がん組織における制御性T細胞の活性化因子を発見、新たな免疫療法の治療標的と成り得る可能性が示唆ー国立がん研究センターー


  • [公開日]2022.10.14
  • [最終更新日]2022.10.12

10月8日、国立がん研究センターは、がんの進行や免疫チェックポイント阻害薬である抗PD-1/抗PD-L1抗体薬の治療抵抗性に関与している制御性T細胞について、新たな解析法を開発し、がん細胞内の制御性T細胞が活性化するプログラムを解明したと発表した。

通常、ヒトの免疫系は、体内に生じたがん細胞などの異常細胞を異物として認識することで、免疫応答が誘導され、攻撃・排除する。その際T細胞の一種であるCD8陽性T細胞が、がん細胞に発現しているがん抗原を認識して免疫応答を惹起する。一方で通常の免疫細胞にブレーキをかけるように働くがん細胞では、このCD8陽性T細胞を「疲弊」と呼ばれる状態にするため、体内の免疫応答が十分に機能しなくなりがん細胞が増殖する。このブレーキを解除するよう開発されたのが免疫チェックポイント阻害薬である。

これまで、CD8陽性T細胞の働きを阻害したり、PD-1/PD-L1に選択的に作用する免疫チェックポイント阻害薬の治療抵抗性に関与している、がん組織内に存在する抑制性の免疫細胞である制御性T細胞の活性化メカニズムや、細胞内のタンパク質とDNAの複合体であるクロマチンの状態に関しては未解明であったことから今回の研究が実施された。

今回の研究は、肺がん組織や血液中から制御性T細胞と免疫応答の司令塔であるCD4T陽性T細胞とCD8陽性T細胞を採取し、それぞれのT細胞のクロマチンの状態と遺伝子発現の詳細な解析を行った。

肺がん組織内の解析の結果、がん組織内の制御性T細胞のクロマチン構造や遺伝子発現のプロファイルは、他のT細胞や肺がん患者の血液中の制御性T細胞と全く異なることが明らかになった。このことより、制御性T細胞のクロマチンは、発がんを促進すると言われるがん組織特有の環境下に適応するため、構造を変化させている可能性が示された。

(画像はリリースより)

また、網羅的なデータ解析の結果、がん組織内での制御性T細胞の分化と活性化のキーとなる分子は、遺伝子の転写を促進するBATFという因子が候補として同定された。BATFは、免疫細胞においてはクロマチンの結合を緩め転写因子を呼び込む機能を持つ。このBATFががん組織内の制御性T細胞において高発現しており、BATFが結合しているクロマチン領域が緩んでいることが発見された。これにより、がん組織内の制御性T細胞のクロマチン構造の変化にBATFが関連していると考えられるという。

さらに、血液中の細胞、正常な肺の組織、がん組織のそれぞれの制御性T細胞の個々の細胞を評価・解析。その結果、がん組織内の制御性T細胞にはいくつかの特徴的な制御性T細胞集団に分類することができることが分かった。さらに、解析を進めると制御性T細胞の活性化に寄与することが報告されている他の転写因子と比べて、早期からBATFの発現上昇が認められた。つまり、がん組織内の制御性T細胞の分化において、BATFが早期から作用していることが考えられた。

(画像はリリースより)

制御性T細胞の活性化にはBATFが重要な役割を果たしていることが推測されたため、BATF遺伝子を破壊し機能不全にしたマウスでさらなる検討を行った。BATFが機能しないマウスでは、制御性T細胞/CD8陽性T細胞比が明らかに減少し、正常免疫を抑制する働きも有意に低下を示した。また、がん組織内の制御性T細胞で特に発現が上昇している遺伝子の特徴的なクロマチン領域が失われることが明らかになった。この結果より、制御性T細胞ががん組織内で特異的なクロマチン構造を有し、腫瘍細胞の増殖、活性化のためにBATFが必要であることが明らかになった。

(画像はリリースより)
(画像はリリースより)

以上の結果より、転写因子であるBATFは、がんを増殖するための制御性T細胞の活性化に重要な役割を担っていることが明らかになり、今後のがん免疫療法の新たな治療標的となりうる可能性が示唆された。プレスリリースでは、今後の展望として「血液、正常組織、がん組織内の制御性T細胞を詳細に解析して得られた結果は、がん組織内の制御性T細胞を標的とする免疫治療開発のみならず、制御性T細胞が発症に関わる自己免疫性疾患の理解などを始めとして、様々な医学研究に応用されることが期待されます」と今後の展望が述べられている。

制御性T細胞とは
制御性T細胞はCD4陽性T細胞の一種である。本来は自己免疫疾患などにならないように自己に対する免疫応答を抑制する。がん組織においては、がんを攻撃する免疫細胞の働きを抑えることで、がんに対する免疫応答を抑制する。

参照元:
国立がん研究センター プレスリリース

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