2023.10.23
  • [最終更新日]2023.10.23

9月21日から9月22日に、第82回日本癌学会学術集会(JCA 2023)が、パシフィコ横浜にて開催された。
「がん疫学研究をサイエンスにするためのあらたな研究の取り組み」というセッションが組まれ、その中で「日本におけるがんの地理的格差の評価:公的データを使った空間疫学や媒介分析の応用」と題した伊藤秀美氏 (愛知県がんセンター がん情報・対策研究分野)からの発表があった。

冒頭に伊藤先生は、がん対策を進める上で小さな地域に対してどのようにアクションをするか、という道しるべになるような研究にしたい、と自身の研究について説明。その背景には、WHOでも課題として注目されているがんにおける社会経済的格差があるという。

日本においても、既に格差についての研究が進んでおり、困窮度の高い地域ほど進行がんや死亡率が高いこと等が報告されている、と伊藤先生。また、喫煙率と収入の相関や、がん検診の受診率と教育レベルとの相関なども示されているようだ。

このような格差のある日本の状況を受け、第4期がん対策推進基本計画の中では、「誰一人取り残さないがん対策を推進し、全ての国民とがんの克服を目指す」という目標が掲げられている。

これらの状況を受けて伊藤先生は、「空間疫学的手法」に着目し、従来とは少し異なるアプローチで研究を進めていると言う。具体的には、市町村のような小さいコミュニティレベルで介入すべきポイントを同定し、格差の解消につなげていくことを目標に掲げている。

伊藤先生によると、空間疫学とは、疾患や健康のアウトカムの空間的・地理的なバリエーションを解析する学問であり、人口動態や環境、社会的、遺伝的要因など様々なリスクを考慮する必要がある。解析方法としては、地図上で視覚化したり、地域ごとに関連付けやクラスタリングをしたりする。

今回の解析では、全国がん登録や国勢調査、人口動態統計、特定検診といった公的なデータが用いられ、愛知県の地図上での可視化や関連付けが実施された。

まず、困窮度を示す指標(Areal Deprivation Index: ADI)が高い(=貧困度が高い)ほど喫煙率が高く、また肺がんの罹患率が高いことが示され、特に都市部においてADIとの相関が顕著であることが示唆された。この結果は、社会経済的格差の解決に向けた禁煙対策、がん対策は、特に都心にフォーカスしてすべきだという解釈につながる、と伊藤先生。

次に、がん診断時にがん拠点病院へ行ったかどうかということを地域別にみると、胃がん、大腸がん、前立腺がんは大きな地域差があるのに対し、肝がんや子宮頸がんでは殆ど差がないという結果となった。これは、肝炎の罹患者は拠点病院で積極的に定期フォローアップを受けていること、子宮頸がんのような若年の患者さんは拠点病院に行く確率が高いことを示しているのではないか、と伊藤先生は説明した。

また、拠点病院へのアクセスとADIとの関連を調べると、地方においては、ADIが高いほどアクセス率が悪くなる傾向が見られた一方で、もともと地理的に拠点病院にアクセスしやすい都心においては、ADIの影響はさほど現れなかった。

更にがん検診に関しても、胃がん、乳がん、子宮頸がんでは、ADIが高いほど検診率が低い傾向が見られた。

続いてこれらの解析を愛知県から全国に展開。特に肺がんや肝臓がんの罹患率・死亡率はADIとの関連が示され、愛知県での解析結果と同様、その傾向は都心で強いという結果となった。ただし、社会経済的格差に対して直接介入することは難しいため、現在は媒介解析を用いて、がんのリスク因子(喫煙、飲酒、食事、運動等)の間接効果を解析中とのこと。これにより、社会経済的格差の軽減に向けて介入すべきリスク因子を同定していきたい、と伊藤先生はコメントした。

既に名古屋市では、今回のような公的データを使った空間疫学的解析によってがん対策を評価していく方針で話が進んでいるとのこと。伊藤先生は、今後は他の自治体が同様の取り組みに前向きになれるような成功例を作れるように活動していきたい、と語り講演を締めくくった。

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