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国立がん研究センターは8月17日、スキルス胃がんにおける腹膜播種による腹水細胞の全ゲノム解析などから疾患特異的な遺伝子異常を同定し、モデルマウスに既存の分子標的薬を投与することでがん細胞の増殖抑制または腹膜播種の消失を確認したと発表した。
この研究成果は、同センター研究所細胞情報学分野ならびに基盤的臨床開発研究コアセンター創薬標的・シーズ探索部門を中心とした研究グループと慶應義塾大学医学部病理学教室によるもの。国際学術誌「Nature Cancer」に8月17日付でオンライン掲載された。
スキルス胃がんは、粘膜下にがん細胞が広範囲に浸潤し、診断時に腹膜播種や腹水を来たしていることが多い難治性のがん。胃がんでは、腫瘍細胞が低分化型もしくは印環細胞の形態をとり、粘膜下への浸潤して周囲の間質の線維化をきたす。これまで胃がん全体やびまん性胃がんでは、ゲノム解析の報告がなされていたが、スキルス胃がんは、手術件数が少ないことや線維化が強くがん細胞の含有割合が低いため検体を採取できても解析が難しいことから、ゲノム異常や発がん機構はほとんど明らかになっていなかったという。
今回の研究では高純度の試料を得るために、胃がんの腹膜播種によって腹水が貯留した患者の腹水を採取し、がん細胞の純化と細胞株の樹立を試みた。その結果、純化がん細胞のみが得られた患者は39人、がん細胞株のみが得られた患者は22人、両者共に得られた患者は37人と、計98例の試料を取得。これらの試料に対し、同患者の末梢血と共に、ゲノムDNAを調製し、全ゲノム解析を行った。なお、純化がん細胞および細胞株についてはRNAも調製し、次世代シークエンサーでの配列解析も実施した。さらに細胞株が得られた症例についてはエピゲノム解析を行った。これら症例の約9割は、スキルス胃がんの特徴を有していたという。
(画像はリリースより)解析の結果、以下の2つの結果が確認されたという。
スキルス胃がん全体の約半数に、受容体型チロシンキナーゼ―RAS―MAPK経路の遺伝子群の高度増幅・遺伝子融合による発がん機構が存在
全ゲノム解析の結果、遺伝子の増幅・融合は全体の約半数で見られ、10コピー以上の高度増幅が認められた遺伝子はKRAS(19.4%)、FGFR2(11.2%)、MET(7.1%)、ERBB2(5.1%)EGFR(4.1%)であった。さらに肺がんで認められるEML4-ALK融合遺伝子が2例、甲状腺がんで認められるAGK-BRAF融合遺伝子が1例で見つかった。この結果より、スキルス胃がんの発症機構に染色体の構造異常が大きく関与していることが示唆された。
(画像はリリースより)また、これらの遺伝子変異に対応した既存の分子標的薬を、各遺伝子増幅異常を持つ細胞株を接種したモデルマウスに投与した結果、ALK阻害薬(アレクチニブ)、MET阻害薬(カプマチニブ)、FGFR2阻害薬(インフィグラチニブ)において腹膜播種が速やかに消失した。
遺伝子発現プロファイルから全体が大きく2群に分類される
網羅的RNA解析により得られた遺伝子発現プロファイルをもとに検体を解析したところ、上皮間葉転換(EMT)に関与する遺伝子群で明瞭に2群に分けられることが判明した。この2つの群は、EMTに重要な役割を果たすTGF-β経路の遺伝子群の発現上昇している「EMTグループ」と、それが認められない「non-EMTグループ」に区別される。
また、EMTグループにおいては特異的に、細胞増殖および器官のサイズを制御するHippo経路の転写因子群であるTEAD1、WWTR1(TAZ)などが高発現していることが初めて発見された。TEAD抑制の治療効果を検討するために、EMTグループの細胞株を用いて腹膜播種モデルマウスを作成し、TEAD1-4の阻害薬を経口投与するとがん細胞の増殖が抑えられ、さらにTEAD阻害薬とMAPK経路阻害薬を同時投与することによって、一層強いがん細胞死が誘導されたという。
(画像はリリースより)これらの成果について、研究グループはプレスリリースにて、「今後は同様な患者さんのがん遺伝子パネル検査への実装や分子標的治療薬の開発への展開が期待されます。またTEAD経路の阻害が全く新しいスキルス胃がんの治療薬剤として開発される可能性があります」と述べている。
参照元:国立がん研究センター プレスリリース